47 魔王軍の情勢(5) |
ダイ達がマトリフの元で修行に励んでいる間、ハドラーはバランとザボエラを呼び寄せて総攻撃の計画を告げている。 敵が確実にやってくると分かっている場所に、予め兵を張っておくのは当然だ。ましてや相手が残存兵力を全く持っていず、そこで叩いておけば全滅させることが出来るのなら、戦力集中するのは当然以前の手だ。 相手が分断する隙を狙って、全戦力をもって集中攻撃をかけて撃破する 作戦だけ聞けば、実に正論だ。この作戦をきちんとこなしていたのなら、魔王軍はここで勝利を収めたかもしれないと思う程、真っ当な作戦である。 だが、ハドラーの作戦には基本的な部分が幾つか欠けている。 実際にはヒュンケルはこの時は死んではいないのだが、フレイザードの報告から魔王軍に伝わった事実では彼はダイに敗北して死亡したことになっている。 それなのに、ハドラーは失った六団長を補充していない。まあ、六団長の人事に関してはハドラーではなくバーンに決定権がある上、必要性よりも趣味を優先して人事を行うバーンは間に合わせの軍団長では満足出来ず、補充を許さなかった可能性は高いので一概にハドラーのせいとは言えないが。 だが、理由はどうであれ、指揮者不在が軍全体に及ぼす影響は大きい。 バランも抗議していたが、ハドラーの上げた理由も納得のいくものではない。 本当にカール王国を落とすのを優先したいのであれば、そちらに戦力を集中させればいいだけのことなのに、苦しい口実を使ってまでバランを総攻撃から外すのを優先しようとしている。 バランはこの時、ハドラーの真意が自分とダイと会わせないことが目的なのではないかと感づいている。だが、それでもハドラーの顔を立ててその命令に従っている。 自分の強さに自信を持つバランは、カール王国攻城をたいした手間とも考えていなかった。また、ハドラーが何か思惑を隠していることにも気がついていたが、バランはそれを重視していない。罠や策略を仕掛けられても、自力で振り払えると考えているだけにバランには余裕がある。 それとは真反対なのが、ザボエラだ。 ところでハドラーがここで真に呼び寄せる必要があったのは、バランただ一人だ。すでに呼び寄せるまでもなく、フレイザードとミストバーンには話はついている。 なにしろ、バラン本人はハドラーの思惑をさして気にはしなかったが、彼らのやり取りを目撃したザボエラはハドラーの隠し事に注目してしまったのだから。 ハドラーに対してもバランに対しても使えそうなネタを、見逃す男ではない。 ところでザボエラは、この作戦によりフレイザードが不満を持つのではないかと気にしている。それはフレイザードを気遣っているからではなく、他人の人間関係に気を配り、ひびが入ったところを狙って取引や駆け引きを持ち掛けるためだと思われる。 ザボエラからすれば、フレイザードとハドラーの関係が険悪化した方が都合がよい。双方に意見を吹き込むことで互いの不信感を煽り、それを利用して自分の出世のチャンスを狙えるのだから。 しかし、ハドラーとフレイザードの関係は、本人達が思っている以上に緊密である。 その証拠に、ハドラーはヒュンケルが地底魔城の崩壊に巻き込まれて死亡した事実も知っていたし、フレイザードが氷魔塔や炎魔塔を築いて罠を張ったことも承知していた。 なにしろ、悪魔の目玉を駆使して周囲を覗き見……いや、観察しては他の軍団長の動向をハドラーにチクる……いやいや、進言しているザボエラが、総攻撃の話を聞いて初耳の様な驚き方をしているのだ。魔王軍で一番情報収集能力に長けたザボエラが察知していない情報ならば、さらに詳細に知っているのは当事者しか有り得ない。 反抗的な様で、フレイザードは状況をきちんと報告するだけの冷静さを持ち合わせている。 総攻撃に対しても、フレイザードは決して賛成はしていない様だが、積極的な反対や足を引っ張る様な真似もしていないのである。ヒュンケル戦では抜け駆けをして、ついでに彼を始末しようとさえしたフレイザードだが、ハドラーに対しては随分と従順だ。 そして、ハドラーはフレイザードには比較的寛大だ。本人が言っていた様に分身をある意味で我が子のように考えているのか、彼の多少の暴言や無茶も気にせず、逆にこちらの多少の無理も理解してくれるだろうと言う身内に対する感覚を持っている。 後にハドラーと親衛隊達の間に見られたような強固な絆はないとはいえ、彼らにも信頼の土壌はある。 ただ、互いに出世欲と功名心が突出しているせいで、ハドラーとフレイザードはその信頼を成長させ、確かなものに変えることができなかった。 だが、このフレイザード戦におけるハドラーの最大の失敗は、ダイを待ち受けるために軍をさらに二つに分けたことだ。 フレイザードの張った結界は作るためには二つの塔が必要でも、それを維持するためには片方の塔だけで充分だ。ゆえに、ダイ達には二手に分かれて二つの塔を破壊すると予測出来るが、ハドラーがそれにあわせる必要はない。 放っておいてもダイ達は二つの塔を壊すために行動してくるのだ、ならばどちらか一方に全戦力を集結しなければ総攻撃の意味がない。敵が二つに別れて動くのに併せて、味方も二つに分けるのは愚策と言っていい。 さっきも述べた様に、クロコダインやヒュンケルの離反、さらにバランを自らこの場から遠ざけたことで、魔王軍の戦力は半減している。それにもかかわらず、ハドラーはさらにその戦力を半分に割ってしまった。 しかも、レオナのいる塔を守っているフレイザードは総攻撃には参加していない。実際にダイとの戦いに加わった六団長はザボエラとミストバーン、それに総司令官であるハドラーのみ。 総攻撃どころか、ハドラーの指揮下で六団長のそろった本来の戦力に随分と劣ってしまっている。単純に計算しても、3/7にまで低下させてしまっているのだ。 総攻撃をしかけると言いながら、実際にはバランを遠ざけた隙にダイを始末することを最優先するあまり、ハドラーは勇者の成長度を侮っていた。 竜の騎士であるバランを必要以上に意識するあまり、同じく竜の騎士であるダイを侮ってしまったとは何とも皮肉な話である。 《おまけ》 ところで、魔王軍は真っ先にオーザム王国を、続いてカール王国、リンガイア王国を襲っているわけだが、地図と照らし合わせて見てみると襲撃の理由がよく分かる。なんのことはない、バーンパレスを隠していた死の大地から近い国から侵略しているのである。 逆に激戦区とされていたキルドメイン大陸やホルキア大陸の侵攻はおざなりであり、徹底されていない。 その意味にダイ達の誰かがもっと早く気が付いていたなら、鉄壁の警護を誇る親衛隊の誕生前に勇者一行の誰かが死の大地に潜入するストーリーも有り得たかもしれないと思うと、ちょっと残念だ。
|