53 氷魔塔の破壊(1)

 

 ダイ達が炎魔塔でミストバーンとザボエラの攻撃を受けていた頃、ポップとマァムは氷魔塔でアークデーモンやガーゴイル達に取り囲まれていた。
 この時、ポップもマァムも自分達が罠にはめられたことを即座に理解し、ダイ達にも危険が迫っていることを察している。

 もっとも二人とも比較的冷静であり、敵の様子を見定めるだけの余裕がある。ガーゴイルやアークデーモンは人語を解する比較的知能の高い怪物として表現されているが、彼らは闇雲にポップ達に攻撃を仕掛けなかった。

 脅し程度に鉄球を振り回したりはしているものの、二人の様子を観察しているような様子さえ見受けられる。だからこそポップとマァムはすぐに戦いを始めず、相手の出方を窺ってから行動しようと考えているのだろう。
 なにしろ二人の目的は敵の殲滅や戦いではなく、氷魔塔の破壊である。

 だが、比較的冷静に振る舞うポップの落ち着きを崩したのは、ハドラーの声だった。アバンの仇であり、魔軍指令でもあるハドラーの登場に、ポップは明らかに冷静さを失ってしまっている。冷静さを欠いたポップは、しょっぱなから失敗を犯しているのだ。

 ハドラーへ怒りをぶつけるポップは、この時、本来の目的を見失っている。
 極端に言ってしまえば、ポップはこの時、死んでも構わないからハドラーに一矢報いることしか考えられなくなってしまっているのだ。

 正直な話、ポップはこの時、ハドラーに反応すべきではなかった。この時のハドラーは、ダイを目当てにやってきたにすぎない。ハドラーは自分に傷を負わせたダイに対しては執着心を抱いているが、彼にとってポップの印象は薄かった。

 ポップがハドラーの名や、アバンの仇であることを口にしてやっとポップの正体に思い当たったぐらいなので、もしこの時に彼が無言を貫いていたなら思い出さなかった可能性も高いだろう。そのまま相手の油断に乗る形で隙を見つけ、なんとか逃げ出すのがこの場ではベストの選択だ。

 氷魔塔の結界の外まで一度逃げ、瞬間移動呪文で中央塔へ移動してダイと合流して態勢を立て直す……おそらくはこれが最善の手だろう。

 だが、ポップがハドラーに歯向かったことで、ハドラーはポップ達を『アバンの使徒』として認識してしまった。アバンに対して強い拘りを抱くハドラーにとっては、彼の弟子に対しても残虐性をむき出しにしている。

 アバンの敵討ちにきた弟子達を、返り討ちにする――ハドラーの中ですでに生まれたシナリオに対して、ポップとマァムは二人とも強く反発し、立ち向かう意思を見せている。だが、同じ意見のようでいて、実はこの時のポップとマァムの判断は正反対に近い。

 二人の台詞をよく見比べると分かるが、ポップはハドラーに勝てないのと前提として、それでも戦う意思を見せている。ポップは自分の力では、ハドラーに勝てないのを承知している。だが、そうと分かっていてもハドラーを許せず、わずかでもいいから敵を討ちたいと考えているのだ。

 例えとはいえ、ただでは死なないと発言しているポップに対して、マァムの台詞には死の覚悟が感じられない。

 持ち前の正義感からアバンの死に憤っているマァムは、自分と相手の力量の差など全然考えてさえいない。相手の力を見抜く目が元々欠けているマァムは、アバンの優しさを完全否定して哄笑するハドラーに対して簡単にキレてしまっている。

 この暴走は、マァムの失敗だ。
 自分のショックに気を取られたポップがマァムの気持ちまで思いやることができなくなってしまい、フォローが遅れたからこそ起きた暴走ではあるが、非戦闘員ならいざしらず志願して戦いに望んだ戦士ならば、自分の行動や意思には責任を持つべきだ。

 感情のままに動いてしまったマァムは、自分でピンチを招いてしまっていると言える。
 ハンマースピアを構えて猛然とハドラーに襲いかかるマァムに、真っ先に反応しているのはポップだ。

