22 魔王軍の情勢 (4)

 

 ハドラーの命令で呼び集められ、魔王軍の軍団長達が勢揃いした敵側の会議はなかなかに興味深い。
 まず注目したいのは、ハドラーが他の部下達に対してずいぶんと気を使っているという点だ。

 ハドラーの肩書きは、魔軍指令。
 バーンを頂点にした組織形態から言えば、ハドラーは他の6人……いや、この時点では5人になっているが、とにかく彼ら幹部よりも明らかに上の地位にいる。

 だが、その割にはハドラーは六団長に対して一方的に命令を下すような真似はしない。と言うよりも、できないと言うべきか。
 会議の冒頭で、ハドラーは最初に六団長に対して謝罪している。

 全軍を終結させて勇者ダイを叩くつもりだったが、バーンが不死騎士団長ヒュンケルに直接命令を与え、彼がダイ抹殺に乗り出してしまったと説明さえしているのだ。
 態度が尊大なせいで卑屈な印象は全く与えないが、これはずいぶんな配慮と言えるだろう。

 現在の会社等に置き換えて考えてみると分かりやすいが、上司が仕事で部下を呼び出して結果的に無駄足をさせてしまったとしても、いちいちそれに対して謝罪をする上司の方が少ないだろう。

 ましてや上層部のみしか知らない、ある意味では部下達に知らせる必要のない上層部の内輪もめに関わる詳しい裏事情の説明など、する必要はない。
 この場合、ハドラーを飛び越してバーンからヒュンケルへ命令が行った――つまり、命令系統の混乱が生じている。

 基本的に軍隊では、命令権を持つ上司の命令こそが優先権を持つ。
 それは、命令系統の混乱を防ぐための当然の処置だ。

 戦場では、状況は常に変動する。いくら最初に一つの命令を受けていたとしても、その場その場での状況変化に合わせて作戦変更を余儀なくされる場合は少なくない。そんな折、作戦の変更をするか否かを決定するのは、リーダーの役目だ。

 だが、そのリーダーの判断が最初の命令……即ち、最も上からの上司の命令と食い違うことも、往々にしてあり得ることだ。そんな際の現場の混乱を防ぐためにも、『命令厳守』は徹底される。たとえ、リーダーが新たに出す命令が自分の意思や最も上からの命令と反していても、新たに下された命令が優先される。

 兵士に求められるのは、自分の考えに基づき最善を目指すことではなく、与えられた命令をいかに遂行するかに全力を注ぐことだけだ。

 無論、上の方も部下達の行動を掌握するために、命令系統にはそれなりの気を遣うものだ。いかに命令厳守が原則とは言え、部下達の不満や混乱が高まり反乱されては何の意味もない。それを防ぐためにも、上からの命令は直接部下に知らせるのではなく、それを管理する上司に知らせ、上司から部下へと命令を下す形を取る。

 一見迂遠な様だが、それこそが最も安定した命令系統だ。
 軍を組織する者ならば知っていて然るべきその原則を、バーンは無視した。これは単なる気紛れやうっかりとはとても思えない。
 明らかに意図的な物だろう。

 ハドラーに全権を預け、ダイ抹殺を第一に考える彼の作戦や意図を知りつつ、その邪魔をする様な命令を不死騎士団長ヒュンケルに与えている。実際には、これはバーンの思惑ではなくヒュンケルが願い出たことをバーンが許した形ではあるが、ハドラーを無視してバーンの意向で行われたことに違いはない。

 その結果、六団長会議に揉めごとが発生してしまった。
 この時点では会議に不在なヒュンケルの正体は明らかにされていないが、人間であり、バーンに気に入られて魔王軍に入ったという簡単な経歴だけは明かされている。彼に対する反感が強いことは、フレイザードの激昂ぶりを見るだけでも理解できる。

