45 マトリフの修行(3)

 

 ポップへの修行の第一歩として、マトリフはゴートドン(例によって外観からの判断なので、微妙に種族が違っている可能性があります)の背に乗ってポップを追いかけまわしている。

 まるで暴れ馬を操るがごとくゴートドンを乗りこなしているマトリフだが、ここは彼の乗馬の技術よりも知識と魔法の腕を褒めるべきだ。
 マトリフの魔法力を持ってすれば、空中を飛んで怪物の背中に飛び乗るぐらいはたやすい。

 普通ならそんな真似をすればパニックを起こした怪物が暴れまくり振り落とされかねないが、ここではポップが怪物の前にいるのがポイントだ。おそらくは動物並に知能が低いと思われるゴートドンは『背中がいきなり重くなって不快』と感じることはできても、その原因をきちんと理解はしていまい。

 興奮した闘牛が闘牛士の持つ布に反応して襲いかかるように、すぐ目の前にいる人間が悪いのだと思い込んでまっしぐらに追いかけているのだろう。
 追われるポップにしてはたまったものじゃないが、マトリフはこの『準備運動』でポップの運動能力や反応を観察している。

 そして、筆者の私見なのだが、この時、マトリフはポップが瞬間移動呪文を使えるかどうかを見定めていたように思える。後半になるとはっきりするが、ポップは自分の運動能力にプラスする形で微妙に瞬間移動呪文を使い、一行の誰よりも俊敏な動きを見せるシーンがある。

 そのいい例が、最終巻のダイが空から降ってくるシーンだ。マァムやラーハルトを上回るダッシュで駆け付けたポップは、明らかに魔法を使っているとしか思えない。

 その能力が、初期の頃からあったとしてもなんの不思議もない。無意識に使っていたせいで本人も自覚していない能力を見定めた(……と、思われる)マトリフは、さらに過激な修行を開始する。

 マトリフの修行は、とにかく手加減がないのが特徴だ。
 相手の性格を見切った上でどう教えればいいのか的確に判断する眼力のあるマトリフは、合理的で手っ取り早い修行方法を選ぶ傾向がある。

 ポップの甘えを見抜き、彼が追い詰められない限り絶対に本気にならないタイプと見切った途端、遠慮なく最短ルートで鍛えている。
 たとえばポップに魔法力を身体から放出させるコツを掴ませるため、マトリフは彼の手を縛った上で重しを付け、川の中に放り込んでいる。

 水中では火炎系呪文で縄を切るのが難しいため、別手段で必死に助かろうとしなければ溺れ死ぬ状況を作り出す  ポップを容赦なく追い込む手加減のなさは、いっそ見事な程だ。

 この方法なら、ポップが溺れるまでの数分にも満たない時間で、特訓を終了させることが出来る。
 成功して見事に取得するにしても、あるいは失敗して死に至るにしても。

 ずっと川辺に付き添い声をかけつつ様子を見ていた辺り、本気でみすみす見殺しにする気はなさそうだが、ポップは本気で殺されかねないと思い、怯えている。マトリフ本人は充分に相手の力量を見極めた上で、演技を交えて脅しているだけなのだが、それを相手に悟らせない辺りはさすがに老獪というべきか。

 ところで、マトリフの修行は厳しさが目につくせいで目立ちにくいが、基本的にはアバンがダイに与えた修行と同じものだ。

 本人が潜在的に持っていながら無駄が多くて使いこなせていない力を、効果的に使用出来るコツを身体へ染み込ませていく――アバンがやっているよりも遥かに手荒だが、根本は同じである。

 その後もマトリフは魔法力を放出しあう訓練で倒れるまでポップを鍛え、最後に自分の瞬間移動呪文で戻って来いと突き放している。
 それに対して、自分には瞬間移動呪文なんてできないし、覚えたって実戦の役に立たないと反論するポップを、マトリフは激しく叱責する。

 魔法使いの魔法は、仲間を守るためにある  それこそがマトリフの信念であり、行動の指針だ。
 この叱責がポップに与えた影響は、非常に大きい。

 アバンがそうしたように優しく教え諭すのではなく、情け容赦なく突き放すマトリフの厳しさは、ポップにはひどく効果的だった。
 これまでポップは、自分の役割についてひどく浅い考えしか持っていなかった。

 勇気に目覚め、クロコダイン戦を乗り越えたことで、ポップはむやみに戦いを怖がらなくはなった。

 だが、ダイやマァムのために力を貸したいとは考えるようになっても、そのために具体的にどうすればいいのか、自分が何をすることがもっとも仲間のためになるか、それをほとんど意識していないように見える。

 マァムを助けるという強い目的を持っていたヒュンケル戦に比べ、フレイザードとの初戦でポップが全く生彩を欠いているのも、何をしたいという目的がないせいだろう。
 そんなポップに、マトリフは魔法使いのあるべき姿を教えた。

 そして、突き放して一人にする時間を与えることで、ポップ本人に覚悟を促した。
 この、自分で自分の道を選択させる厳しさこそが、マトリフの基本方針と言える。
 本人のやる気を重視するマトリフは、その覚悟がない者には見向きもしない。

 アバンのように、優しく庇いながら成長を見守る気は、彼にはないのだ。もしポップが甘えを捨てきれないようであれば、ここで一行から脱落する可能性があることを承知の上で、マトリフはポップに最初の試練を与えている。

 マトリフの修行(2)で解説したように、もしポップが逃げるつもりにならばネイル村へ助けを求めることのできる魔の森に捨てていったのが、せめてもの情けだろう。
 マトリフは明言していないが、ポップがもし戻ってこなければそのまま放置しておいた可能性は少なくはあるまい。

 だが、置き去りにされたポップは何度も失敗を繰り返し、多少時間をかけたもののちゃんとマトリフの洞窟に戻ってきている。
 この時、ポップはマトリフの洞窟をきちんとイメージ出来なかったため、神殿まで瞬間移動呪文で飛んだと言っている。

 ポップのこの移動の仕方には、どうしてもみんなの元に戻ろうとする彼の強い意志が感じられる。
 後にポップ本人が言っているように、覚えたての頃は瞬間移動呪文では無意識に思い出深い場所に行ってしまう傾向がある。

 つまり、ポップが魔の森を嫌って安全な場所へ逃げ返ることを望んでいたのなら、おそらくは実家かあるいはアバンとの旅の思い出に繋がる所へと飛んでいただろう。だが、ポップはこの時、どうしてもダイ達の所へ戻ると決めていた。

 だが、残念というべきか、初めて訪れた上に長い時間はいなかったマトリフの洞窟はポップにとってはイメージしにくい場所だった。
 それならばと、帰る場所のイメージを別に求めたポップの機転は見事なものだ。

 ダイやマァムと一緒に過ごした時間の長い神殿の方がイメージしやすいし、なおかつ神殿からならマトリフの洞窟へ移動しやすいと考えて実行した柔軟性を支えたのは、たとえ遠回りであっても必ずダイ達の所に戻ろうとする覚悟だ。

 マトリフの与えた試練に、ポップはきちんと応えている。
 魔法力そのものよりも、ポップの魔法使いとして心構えや思考力の成長が見て取れるシーンである。

 

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