47 強さに取りつかれた者達 ダイとハドラー

 

 ダイとハドラーの出会いは早い。まだ、ダイが旅立つ前、デルムリン島で修行していた時にすでに出会っている。

 かつて自分を倒した勇者であるアバンを倒しにやってきたハドラーは、ダイと会った段階で彼の秘められた力に気がついている。
 その眼力はさすが魔王と呼ぶべきだろうか。

 しかし、その頃は魔王軍総司令という立場にこだわり保身の思考回路に取り付かれていたハドラーは、バランやバーンに気付かれぬ内にダイを処分しようと画策するばかりで、真正面から勇者とぶつかりあおうとはしなかった。

 だが、バランの離反により後が無くなったハドラーは、基本へと立ち返る。
 長い魔族としての寿命を投げうってまで強くなることだけを望んだハドラーは、文字通り生まれ変わる。

 一人の戦士として、権力ではなく強さを求める本来の自分を取り戻したのだ。
 その際、ハドラーが最大限に拘ったのは、ダイとの戦いだ。

 アバンの正義の心を最も強く受け継ぎ、彼の技を身に付けたダイは、ハドラーにとっては未だに拘らずにはいられない宿敵、アバンに匹敵する存在として受け止めていたのだろう。

 単に強さだけでいえばバランやバーンの方が上だが、ハドラーにとってはアバンを乗り越えなければ意味がない。

 今は亡きアバンの変わりに、アバンの使徒の中でもっとも彼に近い正義感と、それ以上の強さを持つダイを倒したいという執念に凝り固まったハドラーではあるが、面白いことにその頃の彼が一番、精神的に純粋であり堂々たる武人として描かれている。

 実際にハドラーは、自分を騙していたバーンへの恨みを度外視してまでダイとの戦いを望み、正々堂々とした勝負を挑んできた。
 純粋に強さのみを求める心。

 戦士ならば誰もが持つであろう基本精神ではあるが、純粋さを保ち続けるのは難しいものだ。欲、驕り、恨み、恐れ、打算、他者との比較……戦いに付きまとう様々な負の感情が、戦士の心を揺らして邪魔をする。

 ハドラーとて、以前はその例外では無かった。
 ハドラーの凄みは、その負の感情を自ら振り切り、強さへの渇望の純度を高めた点にある。

 勝利の結果得るものでは無く、ただ強くなりたいという思いだけを目的とした純粋なる戦士――命を捨ててまで戦いだけを望んだハドラーに応える形で、ダイは彼との決闘に応じている。

 竜の騎士であるダイもまた、純粋な強さを求める戦士だ。
 誰とでもすぐに友達になれる純真さを持ち、勇者を目指す心を持つダイは、基本的に戦いを好む性質では無い。

 とはいえ、それでも強さを追い求める心は本能的なものなのか。
 自分の利害を度外視し、ただ強さだけを望む心は、ダイの中にもある。
 ハドラーに最後の決闘を挑まれた時、ダイは彼への恨みや降り懸かる火の粉を払う気持ちから戦いに応じた訳では無かった。

 あくまで自分の意思で、ハドラーと一対一の決闘をしたいと望み、応じたのだ。その時、ダイはレオナやポップの援護を断ってまで、自力での戦いを望んでいる。
 ダイがそれ程までの熱意を込め、決闘を望んだ相手は他にはいない。

 ダイにとってハドラーは、ある意味、恨んでも恨み足りない因縁がある相手だ。
 慕っていた師の仇であり、ダイの友達である怪物達の凶暴化に一役買っているのだ。ダイが彼を恨んだとしても、何の不思議も無い。

 だが、純粋さを心の源とするダイは、過去に囚われること無く目の前にいる相手を受け入れることができる。
 どんな因縁がある相手であれ、強さを追い求める心が本物であり、死を前にして自分との対決だけを望む戦士に対して、ダイは堂々と応じている。

 命を懸けた死闘ではあったが、その戦いによりダイもハドラーも互いの執心を昇華しきっている。
 バーンとの戦いでダイが双竜紋の力を解放した際、今までと見違えるまでの力を発揮しながらも相手の正義や、自分の力を否定しながら戦っていたのとは違う点に、注目したい。
 己を高め、同じ志を持つ敵と全てを出しきって戦ったハドラー戦の方が、ダイが求めた強さにそった戦いだったと筆者には思える。

 もはや、戦いの勝敗すら意味がないと思えるほどの名勝負の末、敗北したハドラーは最後にダイに握手を求めている。キルバーンの横やりが入ったために果たせなかったとはいえ、この時点でハドラーとダイは互いを理解し合い、共に尊敬しあえる強敵として認め合っている。

 まさに、戦い合うこと得られなかった絆であり、充足感だっただろう。原作屈指の名勝負であり、名シーンだ。


  

 

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