31 ヒュンケルの葛藤(2) |
ハドラーを追い返した後、ヒュンケルはマァムの牢屋へ訪れて彼女の無事を保証している。 なにしろヒュンケルには本来、ここでマァムの所を訪れる必要性がない。 そもそも、ヒュンケルはダイに連絡すらとろうとしていない。マァムさえ抑えておけば、ダイは必ず戻ってくると確信している。 ヒュンケルはマァムを捕らえてさえおけばそれでいいと考え、従ってそれ以上の行動を取る気は必然性もなかった。それなのに、わざわざ彼女の所に行って無事を保証してやるとは、ずいぶんと親切なものである。 囚人に限らないが、人間は先行きがどうなるか分からない状況下で一人で閉じ込められると、極端に不安が増大するものだ。 その場合、不安を解消するにはそこからでるのが一番だが、次善案としてはそこから出られる条件を知ること、だ。牢獄とて長い間いるわけでもないと分かれば、我慢もしやすい。 ヒュンケルは意識していないだろうが、彼がマァムに対してにこれだけの気遣いができるのは、幼い頃の経験があるせいだろう。 誰よりも信頼している父親が、しかも自分を守るためにそうしてくれたと理解していても、それはヒュンケルにとって辛い経験になった。 だからこそ、マァムが必要以上の不安を感じずにすむ様に、配慮できたのだろう。 魔物に育てられた過去を語るヒュンケルに、ダイが誰よりも最も共感できたのは、ヒュンケルとダイの過去が最も似通っていたため想像が容易かったせいだ。逆に、ごく普通の人間の両親に育てられたポップは、ヒュンケルの境遇を頭で理解はしても、共感までは感じていない。だからこそ、同情に引きずられずにヒュンケルの行動を客観的に判断していた。 そして、マァムはダイやポップとは全く違う観点から、ヒュンケルに共感を感じている。 マァムもまたポップと同じく、魔物に育てられた境遇を共感することはできない。だが、マァムは言葉の端々からヒュンケルが父親への深い尊敬の念を持ち、なおかつ父の死に強く傷ついている事実を察した。 その気持ちはマァムにとっては理解しやすく、また共感できるものだったのだろう。なぜならマァムもまた、父親を深く尊敬し、早い段階で父親を失っている過去を持っているのだから。父親を失った悲しみを知るからこそ、マァムはそれを受け入れきれずに荒れるヒュンケルに共感し、深い同情を抱いている。 ヒュンケルにとって、こんな風に反応してくれる他人に会ったのは、初めてだったに違いない。 だが、この時のヒュンケルは初めての体験に戸惑い、マァムの言葉に動揺しまくっている。長い間敵対心や猜疑心を高めてきたヒュンケルにとって、世界の全ては敵に等しかった。味方……自分の理解者という存在を、すぐには受け入れられないのだ。 ヒュンケルを助けたいと思うあまり、自分の結論を性急に彼に押しつけているのだ。これは、カウンセリングとしては完全に失敗だ。 この時のヒュンケルはマァムの指摘がなまじ図星だったからこそ激昂し、彼女を平手打ちして逃げる様にその場から去っている。この時のヒュンケルは、まだ、自分の中の矛盾や疑問に向き合う覚悟も準備もできていない。 ついでに言うのなら、ヒュンケルは今までずっと固執してきた復讐の一歩手前にいる。彼にとっては、人生全てを賭けてきた目的を達成できるかどうかの瀬戸際なのだ。 だからこそヒュンケルは、クロコダインやマァムの優しさもザボエラの誘惑も撥ね除け、目的達成だけを見つめようとしている。一見、いかにも強い意志を持つがゆえに戦いを選んだかのように見えるが、それは自分の本当の望みから目を逸らすための逃避に他ならない。 だが、自らの意思で視野を極端に狭めてしまったヒュンケルは、それに気付くことができない。彼の目を覚まさせるためには、文字通り荒療治が必須だったと思われる。
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