35 ダイvsヒュンケル戦(8)

 

 見事に電撃呪文をヒュンケルに決めたダイとポップ――作戦の成功に浮かれたポップは、ノコノコとヒュンケルに近寄っている。
 この詰めの甘さと調子にノリやすい点が、ポップの最大の欠点だ。

 戦いの直後は、油断すべきではない。本能的なものか、ダイはヒュンケルに近付かず身構えたままでじっと様子を見ていたが、それが正解だ。なにしろ、ダメージは受けたもののまだ体力を残しているヒュンケルは、無防備に近付いてきたポップを殴り飛ばしているのだから。

 この時、ヒュンケルが座り込んだ体勢のままで殴られたのは、ポップにとって不幸中の幸いだったと言うべきだろう。

 なにせ、この一発だけでポップは倒れ込み、その後も動けなくなってしまっている。不完全な姿勢で殴られてでさえこんなにダメージが大きいのに、まともにパンチを食らったりした日には只では済まなかっただろう。

 しかし、詰めは甘いもののポップは突発時の判断力は正確だし、優れている。
 ダイはポップのダメージを気にとられたり、作戦の失敗に動揺したりしているが、ポップはヒュンケルのダメージ状態を見抜き、すぐに電撃呪文で追い討ちをかけるようにとダイに指示している。自分自身の回復や身の安全は後回しになっている点が気になるが、悪くない判断だ。

 最も、これは完全に手遅れだった。
 ダメージを受けたヒュンケルは本気になり、今までの主義や油断を捨てた。
 闘魔傀儡掌でダイの動きを封じ、自分の最大の必殺技であるブラッディースクライドでとどめを刺している。

 この時のヒュンケルの判断や行動の迷いのなさは、さすがは戦士と言うべきか。
 すでに動けなくなっているポップに見抜きもせずにダイに攻撃した後で、ポップを殺そうとしている。

 ここでマァムが参入してこなければ、ヒュンケルは確実に二人にとどめを刺していただろう。その意味ではマァムの乱入は好都合だったわけだが、彼女のお手柄は実はほとんどが偶然によるものだ。
 戦闘に参加するという点では、マァムは幾つかの判断ミスを犯している。

 まず、第一にして最大のミスは、仲間の無事を確認していない点だ。
 この時点でダイは倒れ、ポップも起き上がれない程のダメージを受けている。回復手ならば真っ先に考えなければならないのは、まずはダイの生死を確かめることだ。

 ところがマァムはダイがどれほどの怪我をしているか確かめずに、ヒュンケルの誤解を解くことを優先させている。幸いにもダイが浅手であり、ポップがダイの生死を確かめるのを優先したからよかったようなものの、最悪手遅れになるところである。

 ヒュンケルのアバンへの誤解が解けたとしても、仲間が死んだとすればまた新たな軋轢が発生するだけなのだから。
 だが、マァムは偶然知った真相に心を奪われ、それを優先してしまった。

 ヒュンケルの養父バルトスを殺したのが、アバンではなく実はハドラーだったという真実を知れば、誤解を解くことができるとマァムは考えた  それが、第二の間違いだ。
 他人から真実を突きつけられるだけでは、人の考えはそうそう変わらない。

 自分自身でそれが真実だったのだと納得できなければ、どんな真実や事実も意味を持たない。ましてや今までの考えに固執するヒュンケルに、この時点で真相を受け入れるだけの心の許容量はない。これはヒュンケルに限らないが、人は自分が信じがたい事実と直面した場合、大抵はそれをすんなりと受け入れられないものだ。

 まずショックを受け、事実を否定にかかる。それでも認めざるを得ない事実だと認識できるようになるまで、多少の時間は掛かるものだ。場合によっては絶対に事実を認めず、自分の考えを曲げないこともある。

 現にヒュンケルはマァムの説得を否定し、ダイとの戦いに集中することで事実を否定しようとしている。
 ヒュンケルと戦う決意を持たず、また説得が失敗した場合の代案を一切考えていないマァムは、この時点でできることがなくなってしまっている。ダイやヒュンケルを心配する気持ちは人一倍強いのだが、それだけでは何もできはしないのだ。

 ところで心の葛藤に悩むヒュンケルとは対照的なのが、この時のダイだ。
 ヒュンケルに剣でも魔法でも負けたという敗北感に打ちのめされたダイは、闘争本能だけを残して全ての思考を止めている。ポップはこの時ダイを何とか止めようとしているが、この時のダイは全くポップの言葉に反応していない。

 額に竜の紋章が浮かんでいないだけにこの時のダイの行動が竜の騎士としての本能的な行動なのか、あるいは戦士としてのダイの行動なのかは分からないが、筆者は前者に近いのではないかと考えている。

 後にバランがギガディンを使ったように、竜の騎士には本来、剣と魔法を組み合わせた技が使う力があるのなら、ダイがここで使えても何の不思議もない。しかし、いかに肉体的資質に恵まれたからとはいえ、竜の紋章の記憶に頼らずに自力でその結論に至ったのはダイの手柄だ。

 闘争本能に頼って戦うダイは、ヒュンケルを確実に上回っている。
 ところで、普段のダイは速度を活かして敵の攻撃を避けるのを得意としているのだが、竜の紋章が輝いている時や無意識状態の時はむしろ敵の攻撃をがっちりと受け止め、攻撃こそが最大の防御とばかりに自分から仕掛けることが多い。

 この時のダイも魔法剣の威力でヒュンケルの鎧を砕き、猛烈な反撃を食らわせている。
 劣勢になったヒュンケルは再び闘魔傀儡掌をしかけるが、これは苦し紛れの感じが強い。ここで面白いのが、ポップの奮闘だ。

 さっきダイを止めようとしても全く無駄だったのにも関わらず、ポップは諦めずにダイに強く呼び掛けている。まだ上空に雨雲が残っているのに気付き、ダイに稲妻を呼ぶように指示している。

 ポップのこの諦めの悪さがダイを救ったと言っても、過言ではないだろう。
 そして、戦いの前に二人で行った特訓は無駄ではなかった。繰り返して行った訓練は、ダイの中に無意識に染み込んでいたのだ。

 ポップの合図で何度となく稲妻を呼ぶ特訓を重ねていたダイは、自分自身にラィデインを落とすことで闘魔傀儡掌の見えない糸を千切り、ヒュンケルの必殺技を躱している。
 さらに続け様にライディンを自分の剣に落とし、アバンストラッシュを組み合わせて攻撃をしかけている。

 結局はこれが決定打となって、ダイはヒュンケルを打ち倒した。
 ダイの完全な勝利である。

 とはいえ、ダイは途中から意識をなくし、身に備わった竜の騎士の本能に頼りっきりになる形で戦った一戦でもある。
 つまり、ダイ自身の力で勝利したとは言い切れない戦いではあった。

 ところで余談だがヒュンケルを倒した後、ダイは意識がないまま彼にとどめを刺そうとしている。後に双竜紋の力に目覚めた時もダイは無意識に同じ行動をとろうとしていたから、敵に息の根をしっかりと止めるのは竜の騎士の本能に刷り込まれた本能なのだろう。
 

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