54 氷魔塔の破壊(2)

 

 ポップは閃熱呪文(ベキラマ)を初成功させ、しかもハドラーをも上回る威力を発揮させている。

 ダメージとしてはたいしたことがなさそうだが、ハドラーは侮っていたポップに魔法合戦で負けたのがショックだったのか、ずいぶんと動揺している。ハドラーを心配するアークデーモンの問い掛けに、怒鳴るだけでなく殴り付けるなど無意味な暴力を振るっているのが何よりの証拠だ。

 ポップは、その動揺を冷静に見据えている。
 相手が動揺している今こそがチャンスだと見抜き、何か攻撃の手はないかと考えるだけの冷静さを持っているのだ。

 爆弾の存在を思い出したポップは、塔を砕くためではなく敵への攻撃手段として爆弾を使用することを思い付いている。塔の破壊よりも仲間の救援を優先すると決めたポップは、一つしかない切り札をここで思い切りよく使っている。

 戦いにおいて、あくまで勝利や目的を最優先すべきか、それとも仲間の被害を押さえるのを最優先するべきか――目的意識の差によっては賛否両論がありそうだが、筆者としてはポップの考えを支持したい。

 氷魔塔の破壊はレオナ救援のための大事なプロセスの一つではあるが、それに失敗することとレオナを助けられないことは、イコールではない。今は氷魔塔を破壊できなくとも、仲間達さえ生きていれば態勢を立て直して再挑戦できる可能性が高いのだ。

 それを思えばここで無理に塔の破壊にこだわって命を落とすよりも、無事に切り抜けるのを優先すべきだろう。

 指先から火炎呪文で爆弾に火をつけ、時間を計って敵が密集しているところを狙って投げ付け、閃熱呪文をぶつけて威力を倍増させる――目立たないシーンだが、ポップの冷静さやタイミングをとる巧さが感じられるシーンである。

 しかし、これだけ戦闘バランスを組み立てるのが巧い割には、成功したのを無邪気に喜んで、褒めてほしいとばかりにマァムに声を掛けている辺りがポップの甘えん坊癖というものか。

 それはさておき、ポップはマァムに肩を貸してこの場から逃げ、ダイ達と合流しようと考えている。
 敵の生死や塔の破壊よりも、一時撤退と同時にダイ達の無事を確かめることを優先しようとの考えがわかる選択である。

 この時、マァムは異議を唱えずに素直にポップに従っている。彼女にとってもダイの安否がなによりも気に掛かることだし、ダメージが抜けきっていない以上、撤退優先には文句はないのだろう。

 だが、この時、炎の中からハドラーが立ち上がってくる。
 宝玉のついた手袋をはめ直し、マントを脱ぎ捨てるハドラーにはダメージは見当たらない。しかも、ハドラーは両手を使って極大閃熱呪文(ベギラゴン)を放っている。

 このシーンは、ハドラーの負けず嫌いさをよく表現していると言えそうだ。
 魔法もかなり得意ではあるが、ハドラーは本来、武闘家に非常に近いタイプの戦士である。アバンと戦った時も結局は格闘で勝負を決めようとしていたし、彼にとって最も信頼性の高い攻撃は己の拳によるものだと思っていいだろう。

 ましてやこの時、ハドラーが戦っている相手は魔法使いのポップだ。
 わざわざ相手の一番得意な魔法での勝負に付き合うより、軽い攻撃をしかけるだけで充分にことが足りる。

 だが、この時のハドラーはわざわざ手袋をはめるという手間を掛けてまで、極大閃熱呪文を放つことにこだわった。

 この宝玉のついた手袋は、どう見ても格闘には向かない。手の甲に石がついていても相手を殴るのに何の役にも立たないし、敵の攻撃を受ける際に割れてしまいかねないのだから。魔法を補助するための、杖のような役割を果たすアイテムだと考えた方がいいだろう。


 閃熱呪文でポップに負けたことを払拭するために、自分の魔法力の方が上だと見せつけたい一心でハドラーは極大閃熱呪文を放っているのだ。後でハドラーも語っているが、近くに氷魔塔があるためこの場は大呪文を放つのに向く場所ではない。

