34 ダイvsヒュンケル戦(7)

 

 舞台を整え、完全装備の上でヒュンケルはダイへ戦いを挑んでいる。
 この時、ヒュンケルの狙いは完全にダイに絞られている。敵をおびき寄せながら罠も張らず、マァムどころか、ポップまで無条件で逃がしてもいいと言うのだから、相当に自分の実力に自信を持っているとしか言い様がない。

 そんなヒュンケルを相手に、ダイは真っ向勝負の決断を下している。
 余談だが、マァム救出を第一に考えるのであれば、ここはお言葉に甘えてポップだけは逃がしてマァムと合流し出直し、ダイは時間を稼いだ後で逃げるという作戦も考えられなくはないが、実力差のある相手に下手な小細工をしかけて自軍の戦力を分散させるのは、あまり感心しない。

 多少無茶なようでも、ここは総力を上げて一点突破を狙った方が勝率は上がる。ダイがここで勝負の覚悟を決めたのは、正解だろう。
 多角的に思考し、総合的に状況を判断する能力の方ならポップの方がおそらく上だが、一点に集中させた戦闘への思考に関してはダイの方が優れている。

 また、ダイはどんな状況であれ、自分に有利なこと、もしくは敵にとって不利になることを見出だす目がある。この時、ダイはこの場所でなら空が見えると気がつき、戦いへの決意を固めている。

 ポップもそれに応じて、ヒュンケルが剣をかざした瞬間に攻撃しようと打ち合わせしている。
 だが、この時のヒュンケルは剣を振るうまでもないと、兜に装着したままの剣を鞭のように使って攻撃してきたので、攻撃する隙が掴めない。

 これを、ポップは「ナメやがって、剣を使ってこない」と考えているが、実際には逆ではないかと筆者は考えている。
 ヒュンケルが剣を使わないのは実力差に慢心しているからではなく、完璧な勝利を目指しているからだ。

 ヒュンケルの思考には、良くも悪くも二人目の師であるミストバーンの影響が見られる。幼い子供ほど育てる者の影響を受けやすいものだから、それも当然だろう。失敗を許さず、完璧を追及したがる思考などは、まさにミストバーン譲りだ。

 ヒュンケルにしてみれば、ただ勝っても意味がない。
 自分がアバンの使徒を……言い換えれば、アバンを完全に上回ったと自分自身に納得させなければ、完璧な勝利とは呼べない。

 前回のように、油断したからとはいえダイにメラで攻撃されることさえ、プライドを傷つける失敗に値するのだ。
 だからこそ前回の失敗を繰り返さないよう、細心の注意を払っているようにしか見えない。

 このヒュンケルの警戒心は、明らかに前回のダイのメラから得た教訓だろう。いくら魔法を弾くとはいえ、兜の隙間に見える目を狙われては、全くダメージを受けないわけにはいかない。

 ましてや、この時はポップも一緒なのだ。実力的にはたいしたことはなくても、本職の魔法使いならばダイよりも魔法の腕がたつと予想はできる。

 二人がかりで魔法と剣での攻撃を織り交ぜて仕掛けてくれば厄介だと警戒しているからこそ、有無を言わさぬ先制攻撃をしかけているのだろう。先手必勝は戦いの鉄則ではあるが、実力に優れた者ならば敵の攻撃を受けてからでも、充分に反撃は可能だ。

 相手の実力に興味を持ち、自分の強さに自信を持っているのであれば、相手の出方を窺ってから攻撃をしかけても遅くはない。実際に、ヒュンケルはダイとの初対面の時には、そうしていた。

 だが、この再戦の時にはヒュンケルは明らかに最初の戦いの時よりも、余裕を失っている。本人は自覚していないだろうが、それはクロコダインとマァムの説得の効果だろうと筆者は推測している。

 今まで、ヒュンケルは孤独だった。
 孤独であると言うことは、自分の考えに対して肯定してくれる人間も否定してくれる人間もいなかったと言うことだ。これでは自分の考えを深めることはできても、その是非を問うことはできない。復讐への思いを強めることはできても、復讐そのものが正しいか、間違っているかを考えることはできないのだ。

 人間は他人と対話することにより、様々な異なる意見に触れて初めて思考が深まり、思考の幅が広がっていくものだ。
 自分以外の者より認められることが自信に繋がり、逆に自分以外の者に否定されることが自分の考えを思い直すきっかけを与えてくれる。