 この時、フレイザードは憤慨しまくってヒュンケルへの任命への不満を露にしているのだが、ハドラーはフレイザードにはかなり好意的だ。

 実際にはフレイザード命令違反寸前な不満をぶちまけているのだが、そんな無礼な態度を咎める気配もない。
 逆に、フレイザードの怒りを容認する発言までしている。

 後に分かることだが、フレイザードがハドラーが生み出した分身体だと考えれば、この時のハドラーの寛大さも理解できる。
 分身体には、多かれ少なかれハドラーの心理が反映される。

 功を焦り、疑心暗鬼な精神をモロに受け継いでしまったフレイザードの感じる怒りは、基本的にはハドラーも感じている怒りだ。だが、ハドラーはその焦りを抑え、バーンの命令を受け入れる精神力を備えている。

 そこが本体と分身体の違いと見るべきか、あるいはフレイザードを生み出した時と、現在のハドラーの精神状態の差と見るべきかは、微妙な点だ。アバンを倒したことで自信を付け、さらにはバーンの信頼を得て新しい極大呪文を身に付けているハドラーは、明らかに初登場よりも成長している。つまり、フレイザードを作り上げた時よりも、精神的に強くなっていると推察できるのだ。

 しかし、やはり基本的には同じ根幹を持つ本体と分身……ゆえに、フレイザードの怒りは、ハドラーには充分理解できる。気持ちが分かるだけに強く咎めることもできない  そんな心境なのだろう。

 だが、リーダーとして考えるなら、この反応では失格だ。
 上からの命令に反抗する部下を納め、納得させるのもリーダーの役割だ。しかし、この場でそれを成し遂げたのはハドラーではない。

 ミストバーンだ。
 一度、口を閉ざしたら数十年も口を利かないと言われるこの不気味な男は、独自の存在感を持っている。

『……大魔王様のお言葉は、すべてに優先する……』

 ミストバーンの信念とも言えるその一言で、その場にいる全員の不満を抑え込んでいる。ハドラーでさえ、それに従っている。
 立場的には部下に当たるミストバーンの勝手な発言を咎めることなく、むしろそれを自分から受け入れるこのハドラーの態度に、彼の立場の危うさが見て取れる。

 部下達を完全に掌握仕切れていず、尚且つ、バーンの気紛れのような意向にも従うしかないハドラーは、見た目よりもずっと苦しい立場にいる。
 魔王とは、名ばかり……この魔王軍自体が、ハドラーが組織したものでないと言う事実が最大の理由だろう。

 一見、ハドラーが全指揮をしているように見せかけながら、実際にはバーンが全ての頂点に立ち、ミストバーンが影から幹部や司令であるハドラーの権限までも掌握している。ハドラーがバーンに逆らわなければ、ミストバーンは部下としての地位に甘んじた行動を取るが、彼はどこまでもバーンに忠実な片腕だ。

 ハドラーから見れば、ミストバーンは気を許せる相手でも、単なる部下でもあるまい。バーンの代理人として気を遣わなければならない相手だ。
 そして、バランもまた、ハドラーにとって信頼のおける相手とは言えない。

 ヒュンケルやバランもまた、バーンに気に入られて魔王軍に入った存在であり、ハドラーの意思で選んだ部下ではない。しかも、バランは実力的にハドラー以上の存在でもある。自分の地位を脅かすかもしれないライバルとして、ハドラーはかなりバランを気にしている。

 どちらかと言えばハドラーに敵意を抱き、不遜な態度を隠そうともしないヒュンケルもまた、バーンの手前軽々しく罰することはできない。
 だからこそハドラーは、六団長の扱いにかなり慎重にならざるを得なかった。そして、信頼もできず、結束を結ぶこともできないでいる。

 この初期魔王軍の結束の弱さは、後々大きなヒビとなって六団長崩壊へと結び付く。
 後にハドラーも後悔している様に、実力的には最強だったにも関わらず六団長がたいした活躍もせずにダイ達に破れたのは、そこに起因があると筆者は考えている。

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