 それを敢えてやらずにはいられない程、自分の力を見せつけるのにこだわるハドラーの心理の奥には、やはりアバンの存在がありそうだ。
 アバンとの戦いの時も、自分の魔法や攻撃がアバンを上回っているかどうか確認するのをこだわっていたハドラーは、ポップ――というよりは、アバンの弟子に対しても、自分の優位を確かめたいのである。

 ポップとマァムを吹き飛ばしたハドラーは、自分の勝利に自信を持てたせいか冷静さを取り戻している。ついさっきは安否を尋ねただけの部下を怒鳴りつけていたのに、今度は鷹揚な返事を返している。そして、倒れているポップとマァムを見て、二人の息の根を止めようとしている。

 その際、先にマァムを殺そうとしたのは、単にマァムの方が近くに倒れていたからだろう。
 実際、ハドラーはこの時点ではマァムの次に、ポップも殺すつもりだった。

 ハドラーにとって、マァムは特別に意識する相手ではない。この時点ならば特に、彼女がアバンの弟子だとハドラーが知っていたかどうかでさえ怪しいレベルである。ハドラーにとってこの時のマァムは、敵とさえ呼べないレベルの雑魚であり、念のために殺しておく程度の存在でしかない。

 気絶したままのマァムを、ハドラーはそのまま首を締めて殺そうとしている。残忍な魔王だと言われている割には、関心のない者に対してはハドラーは比較的淡泊なようである。少なくともこの時は、フレイザードやフェンブレンのように相手を痛め付けて喜ぶといった趣向は見られない。

 だが、ポップが命乞いしたのをきっかけに、ハドラーはその残虐性をむき出しにしている。
 この時、ポップは自分はどうなってもいいからマァムだけは助けてほしいと、ひたすら頼み込んでいる。

 ポップにしてみれば、他に手段が見つからなかったからこその懇願だ。
 マァムの命だけはなんとしても助けたいが、そのために打てる手が、この時のポップには見つけることができなかった。憎い敵が相手だと分かっていても相手の情けにすがりつくしか、ポップには思いつける案がなかったのだ。

 プライドを投げ捨て、屈辱を飲み込んででもマァムだけは助けたい――だが、ポップのこの懇願は、全く逆効果になってしまう。
 ポップの懇願を、ハドラーは聞き入れてもよいなどとはかけらも思わなかった。ポップの執着心やマァムへの思いを悟ったハドラーは、その感情を嘲笑ってさえいる。

 他人に情けをかけるという思考がなかった頃のハドラーにしてみれば、自分から自分の弱みを白状する敵は愚かとしか見えなかったのだろう。
 しかも、ハドラーにとってポップは、一瞬とは言え自分のプライドを傷つけた相手だ。


 ポップを上回る力を見せつけただけではまだ腹立ちが治まりきらないハドラーにとって、ポップの弱みを刺激するのは留飲を下げるのに丁度よかった。
 関心を持った者に対しては、ハドラーはひどく残忍な思考を抱く。

 マァムを殺すことがポップにとって一番堪えると見抜き、わざわざ残酷な方法で殺そうとしている。氷魔塔の頂上にマァムを串刺しにするとポップを脅し付け、彼の嘆きを楽しみながらマァム殺害を実行しようとしている。

 気絶したままのマァムは何一つ抵抗できなかったし、ポップの叫びもハドラーを止めることはできなかった。
 この時のポップ&マァムvsハドラー戦は、完全にハドラーの勝利で終わっている。

 実力差を考えれば無理もない話ではあるが、この戦いが終始ポップ達にとって不利になったのは、マァムの暴走が最大の要因だろう。
 彼女が感情のままにハドラーに突進してしまったせいで、戦力はいきなり半減している。


 ポップとマァムのコンビならば、マァムが前衛に立って敵の攻撃を引きつけ、後衛のポップが作戦を組み立てつつ敵への攻撃役として行動するのが妥当な戦法だ。

 だが、敵に対する盾役を失ってしまった時点で、無傷ではあってもポップのできることはぐっと少なくなってしまった。ポップもハドラーの登場に冷静さを見失ったせいもあり、この戦いは初手からポップ達が大きく不利になっているのである。

 もっとも、これだけ不利な状況からの戦いとなった割には、ポップの踏ん張りと機転でずいぶんと奮闘している印象がある。
 もし、感情に引きずられることなく二人が協力して目的遂行を優先したのなら、また展開は大きく違っていたと思われる。

 

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