 一人だけで考え続けることには、所詮限界がある。どんなに素晴らしい学者であっても、世間を拒否して専門分野しか見つめてこなければ一般人には理解できない学説になりがちなように、他人に理解されたいと望むのであれば他人を認めなければならないのだ。

 しかし、ヒュンケルはこの時点ではまだ他人を認められない。
 ヒュンケルに積極的に説得する者……クロコダインとマァムが揃って復讐を否定したことで、彼は自分の間違いに気がつき始めている。

 しかし、長年に亘って培ってきた自分の努力や考えを固執するヒュンケルは、ダイを倒すことさえできれば自分の復讐の完遂ができると、無理やり思い込もうとしている。
 実際には本来の復讐の相手であるアバンを喪失した段階で、ヒュンケルの目的は永遠に達成されないのだが、彼はそれさえ認められない。

 ダイがアバンではないと言う事実さえ、ダイに圧倒的な完勝することで埋められると思い込んでいる。
 そんな気負いがあるせいで、ヒュンケルは冷静な判断力を失っている。

 1対2での戦いの場合、真っ先にすべきは敵の数を減らすことだ。防御力の弱い方を徹底して叩いて、一気に戦闘不能に追い込むのがセオリーである。援護魔法など厄介な特殊能力を持っていそうな方なら、尚更先に潰すべきだ。

 この場合ならヒュンケルはポップを狙って攻撃すべきだったのだが、彼は特にどちらかに的を絞ることなく攻撃している。

 ここで褒めたいのは、ダイの判断だ。
 ダイはヒュンケルが自分を狙っていること、ポップの回避能力、防御能力が自分よりも劣っていること、援護魔法は準備に多少が時間がかかることを考え、自分が囮になると即断している。同時にそれは、最初の目的通りヒュンケルに剣を抜かせるための行動にも繋がっている。

 そして、ダイはヒュンケルに対しての拘りや思い入れを、捨てている。
 初対面の時のように彼に同情するのではなく、戦うことだけに精神を集中して自分から積極的に攻撃を仕掛けているのだ。
 さらに言うのであれば、この時のダイは剣が効かないのを承知の上で戦っている。

 ポップとの共同作戦を念頭においているダイは、電撃呪文を本命と考えている。剣でヒュンケルにダメージを与えるのを、主目的としていないのだ。あくまでヒュンケルの注意を自分に引きつけるために仕掛けている連続攻撃が、最初の対戦の時よりも切れがいいのは当然だろう。

 そして、ダイは戦闘に対する学習能力が非常に高い。
 一度でも戦った相手の特徴や動きを読み、それに対応するのは優秀な戦士としては当たり前の話だ。ヒュンケルの猛攻に備えてくさりかたびらを用意しておいたダイは、それを最大限有効に活用している。

 また、ダイはヒュンケルがプライドが高く、激昂しやすいという性格も覚えており、それさえも利用している。驚いているヒュンケルに飛び掛かり顔を狙って膝蹴りをかましている辺り、前回、メラで顔を狙ったせいで激昂させたことの再現を狙っていると思える。
 顔部分は身体に比べて防御力が弱いせいもあるが、なによりプライドを傷つけられてヒュンケルが怒りだしたのを見てダイは彼が本気になると見抜き、ポップに合図を送っている。

 この時、ダイとポップの間でアイコンタクトが成立している。
 これまではダイとポップは、戦いの中では意見はあまり一致してはいなかった。正義感が強くて戦いを望むダイと、基本的に逃げたがるポップとでは考え方があまりに違うし、どちらかというとポップがダイを頼る気持ちの方が強かった。

 だが、ここで初めて二人は対等な関係として、共闘している。
 一緒に修行をし、作戦を立てた通りにポップが天候呪文で雨雲を呼び、ダイが電撃呪文を落とす――この不意打ちは、見事にヒュンケルにダメージを与えている。

 自分だけの考えに固執して自分を変えようとしないヒュンケルと、協力し合って戦いに備えたダイとポップの対決は、まず後者に軍配が上がった。
 ここまでの結果は、戦いに備えて覚悟や準備をしてきた二人の作戦勝ちと言えるだろう。
 

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