24 ダイvsヒュンケル戦(2) |
さて、ここでは視点を変えてヒュンケルの立場からの考察をしてみよう。 この骸骨兵士はヒュンケルの配下なのだが、粉々にでもしない限り自動的に復活する特質を身に備えている。つまり、ヒュンケル的には配下に危害を加えたというより、単に制止しただけという感覚に近い。 魔王軍の軍団長としてパプニカを壊滅させる任務を自ら願い出たヒュンケルは、おそらくはこの時、王女であるレオナの情報が欲しかったのだろう。いくら城や町を攻め落としたとしても、指導者となる王族が逃げ延びてしまっては意味がない。 この時、ヒュンケルはダイ達の正体に気がついていないが、明らかに戦う気構えを見せる少年少女達の正体に関心や興味を示したのには疑いようがない。その証拠に、ヒュンケルは自分の方からダイ達の方へ距離を詰めている。 この時、ヒュンケルが知りたかった情報は二つ。 ヒュンケルにとって運のいいことに、ダイの知りたい情報も全く同じだった。そして、自分をアバンの弟子と一目で見抜いた弟弟子達は、ほとんど進んで知りたかった情報を渡してくれた。しかも、ヒュンケルを仲間と考え、なんの衒いもなく誘いまでかけてくる ダイ、マァム、ポップの対応はヒュンケルにとって、甘すぎてお話にもならない態度として映った。 高らかに哄笑し、ヒュンケルは自分の正体を自ら明かす。 レオナを探すためにもダイ達と協力した方が有利だし、ダイ達を始末するにしても仲間になったふりをした油断したところを殺す方が簡単だ。 アバンに対して並ならぬ拘りや葛藤を抱いているヒュンケルにとって、アバンの死はそのまま認められるものではなかった。 自分自身の手で復讐を遂げたとしても、あるいはこの時のヒュンケルのように他人の手でその目標を消失させられたとしても、だ。 最悪の場合、自分の存在意義を見失い、自己崩壊を起こす危険性すらある。特にヒュンケルの様に復讐のために自分の人生の大半の時間を捧げ、少なくはない犠牲を払った場合ならなおさらだ。 目標であるアバンが死んだからといって復讐をそのまま諦めてしまっては、今までの自分の人生も犠牲も無になってしまうことになる。 目的がありながらそれを決して果たせないと知った場合、人は代償を求めようとする。この場合、ヒュンケルが復讐の思いを向ける相手として二通り考えることができた。 元々、ヒュンケルはあまりハドラーに好意的な思考を持ってはいない。自分の父親の死の遠因があると考え、敵視していた。だが、その敵意はアバンに対する比べれば、ずいぶんと軽いものだったと思える。 魔王軍の一員としてハドラーの配下という立場にいるヒュンケルにとっては、もしハドラーを本気で仇と思い、戦いたいと望んだのなら機会はいくらでもあっただろう。無論、立場や強さなどを考えればうかつに戦いを挑める相手ではないとは言え、ヒュンケルが本気ならば実行は可能だった。 ほとんど捨て身で戦いに望むヒュンケルは、命を惜しむ様な男ではないのだから。 ヒュンケルが強く拘りを持つのはアバンの強さではなく、アバンの人間らしさだった。アバンに対して深い愛憎を抱き、アバンの教えた正義に強い反発を持つからこそ、彼を無視できない。アバンの唱える正義を力ずくで否定したいと考えている。 となれば、ヒュンケルが目標とするのは、アバンの意思を継ぐアバンの弟子達しかいまい。 ダイ達を挑発し、部下をけしかけてその力を試し、自分の方が優れているのだと立証しなければ、気がすまない。 アバンに対して告げるはずだった復讐の動機や自分の生い立ちまでぶちまけ、それを思い知らせた上で殺さなければならないという思いに凝り固まった初登場時のヒュンケルは、まさに復讐の思いにとりつかれている。 勝利以上にアバン打倒に拘るヒュンケルは、そのせいでこの先も戦略的にはミスとしか呼べない行動を多々にとっている。ヒュンケルの戦いの中で、最も暴走気味でまとまりのつかない戦いがこのダイvsヒュンケル戦なのである。
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