32 ザボエラの暗躍

 

 ヒュンケル戦の間、目立たないながらもザボエラはせっせとこまめに動いている。そのこまめは、ある意味感心に値する。
 この時、ザボエラはハドラーに従う形で同行している。

 他の時でもそうだが、ザボエラはその時、その時の権力者にすり寄って一緒に行動する傾向が強い。これは、ゴマすりとしてはなかなか有効なポイントだ。

 上司の覚えをめでたくするためには、上司の目の届くのを計算した上でこまめに動き、自分はあなたのためにしっかりと働きますよとアピールし、自分を印象づけることが重要だ。

 しかも、ザボエラは下調べも欠かしてはいない。
 地底魔城を懐かしむ発言をするハドラーに、ザボエラはこう言っている。

『……ここはかつて、ハドラー様の主城であったとか…』

 ザボエラがハドラーの部下になったのは2年前のこと(公式パーフェクトブックのデータ)であり、本来なら彼は15年前のハドラーのことは知らないはずである。
 実際、ザボエラはこの時、物珍しそうに周囲を見回しているし、地底魔城に来たのは初めてだったのだろう。

 だが、ザボエラは情報を集めることに関しては、プロだ。
 悪魔の目玉を配下に持つザボエラは、ダイ達ばかりではなく味方であるはずの魔王軍の動向まで注意を張り巡らせている描写が、随所に見られる。当然、ハドラーの過去に対してもある程度以上調査済みと考えられる。

 最もそこまで下調べをしている割には、ザボエラはそれをハドラーのために使う気は全くない様だ。
 ハドラーとヒュンケルの会話の最中、ザボエラはほとんど関与していない。

 せいぜい、途中でヒュンケルの生意気な口調を咎める程度の発言をしているだけである。積極的に二人の会話には関わろうとは、していないのだ。
 ハドラーと話しているシーンでも、ザボエラはハドラーの機嫌を取るよりも、ハドラーの言葉の端々からヒュンケルに肩入れをするバーンの思惑を探る方向に熱を入れているように見える。

 その結果、ザボエラがとった行動と言えば、ヒュンケルとこっそりと接触をとることだった。……と言うより、最初からザボエラの狙いはそこにあったのではないかと、筆者は考えている。

 初めてきたはずの地底魔城で都合よく地下牢にやってきた辺り、下調べをしてきたとしか思えない。しかもザボエラは、計った様にヒュンケルとマァムの言い争いの後に登場しているのだ。

 ヒュンケルの部下のほとんどはアンデット系の怪物であり、思考能力が全くないことを思えば、彼や彼の部下に気がつかれないように偵察系怪物を忍び込ませるのは難しくはないだろう。
 その結果、ザボエラはヒュンケルがマァムを人質に取ったことを知った。

 それを最大限利用するために、ザボエラはヒュンケルを色仕掛けで籠絡させようと考えた。まあ、この発想は妥当なものだろう。
 若い男を血迷わせるのに、恋愛感情は非常に都合がよい。

 古来より、色恋に気を取られて失敗した英雄の話は数多い。ヒュンケルがマァムに夢中になり、恋に溺れてくれればザボエラにとって好都合というものだ。

 マァムと言う弱点を仄めかすことで、ヒュンケルを操るもよし、もしくは逆にマァムにメロメロになったヒュンケルがバーンの不興を買って失脚するのも、ザボエラにとっては損にはならない。そう考えたからこそザボエラは親切めかして、ヒュンケルにマァムが恋の虜になる様な呪文をかけてやろうかと持ち掛けている。

 しかし、そんな便利な呪文が本当にあるのかどうかは、非常に疑問を感じるのだが……。なにしろ、ザボエラ自身が恋の虜状態となった配下など持っていないのだ。後にポップを罠に掛けた時も、自分自身が変身魔法を使い、自前の演技力(笑)でポップを油断させているぐらいだ、とてもそんな便利な呪文を使いこなせるとは思えない。

 いったい、どんな呪文か薬を使ってヒュンケルをごまかそうと考えていたのかには興味が尽きないが、残念なことにヒュンケルはきっぱりとザボエラの誘いを断っている。
 ヒュンケルがザボエラの誘いを断ったのは、ある意味当然だろう。

 ヒュンケルがマァムを気にしているのは確かだが、彼にとってマァムは、この段階では『気になること』を言う女であり、決して『気になる女』ではない。
 つまり、ザボエラの差し出した条件は、ヒュンケルの望みとは全然重なっていないのだ。


 情報収集能力や分析力は高くとも、洞察力に欠けているのがザボエラの最大の欠点と言える。子供は親に逆らえないとか、人間は愛する者を人質に取られると弱いなど、人間の感情をつく作戦を立てるザボエラは、一見は人間心理に熟知している様に見える。

 しかし、ザボエラの発想は常にスレテオタイプである。
 男なら女には弱いだろうとか、誰もが出世したいに決まっているなど、自分の中にある常識を固定観念とし、それ以外の動機や思惑にまで考えを巡らせようとはしないのだ。というよりも、ザボエラは基本的に他人を理解しようという思考がそもそも欠けている。

 これでは、洞察力が芽生えるはずもない。
 他人を理解しようとしないまま固定観念をベースに思考するザボエラは、順応性に大きく欠けている。そのため、規格外の行動を取る相手には極端に弱いという欠点がある。

 そして、味方に対してもこの固定観念はあまりいい方向に働かない。
 ダイに負けたクロコダインが再戦を望む動機も、ザボエラは完全に読み違えている。クロコダインの一番の望みが現在の地位の保持と考えた上で助力していたが、武人であるクロコダインの一番の望みは、己の誇りを取り戻すための戦いだった。

 だからこそ、ザボエラとクロコダインの共闘は齟齬が次第に深まっている。こんな調子では、たとえあの時クロコダインがダイに勝っていたとしても、ザボエラとクロコダインの共闘はいずれ破綻しただろう。

 ヒュンケルの言っていた『クロコダインが負けたのはザボエラのくだらん入れ知恵のせい』と言う台詞は、ある意味で大図星である。
 ところで、この時ヒュンケルに取引を断られたばかりか、乱暴に扱われたことに腹を立てたザボエラはまさに負け犬の典型のように『覚えていろ』の捨て台詞と共に消えている。


 で、ここで少しばかり先走った考察になるが、ヒュンケルと手を組むのに失敗したザボエラはフレイザードと連絡を取った可能性が高い。
 出世願望が強く、なおかつヒュンケルに敵対心を持つという点で、フレイザードとザボエラはこの上なく意見が一致している。

 ヒュンケルへの恨みからザボエラがフレイザードに情報を流し、バーンやハドラーの機嫌を損ねない様にこっそりとヒュンケルを追い落とすため、裏でこの二人が手を組んでいたのではないかと、筆者はずっと疑っていた。

 フレイザードがヒュンケルにとどめを刺そうとしたのは原作中で明らかにされているし、魔王軍勢揃いの場で、地底魔城壊滅を報告していたのはザボエラだった。基本的に戦士であるバランが死火山が噴火したという不自然さに疑問を抱いているのに、知識に優れているはずのザボエラは疑問すら口にしていない辺りが、ものすごーく怪しさを感じさせる。


 フレイザードもザボエラもこの件に関しては何も言わないまま終わったため真相は藪の中ではあるが、ほぼ間違いはないだろう。
 

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