5 アバンの修行 (2)

  
  

 一週間で勇者になれる、スペシャルハードコース。
 ポップ曰く、今まで誰もやり通したことのないので有名な特訓コースだが、ダイはアバンに薦められたこのコースを大乗り気で挑んでいる。

 ポップは聞くだけで及び腰になっているが、元々、本気で勇者になりたいと望んでいる上に、レオナを助けにいくために早く強くなりたいと考えているダイは、怯まない。
 スペシャルハードコースは通常の特訓コースに加えて、早朝と夕方に猛特訓を加えたコースとして設定されている。

 この内、どうやら早朝特訓は主に基礎体力の底上げのためと下準備と見ていいだろう。
 体力的に負荷をかけた状態になるまでウォーミングアップをかけてから、通常の訓練を行う――効率よくスタミナを鍛えたいスポーツ選手がよくやる方法だ。

 アバンの通常特訓コースでは午前中は体術に関する授業が行われるので、スペシャルコースを受けた生徒は休む時間もなくずっと連続して身体を動かすことになる。だが、昼食後には勉強の時間、瞑想の訓練、魔法特訓と続くので、きちんと休息もとれるようになっている。

 そして、夕方のコースでは復習を兼ねている。今までの訓練を、しっかりと身体に染み込ませるための反復練習の時間のようだ。

 つまり、アバンが普段行っている通常の特訓コースというのには、スペシャルハードコースを付加させることでもっとも効率よく修行できる様に、あらかじめ用意しておいたトレーニングメニューだと考えられる。

 もっともアバンが想定していた対象生徒は、ダイではなくポップだったのではないかと筆者は想像するが(笑)
 ダイを訓練している最中も、アバンは何度となくポップもスペシャルハードコースへと誘っていることを考えると、有り得ない話ではない。

 一日目の修行でアバンの特訓でもっとも巧妙なところは、朝の修行の直後の段階でダイに大岩を割らせようとしたところだろう。

 「まだムリみたいですね」という台詞からみても、試し程度にやらせてすぐに大岩を片付けた辺りからみても、朝の段階ではアバンはダイが大岩を割るのは難しいと考えていたのは察しは付く。だが、それをあえて試させたのは本人に力の比較をさせるためだったと考えられる。

 アバンの話では、ダイには元々、大岩を割るぐらいの力を持っていたが、無駄な動きが多すぎて力を活かしきれていなかった。だからこそ疲れが極限まで溜まった状態で大岩割りを実行した際、できるだけ楽をしようとする行動――即ち自然体での攻撃ができるようになったと説明している。

 この説明は、大筋において正しいだろう。だいたいのところ、人間の実力なんてものは一日やそこらの特訓で底上げできる訳がない。

 アバンがダイに施した特訓は素人を少しずつ鍛えていくものではなく、元々標準以上の素質を持っていながら力の使いどころを知らない相手に、効率的な力の使い方を教えていく方式……つまり、あくまで本人が基礎的な力を備えているという前提の上で、成り立つ特訓だ。

 そもそも特訓に関係なく、大岩を割ったのはダイの実力と言える。だが、大岩を割るという目的を与え、ダイがちょうどいい頃合に疲れたタイミングを狙って再挑戦させた手腕は、アバンならではの演出だ。

 つまり、アバンの補助や見極めがなければ、実現はしなかった。
 だからこそダイから見れば、アバンの教えや誘いによって初めてできるようになったこと、と思えたはずだ。

 修行の成果を自分ではっきりと自覚できる形で示されれば、それは本人の自信ややる気に繋がる。人間にとって、自分の目で確かめたこと以上に信頼できるものはない。
 ダイにしてみれば、たった一日の訓練で自分の実力が格段にアップしたように感じたはずだし、アバンの指導に従えばもっと強くなれると心底信じることができる。

 この指導方針がさらに効果的なのは、特訓を受けているダイ本人だけでなく、側で見物しているポップに対しても強い刺激を与えることができる点だ。
 ダイを鍛えると同時に、ポップのやる気も煽るという一石二鳥の作戦は、いかにもアバンらしい抜け目のなさだ。

 実際、ダイのレベルアップは一日目よりも、二日目、三日目の方がよりはっきりと効果が現れているし、ポップのダイの成長への注目度も、強まっている。このまま修行を続ければ、アバンの目論見通りダイは一週間でスペシャルハードコースをやりとげただろうし、ポップも特訓に途中から参加した可能性は高かっただろう。

 だが、アバンにとっても予想外の事件が起こり、三日目で修行は打ち切られることになる――。
 

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