39 パプニカ残党の奮闘(3)

 

 勇者への希望で、みんなが細やかながらも笑顔を取り戻し、気を緩めた瞬間――そこを狙った様に登場するのがフレイザードだ。

 魔王軍軍団長という立場ながら単身で敵陣にやってきて、しかも不意打ちではなく相手に声をかけてから攻撃を仕掛ける辺り、フレイザードの大胆さというか攻撃的な性格がよく現れている。
 しかし、それにも増してちょっと問題ありなのがパプニカ側の対応だ。

 こんな見晴らしのいい場所の、しかも頂上部分にいながらフレイザードの接近に全く気が付かなかった兵士達の見張りには、多大な問題点を感じてしまう。……まあ、肝心の見張りがその直前まで食料争いをしていて、塔の外側まで見ていなかったことだし(笑)

 しかも、フレイザードは登場するとほぼ同時に二人の兵士を一瞬で氷付け&丸焼きにしてしまっているが、パプニカ側の対応は遅い。突然の敵の出現に戸惑い、相手の正体を問い質すなんて悠長なことをしている前に、レオナの避難を最優先すべきである。

 だが、この時、三賢者の誰もが彼女を全力で守ろうとしているが、レオナを逃がそうとはしていない。
 当のレオナ本人でさえ、避難しようとする気配すら見せていないのである。まあ、逃げたいと思ったところで瞬間移動呪文の使い手どころかキメラの翼すら用意しておらず、ここまで不利な塔を拠点としている時点で、次の避難場所など当てがなかったのかもしれないが、それにしても非常事態への考えが甘い。

 実戦においても、彼らの連携の取れていない点は明白だ。
 兵士達がまずフレイザードに戦いを挑んでいるが、彼の放つ炎の息により怯まされ、その直後に浴びせられた氷の息により鎧を脆くされ、一撃でやられてしまっている。

 アポロはその作戦を見抜いたものの、兵士の援護をしてやることはできなかった。この辺りも三賢者が頭脳に頼りがちで、実戦経験が甘いのではないかと思わせる点だ。
 アポロは相手の身体と逆の部分の魔法で攻撃しようとマリンと打ち合わせているが、実戦の場で作戦を口にしなければならない時点で、彼らの実戦経験が浅いのが伺える。

 目を見合わせたり、名を呼び合うだけで魔法や攻撃のタイミングを掴めるダイ一行と比べると、その差は明らかだ。
 相手の弱点をつけばいいと考えたアポロの考えも、甘すぎる。

 フレイザードは炎と氷が融合した姿を持っている上、両方の呪文を自在に使った点に注目すれば、単純に氷の部分は炎に弱く、炎の部分には氷をぶつければいいと考えるのは早計だった。実際に、フレイザードは手を交差して逆の手で魔法を受け止めることにより、そのエネルギーを吸収してしまっている。

 もっとも、フレイザードが火炎を吐きだして攻撃をした際のアポロは見事なものだ。
 防御光幕呪文を張って、フレイザードの攻撃を完全に防いでいる。その際、レオナやマリンだけでなく配下の神官も庇うのを忘れていない。

 レオナは攻撃魔法よりも回復魔法を得意としているが、アポロも攻撃魔法よりも防御魔法を得意とするタイプなのかもしれない。
 だが、アポロの防御力よりもフレイザードの攻撃力の方が完全に勝っていた。

 フレイザードの決め技、メラゾーマ5発を同時に放つ五指爆炎弾(フィンガー・フレア・ボムズ)により、アポロの防御魔法は破られてしまう。
 その際、注目したいのはマリンだ。

 魔法が破られた瞬間、マリンは身を盾にする形でレオナを抱き締め、全身で庇おうとしている。
 彼女の忠誠心の強さが伺えるエピソードだ。

 ところでダメージを受けた後、マリンは一番重傷を負ったアポロに向かって這おうとしているが、この行為は失敗だった。仲間であるアポロを心配し、助けようとする気持ちは素晴らしいものだが、はっきり言ってこの時点でパプニカ残党には一切の勝ち目は残っていない。

 パプニカ残党の中で最も実力のあるアポロでさえ、勝てない相手だと判明したのだから。
 敵に攻撃することもできず防御すらままならないと分かったのなら、マリンがすべきことは仲間の回復ではなく、レオナの脱出への専念だ。

 フレイザードがアポロに注目しているのなら尚更、彼には近寄らずダメージを受けたレオナを回復させ、自分や他の者を囮に使ってでも彼女を助けだす道を切り開く  それこそが、本来、王の側近のとるべき態度だろう。
 その辺の覚悟の不徹底さからも三賢者の甘さが感じられる。

 それとは逆に際立つのが、フレイザードの残虐さ、徹底した戦闘意識の強さだ。
 マリンはこの後、フレイザードに顔を掴まれて大ダメージを受け、戦闘不能に追い込まれる。それを見たアポロが女の顔に対して非道な行為を非難するが、フレイザードの返答が秀逸だ。

『笑わせるなッ!! ここは戦場だ! 殺し合いをするところだぜ。男も女も関係ねェ。強い奴が生きて弱い奴は死ぬんだよ!!』

 魔王軍のメンバーはそれぞれが自分なりの考えを持ち、強さを追究する精神を持っているが、フレイザードの思考は単純明快であるがゆえに、分かりやすい。また、彼は口にしている意見と内面が見事に一致しているキャラクターである。

 それはフレイザードが正直だからと言うよりも、彼自身の一番のコンプレックスである人格の薄さに由来している様に思える。
 本人が言っている通り、フレイザードの人格には歴史がない。

 ハドラーの分身として生み出された彼には、本体の持つ性格の一部分だけを与えられているだけであり、生後1年にも満たない状態である。言い換えれば、フレイザードの人格は熟成されていない子供も同然とも言える。

 子供が正義と悪をきっぱりと分けて考えるように、フレイザードもまた、自分の考えは正しいのだと疑っていない。

 バランやヒュンケルのように、人間への愛憎を胸に秘めるからこそ悩み、揺れる感情が存在することなどはフレイザードにはないし、理解もできないだろう。ただひたすら出世への焦燥感に駆られ、攻撃本能ばかりが突出したフレイザードは戦いに対しては見事なまでに割り切って考えている。

 そして、戦場にいることを前提とするのであれば、フレイザードの意見は紛れもない真実だ。
 実力ではフレイザードに遥かに及ばないパプニカ王国残党は彼になす術もなくやられ、唯一、気丈にも反論したレオナもそれ以上の抵抗はできなかった。

 殺される寸前にまで追い込まれても恐怖に負けず、自分の主義を主張するレオナの精神的な強さはたいしたものではあるが、どれ程高い理想を持っていたとしても、実現するだけの力を持たなければそれは机上の空論にすぎない。

 実際、厳しい言い方をするのなら、レオナはこの時『戦い』のためには何の行動もとっていない。
 彼女は自分はパプニカ王国の象徴であり、みんなを率いる責任があることは承知しているものの、自分自身が戦う覚悟や決意まではまだできていないのだ。

 レオナの反論はフレイザードの心を動かすことはできず、フレイザードの生み出した氷の槍で彼女は殺されそうになるが、その時、レオナは抵抗するどころか恐怖に目を瞑ってしまっている。

 レオナだけに限らないが、パプニカの人達は基本的に戦いへの覚悟や備えが充分できる前に戦いに巻き込まれてしまった一般人に近い。戦場に適応した思考を持ち、勝利のために徹底した行動を取れるフレイザードが圧勝したのも当然の結果だろう。

 

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