48 バルジ島上陸

 

 レオナ姫の生命が明日の日没までしか持たないと宣告され、ダイ達はフレイザードへの再戦を決意する。

 ダイにしろポップにしろ、満足のいく修行が出来たとはとても言えないし、準備も充分に整えられたとは言えないが、レオナ救出を最大の目的とするならばこの決断はやむを得ない。

 レオナを救いにいくタイミングについて、作戦を授けているはマトリフだ。
 敵の待ち伏せを警戒し、少しでも成功率をあげるために彼は夜陰に乗じて島へ乗り込むように指示する。丸一日のゆとりを見込んだ計画に、ダイだけでなくマァムやバダック、パプニカの兵士達も素直に頷いている。

 気球船がなくなった以上、大渦に囲まれた島へ上陸する方法が思い付かない彼らのためにマトリフは島への上陸方法や援助まで授けてやっている。

 小船に人を乗せ、魔法力で海面スレスレに乗せて飛ばす  簡単に言っているが、これはかなりの高等技術と見ていいだろう。この時、マトリフは4人しか船には乗れないと言い、椅子に腰を下ろすことで自分は参加しない意思を暗に表明し、後の判断をダイ達に任せている。

 策は授けるが、実行は本人達に任せる――策士としてのマトリフの姿勢が読み取れるシーンだ。
 しかし、マトリフの助言がないため、このメンバー選出は大いにもめる。

 まずは自分とマァムの名をあげているダイに向かって、積極的に名乗りを上げているのはバダックだ。爆弾を作ったのだから連れて行けと、行く権利を主張しまくっている。戦力的にはどう見ても問題外としか思えないのだが、バダックのこの熱意を当然の様に受け入れている辺りがダイ達の人の良さというべきか、実践経験の甘さというべきか、微妙な線だ。

 ほぼ確実に戦闘が待ち受けているのだから、少しでも戦力になる人間を集めるのがセオリーだ。だが、ダイ達だけでなくエイミやアポロまでバダックのメンバー確定を受け入れ最後の一席を争っている辺り、三賢者の考えの甘さもはっきりと現われている。

 ダイにとっては、困っていたところを助けてくれた恩人であるバダックは、三賢者にとっても無視しきれない存在である様だ。

 パプニカ城の兵士の中でも古参であり、レオナとも親しい存在であるバダックは、三賢者よりも年配であるだけに彼に注意をしにくいのかもしれない。それを考慮に入れるにしても、戦場では個人的感情や縁故など考えるよりなどない。
 実力優先が鉄則だ。

 さらに言うのであれば、自力で立つことも出来ない体調なのに参加を申し出ているアポロは、責任感の強さは認めるものの判断においては間違っている。通常の体調であれば、アポロの方がエイミよりも腕は立つだろうが、ここは現状で最も戦闘力を持つ人間を選出しなければならない場面だ。

 他人だけでなく自分の実力や体調も冷静に秤に掛け、公平な目で状況を判断する思考――それが、アポロには欠けている。
 アポロは言うまでもなく、三賢者のリーダーだ。

 レオナを守るという立場の三賢者には、彼女が不在の際は彼女に変わって業務を行う義務もあるはずだ。リーダー不在の際は、その次に位の高い者が一時的にリーダーとなって配下を率いるのが軍の常識でもある。ここは、アポロがリーダーとなって全てを判断しなければならない。

 ダイ達のためを思うのなら戦力外のアポロは当然不参加として、張り切っているバダックをなんとか説得して押しとどめ、一番戦力になりそうな上エイミを参戦させ、体調不良の自分を見限って残存している兵士の中から一人を選んで推薦する……それが、本来ならばリーダーとしての勤めだろう。

 その判断さえも難しい程に体調が悪いのであれば、さらに次点の候補者――この場合はエイミに全権を譲り、彼女に指揮を委ねるのが妥当だ。
 だが、この時のアポロにはそんな判断ができていない。

 自分の役割を過剰に意識してしまっているせいで、その行動が逆に足を引っ張る事実を理解していないのだ。厳しく言うのならば、アポロには冷静に自己を見つめる客観性がないのである。

 そんな中、自分こそが4人目だと名乗りを上げたのは、瞬間移動呪文の特訓を終えて戻ってきたポップだ。
 ボロボロになって戻ってきたポップだが、ダイとマァムは彼を大歓迎している。

 ダイとマァムにとっては、ポップの参戦が一番望ましい。感情的な意味でも、実質的な意味でもそれは間違いがないだろう。
 今日、初めて会ったアポロやエイミよりも、仲間意識を持っている上にどんな能力を持っているか熟知している相手の方が、一緒に行動しやすいのだから。

 この時、ポップは自分に試練を与えたマトリフに対して、挑戦的な目で自分がきちんと課題をやり遂げたことを宣言している。これは、単に瞬間移動呪文を習得したという意味合いだけではないだろう。

 マトリフはポップに、魔法使いの役割と心得を教えた。その意味をポップはポップなりに受け止めたという、意思の表れと見ることができる。
 それを見抜いたのか、マトリフはポップを4人目のメンバーとして断定している。

 さっきまで揉めている彼らには一切口を出さなかったマトリフのこの積極性に、彼の思いやりと思慮深さが込められている。
 ポップをメンバーに加えることで、一行の生存率は大幅にアップする。瞬間移動呪文を使えるポップがいれば、危険な場所からであっても一瞬で脱出が可能になるからだ。

 逆に言うのなら、それを考えればダイ、マァム、ポップ以外のメンバーが誰であれ、危険度は大差はない。正直な話、実戦経験の薄さを考えれば、バダックも現在の状態の三賢者も五十歩百歩と言ったところだ、誰を選んだとしても決定打にはならない。

 まあ、有利さを追及するのであれば、回復魔法を使える上に現状では一番動けるエイミを付き添わせるのが最善手だが、マトリフはあえてポップ以外のメンバーには口を出していない。

 あくまでアバンの弟子達の自主性を尊重し、その手助けをするという位置にとどまっている。
 これはなかなかできることではない。自分がやればもっとうまく出来ると分かっていることを、未熟な者がたどたどしくやっているのを見守るのには、根気と寛大さが必要だ。


 ところで、ここまでの思慮深さが感じられるマトリフだが、とんだうっかりっぷりも発揮している。
 魔法で勢い良く小船を打ち出したまでは良かったが、止める方法まで考えていなかったと高笑いしている。

 そのままでは勢い良く岸に激突してしまうとみんなが慌てふためく中、ダイとポップの反応が対照的で実に面白い。

 ポップは早々とぶつかると諦め、目をつぶって頭を抱え込んでしまっているが、ダイはしっかりと岸を睨み付けて身構えている。
 非常事態に対する二人の基本方針がはっきりと分かるシーンだ。

 この時、ダイがとっさに手を伸ばし真空呪文を放っている。ダイの突然のその行動にマァムは戸惑っているが、ポップは即座にその意味を悟っている。真空呪文を打ち出すことで激突にブレーキをかけようと考えたダイの考えを、説明される前から理解しているのだ。


 しかし、そこまで読みが早いのならポップこそが魔法でブレーキをするという考えを思い付き、実行すべきだったのではないかと思えるのだが(笑) ポップの方が魔法は達者なのだから、応用のさせようもあっただろう。

 はたしてこれがマトリフのうっかりなのか、それとも彼らに試練を与えることでさらなるレベルアップを狙った計算され尽くした助力だったのか――そこは悩みどころである。

 

49に進む
47に戻る
七章目次2に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system