27 ダイvsヒュンケル戦(5)

 

 マァムが気絶した後、再び戦いを仕掛けるのはダイだ。
 倒れたままで、まだろくに身動きもできない状態ながら、ダイはヒュンケルの弱点を探し出そうと必死になっている。相手の弱点を見極め、自分にできる最高の攻撃で対応しようとする  後期になればなるほど際立ってくる、ダイの戦略方法だ。

 後には竜の騎士の記憶も使いこなして複雑な戦闘や防御もこなせるようになるダイだが、この頃のダイは等寸大の少年として強敵と戦おうとしている。ヒュンケルの兜の目の当りの隙間に目をつけ、そこならば魔法が通じるかもしれないと考えている。
 ろくに動けないが、覚えたての火炎呪文なら放てるという計算もあったのだろう。

 ダイのこの狙い自体は、悪くはない。
 鎧化しているとはいえ、肌の露出があると魔法防御に劣るのは、ラーハルトの魔槍やマァムの魔甲拳で証明されている。目に炎の魔法の直撃を食らったのなら、多少なりともダメージは受けるだろう。

 だが、ダイもまたマァムと同じ失敗をしてしまっている。自分一人で戦うことだけを考えて、不向きなことまで自分でやろうとしているのだ。
 火炎呪文を正確に飛ばす、と言う点でなら、ポップやマァムの方が上手だ。

 力技でやっと炎をぶんなげるダイよりも遥かにうまく、狙い目へとピンポイントな攻撃を仕掛けられるだろう。この時点でマァムは完全に気絶しているとはいえ、ポップはすぐ隣にいたのだ。

 ここはポップに火炎呪文で攻撃してもらい、その隙にダイ本人は剣で攻撃を仕掛ける方が有効だった。
 だが、残念ながらこの時の彼らの間に連携は生まれていない。

 ……まあ、連携する気があったとしても、ポップはダイ以上にダメージを受けていて終止立てないままだったので、魔法を放つ余力があったかどうか、怪しい気はするが。

 ダイが一生懸命考えた果敢な挑戦は、あっさりと外れている。……というか、ダイ自身は「かわされた」と言っているものの、漫画で見る限りヒュンケルは驚きのせいで棒立ちになっていて動いた様子はない。ダイの狙いが最初からずれてしまったのか、それともヒュンケルがほんのわずか動くことで躱したのか、議論の余地はありそうだ。

 個人的には『外れた』に一票を投じたい。
 なぜなら、ヒュンケルはダイの最初の魔法攻撃にひどく驚き、激昂している。躱すことで無効化したのであれば、それ程むきになる必要もあるまい。現に、ヒュンケルはダイの二発目の魔法は海波斬で軽く躱して、余裕の態度をみせている。

 意図的に躱したのであれば、最初と二度目のヒュンケルの態度の落差が説明できない。
 ところで全くの余談になるが、ヒュンケルが海波斬で斬ったダイの魔法の炎は左右に散って広がり、ちょうどヒュンケルの後ろにいたポップを巻き込みそうになっている。攻撃に夢中になると、ダイはどうも味方の位置の把握や安全面などの方向に頭が回らなくなるようだ。ここで、ポップが巻き添えをくわなかったのは、単なる幸運以外の何物でもない。


 ダイの攻撃に激昂したヒュンケルは、まず、ダイの足を狙って攻撃をしている。
 ダイの素早さが厄介だと判断し動きを封じたヒュンケルは、なぶりものにするように細かい攻撃を重ねている。その攻撃に全く手が出せない状態ながらも、ダイは決して逃げようとはしていない。だが  ダイは、この段階で戦う動機もなくしてしまっている。

 それに最初に気がついたのは、ポップだ。
 ダイが今まで見せてきた起爆力の源が竜の紋章にあることに気がつき、そしてその力を使うきっかけが怒りの感情であることも理解しているポップは、ダイに竜の紋章の力を使うように、怒りの感情で戦うようにとアドバイスをしている。

 だが、このアドバイスは全く役に立たなかった。
 元々、ダイがヒュンケルと戦おうとしたのは、尊敬するアバンへの侮辱を聞き流せなかったせいだ。だが、ヒュンケルの語った過去を聞いて、ダイは彼の憎しみを認めてしまった。自分と似た境遇を持つヒュンケルに、同情じみた感情を持ってしまった。

 そんな相手に対して怒りの感情を掻き立てようとしても、うまくいかないのは当然だろう。

 だが、だからと言ってダイは、この時はヒュンケルを『助けるべき仲間』とまでは認識してはいない。ヒュンケルが同情に値する相手であり、また、無関係な敵ではなくアバンに師事したという共通項を持っていると知っても、ダイにとってヒュンケルは目の前に立ちはだかった敵だ。

 同情したとはいえ、マァムのように同情を感じた相手を救いたいとまでは思っていないから、彼の考えを変えるために説得をしようとはしない。
 とは言え、全く割り切って敵だと考えることもできず、矛盾する感情のせいで葛藤を抱え込んでしまっている。

 ある意味で、これはダイの成長の第一歩と言っていいだろう。これまで、ダイは『勇者になりたい』という漠然とした憧れの元、行動してきた。大切な友達を守りたいとか、悪党を許せないと思う気持ちの根源も、要はそこにある。

 だが、その割にはダイは『正義』に対して、明確な定義を持ってはいない。
 何が正しくて、何が間違っていることなのか。そして、自分はそれに対してどう考え、どう行動するべきなのか。

 『正義』と言うものは、人によって答えは違う。
 ある人にとっては揺るぎない『正義』であったとしても、別の人間から見れば間違っているようにしか見えないということも、よくあることだ。

 また、一度答えをだしたとしても、それは決して不変のものではない。年齢や出会った出来事によって大きく考えが左右され、常に答えが変わり続けると言っていい。
 だが、それを強く意識し、答えを心に抱いているかどうかは、その人の人生観やいざと言う時の決断力に差がでるだろう。

 この時もダイは、初めて『正義とは何か』と言う問題にぶつかったものの、答えをすぐに出せずに迷うばかりだった。その迷いは成長には欠かせないものではあるのだが、しかし、実戦の中で、と言うのはいかにも場が悪すぎる。

 迷いを持つダイは、ヒュンケルの放った金縛りの術……闘魔傀儡掌にあっさりとかかってしまう。暗黒闘気によって手から見えない糸を出し、相手を操ることができる技である。操る、というよりも、相手の動きを封じるという意味合いが強いようだが、剣を取り落とさせ無抵抗な状態を強制できるのだから、恐るべき技ではある。

 しかも、片手でこの技を仕掛けながら、もう片手で決め技を放つ力がヒュンケルにはある。

 ダイがこの技にかかった段階で、ダイ達は完全敗北したも同然だ。なにしろ、ダイは抵抗不能、マァムは気絶、ポップはダメージ大で立つもしないのできないのだから。
 ダイvsヒュンケルとの初対戦では、完全にヒュンケルが勝っている。

 ヒュンケルの方に武器の有利さがあったのは否めないが、ダイ達の敗北の最大の要因は意志の不統一に加え、連携の悪さにあったように思える。そもそも戦うかどうかという決意すら、ダイ達の中ではバラバラだった。

 それに比べ、復讐に燃えるヒュンケルの意志は、最初から最後まで揺るぎのないものだった。その辺の差が、この初戦にでたように思える。

 

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