28 クロコダインの決断

 

 身動きのできないダイが、ヒュンケルの必殺技に貫かれようとした瞬間  まさに絶体絶命のところで割り込んできたのが、獣王クロコダインだ。
 クロコダインはダイの真正面に立ちはだかり、ヒュンケルの剣をまともに腹で受けている。

 一見、無謀にしか見えない行動だが、クロコダインの優しさと決意、そして目的のためなら揺るぎない信念を持てる彼の男気が、余すことなく表現されているシーンだ。
 クロコダインの無謀な行動の裏には、最優先した目的が見て取れる。

 まず、クロコダインの目的の一つは自分でも言っているようにダイを助けること。だが、そのためだけなら、わざわざ自分が攻撃を受け止める必要などない。

 遠間からヒュンケルを狙って、獣王痛恨撃(<-この時は、まだ改名されていないので)を打ち込めば、それで済む。だが、それではダイを助けられたとしても、ポップやマァムなどダイの仲間を助けることはできない。

 運が悪ければ、クロコダインの放つ技に巻き込んでしまい、死なせてしまいかねない。うかつな反撃は余波を周囲に与えることになると、承知しているのだろう。
 だが、クロコダインがヒュンケルの攻撃をわざわざ受けたのは、それだけが理由とも思えない。

 クロコダインのもう一つの目的が、ヒュンケルその人にあるからだ。
 人間と言う存在を見直し、だからこそ人間の素晴らしさを教えてくれた相手――ダイ達の味方をしようと決断したクロコダインは、人間であるヒュンケルをも助けようとしている。だからこそ、クロコダインはヒュンケルには決して攻撃を仕掛けようとはしない。

 文字通り身を盾にしてダイ達を庇い、同時にヒュンケルの剣を抜かせないように抑えながら、クロコダインは自分の配下のガルーダを出現させ、ポップにダイと一緒に逃げるようにと説得している。

 この時はダイもマァムも気絶していたからポップしかいなかったとは言え、クロコダインがポップに後を任せようとしたのは消去法による選択とは思えない。ポップを説得しようとするクロコダインの態度には、明らかな彼への信頼が感じられる。

 ダイを一度逃がすのがここで取れる最善手であるとポップの理性に訴えかけ、また、マァムを気にするポップの感情をなだめるために彼女の無事を保証しているのだから。
 だが、まだこの時点ではクロコダインに対する怯えもあるせいか、マァムを気にするポップを説得しきることはできなかった。

 まだ身体が完全に回復していないためにそう時間もかけられないクロコダインはガルーダに命令を下し、無理やりダイとポップをこの場から離れさせているが、その際、クロコダインはポップにダイのことを託している。
 相当、ポップを買っているとしか思えない態度である。

 ところで、ここでクロコダインは『二人を逃がす』ことしかできなかったが、その選択肢を選ばざるを得なかった要因は主にポップにある。
 二人しか逃がせないのは、要はガルーダの足が二本しかないせいである。

 片足に一人ずつ、人間を掴んで飛ぶ――ガルーダの能力では、それが精一杯なのだ。
 だが、これはあくまで、掴む能力だ。
 人数を乗せて飛ぶ、という能力で言うのなら、ガルーダは3人ぐらいは軽いものだ。

 ずっと後での話になるが、比較的短距離とはいえ、クロコダイン、フル装備のヒュンケル、マァムの3人を連れて飛んだこともある。どう見てもこの3人よりも格段に体重の軽い、ダイ、ポップ、マァムを同時に運ぶぐらいたやすいものだろう。

 だが、それを成し遂げるためには、乗り手の方がガルーダにしっかりと掴まる能力が求められるのだ。クロコダイン達3人を運ぶ際は、ガルーダはがっちりとクロコダインを掴み、ヒュンケルとマァムはそれぞれがクロコダインの肩に乗り、自力でしっかりと彼に掴まってバランスを取っていたのである。

 しかし、残念ながら、ポップにそれだけの腕力があるとは到底思えない。
 ガルーダに掴まれたダイかマァムの身体にしっかりと掴まるのも、逆に自分がガルーダに掴まれて、腕にダイ、もしくはマァムを抱えるのも、どちらにしても無理がある。無理やりそんなことをしても、途中で落下するのがオチだ。

 ダイかマァムの力ならば、二人のどちらかがポップをしっかりと抱きかかえるのは可能だろうが、いかんせん二人とも気絶してしまっていては話にならない。

 となれば、三人の中から二人を助ける道を選択するしかない――苦渋の決断を下したクロコダインだが、この選択にはポップに対するものと同時に、ヒュンケルに対する信頼も見え隠れしている。

 ヒュンケルは、決して女性に手を掛けない――マァムを残す逃亡作戦は、その信頼を源にしている。
 魔王軍においての同僚とは言え、ヒュンケルとクロコダインはそれほど強い絆を結んでいたとは思えない。

 前述した通り、互いに競い合うことを称賛するバーンの思惑により、初期魔王軍は横の繋がりに欠けている。
 決して良好とは言えない関係にも関わらず、クロコダインはヒュンケルに対してかなり友好的だ。

 というよりも、クロコダインはヒュンケル以外の魔王軍の六団長に対しても、そこそこの付き合いや信頼関係があったのではないかと感じさせるキャラクターだ。実際にザボエラと共闘もしていたし、ヒュンケルやバランもクロコダインには一目置いていた。

 もし魔王軍側でチームワークを築く機会があったのなら、間違いなくクロコダインこそがキーキャラクターとなっただろう。

 クロコダインは相手を好意的に観察し、また、相手の心情を汲んで考える思いやりを備えている。相手を無闇に否定せず、肯定的に受け止めようとする彼ならば、曲者揃いの魔王軍の中でも他のメンバーとのコミュニケーションを十分に取れただろう。

 他の六団長がヒュンケルのことを『人間なのに魔王軍に入った生意気な奴』程度の評価や感情しか持たなかったのに対し、クロコダインはヒュンケルの中の鬱屈した心理を見抜いていた。

 そしてそれを承知した上で、クロコダインは人間が素晴らしい存在だとヒュンケルに訴えている。

 人間に対して負の感情を持つ――それは言い換えれば、人間に思い入れを感じているからこそ生じる感情なのではないか……そう考えたクロコダインは、ヒュンケルを説得して考えを変えさせようとしている。

 この説得は戦略的にも、有効だ。
 クロコダインの目的は、ダイの救助のみならずヒュンケルへの救済も含まれている。
 ヒュンケルが戦う気さえ無くせば、自動的にダイやマァムを助けることもできるのだから、一石二鳥である。

 しかし、クロコダインの言葉にヒュンケルは激昂し、彼の腹を剣で貫いている。
 クロコダインの指摘は、的を射ていた。だが、真実を他人に指摘されただけでは、人は自分の考えを変えることはできない。むしろ図星を突かれたからこそヒュンケルは怒り狂って冷静さを失い、クロコダインに攻撃をしかけている。

 だが、そうまでされてもクロコダインの意思は最後まで変わらなかった。
 涙してまでヒュンケルに人間の良さを訴え、意識を失う寸前までマァムを救出できなかったこと……ポップとの約束を守れなかったことを心に残していた。

 そんなクロコダインの誠意に打たれたのか、ヒュンケルはこの時、部下にクロコダインの手当てを命じている。
 クロコダインの命懸けの説得は、この時は効果はなかった。だが、それでもヒュンケルの心を動かしたのは確かである。

 そして、この時のクロコダインの言葉は、後々のヒュンケルの行動に大きな影響を与えることになったと筆者は確信している。

 

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