 マァムを止めようとするポップが一番、ハドラーとマァムの実力差を正しく理解しているのだろう。
 実際、この時のハドラーとマァムの差はひどく大きい。

 簡単に頭に血を昇らせたマァムは気が付いてもいないだろうが、ハドラーの哄笑は明らかな挑発だ。魔王軍に逆らう勇者一行をここで一気に叩きつぶしたいハドラーにしてみれば、この場で二人に逃げられる方がはるかに厄介なのだ。

 相手から戦いを挑んでくれるなら、望むところだろう。
 まんまとハドラーの挑発に乗ったマァムを、ハドラーは自らの手で相手をしている。ザボエラやミストバーンが自分の手を下すのを極力避けるのとは対照的に、ハドラーはむしろ部下達に手出しを禁じさせて自ら戦うのを好んでいるようだ。

 その余裕に相応しい実力を、ハドラーは有している。
 武器を思いっきり振るったマァムの一撃を、ハドラーは片手で受け止めている。ポップは血相を変えてマァムに逃げるようにと叫んでいるが、彼女は逃げる間もなくたった一撃で吹っ飛ばされ、気絶させられている。

 余談だが、この時、ハドラーは手加減無しにマァムの顔を殴り付けている。この辺りの思想は、マリンの顔に容赦なく攻撃をしかけたフレイザードや、戦いに性別は関係ないといっていたアルビナスに通じるものがある。

 女性を攻撃したくないなどという思想がないハドラーは、気絶したマァムに向かってとどめの魔法を放ってさえいる。同時に手のひらから三発の魔法――描写からみて閃熱呪文(ギラ)をマァムに向かって放っているが、この時のハドラーの魔法の打ち方が面白い。


 山なりに大きく打ち出した魔法は、着弾まで時間がかかるという欠点があるがその分、威力は増しているようだ。ハドラーの魔法は地面に大穴を開けるほど強力なものであり、必要以上の殺意の高さを感じさせる。
 アバンの弟子を完全な形で葬りたいと望む、ハドラーの執念が感じられる一撃だ。

 だが、この時ポップはなんとかマァムのところに駆け付け、ギリギリのところで彼女を助けるのに成功している。
 ここは、ポップの判断と勇気を褒めるべきだ。

 この時、ポップは完全とは言えなくても、ハドラーの魔法の威力を察することができたはずだ。当たれば致死性の攻撃と知っていながら、ポップはマァムを助けるために自ら危険に飛び込んでいる。実際に完全には魔法を避けきれず両足に手酷いダメージを負っているが、それでもポップはマァムを助けている。

 だが、その痛みの中でもポップは冷静に、ハドラーの呪文の強さが上がったと見抜いている。自覚は薄いようだが、これはポップの特質と言っていい。こと魔法に関してはポップは勘がよく、ちらりと見ただけでその威力を察すると言う芸当を何度も見せている。

 それだけでなく、ハドラーから直接パワーアップの根拠を聞き、ダイ達も攻撃を受けていると聞かされたポップは勝ち目のなさを感じ取って絶望している。その上、ハドラーが見せた閃熱呪文(ベキラマ)の威力に圧倒されたポップは、固く目を閉じている。

 なまじ相手の実力を感じ取れるせいか、この時のポップは一度勝負を捨ててしまっているのだ。自分達はもう助からないと判断し、それゆえに諦めてしまっている。
 だが、そんなポップに立ち上がるきっかけを与えたのは、マァムだ。

 半ば気絶し掛かったままで、無意識にポップの胸元を掴んだマァムの弱々しい姿こそが、ポップに戦う理由を思い出させた。
 マァムを守るために――そして、ダイを助けに行くために。

 アバンの敵討ちから目的を仲間の救援へと切り換えたことで、ポップは冷静さと勇気を取り戻し反撃に転じている。
 目的を決めた時のポップの強さが、よく分かるエピソードだ。

 

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