56 ヒュンケルvsハドラー戦(1)

 

 ヒュンケルが登場して以来、ハドラーの意識はポップやマァムを完全に無視して、ヒュンケルへと向けられている。二人が逃げていくのさえ、ハドラーは止めようとさえしていない。

 この時のハドラーはヒュンケルの復活には驚いたものの、彼がダイ達へ寝返ったことについてはさして疑問を抱いてはいない。
 ハドラーにとっては、クロコダインの裏切りの方がより意外だったようだ。

 クロコダインはハドラーが直々にスカウトした部下の一人だったし、武力だけでなくその忠誠心も高く評価していただけに、彼の裏切りは考えていなかったようだ。

 それとは逆に、元々、人間でありアバンの使徒であるヒュンケルに対して不信感を持っていたハドラーにとっては、ヒュンケルが人間側につくことはある程度は想定内だったのだろう。

 ヒュンケルの生意気さに苛立ちを感じていたハドラーにしてみれば、ヒュンケルが明らかな裏切りの姿勢を見せたのは好都合でさえある。ヒュンケルを魔王軍幹部と定めたバーンの機嫌を損ねずに、彼を公然と始末することができる。

 ハドラーのその思考は、部下であるアークデーモン達にも影響を与えている。
 アークデーモンらは鉄球のついた鎖でヒュンケルを拘束しなぶり殺そうとしているが、ヒュンケルは上半身ごと腕を縛られた状態から力を込めてその鎖を引きちぎっている。

 まさに人並外れた怪力ぶりを発揮しているのだが、ヒュンケルの場合は純粋に力づくというわけではなさそうだ。

 まず、最初のポイントは鎖で拘束された時の腕の位置だ。
 人間の身体には、数多くの間接が存在する。それに無理のかかる形での拘束されると、身動きするだけでも痛みを感じることになる。

 だが、ヒュンケルの場合、腕が胴の真横にある。しかも、わずかだが脇が開いた状態であるだけに、力を比較的込めやすい姿勢であると指摘できる。

 古い文献によると、拘束を脱するための指南として必ず腕は胴の真横の位置にくるようにし、ほんのわずかでも脇に余裕をもたせるために筋肉に力を込めた状態で拘束を受けよ、と書かれているが、まさにヒュンケルはこの通りに実行している。

 その後、単に鎖を緩めるどころか引きちぎって見せたヒュンケルの力の強さは褒めるべきだが、それ以上に鎖で拘束されかかった時に咄嗟にでも腕を浮かして力の込めやすい姿勢を取ったヒュンケルの冷静さや判断力の方を高く評価したい。

 そしてヒュンケルは、さらにその鎖を引いてアークデーモン二匹を引き寄せ、激突させるという力技を披露している。この時、ヒュンケルはアークデーモンらが態勢を崩した隙を見逃さず、その動きに合わせて鎖を引くことで効果をあげている。

 並外れた腕力に加え、合理的に力を振るうコツを身に付けていることが、ヒュンケルの強みだ。

 しかし、特筆すべきは腕力よりもその態度の大きさの方だろう。
 雑魚ではなく本人がかかってこいとヒュンケルは、ハドラーを挑発している。ハドラーを自分の手で倒たいとの心理が、ヒュンケルにはあるようだ。

 だが、その際、ヒュンケルはこれはアバンではなく父バルトスの仇打ちだと宣言している。ヒュンケルがアバンを今も慕っているのは一目瞭然なのだが、アバンへの反発や無意味な復讐心に罪悪感を抱いているヒュンケルは、師の敵討ちはおこがましいと感じている。

 感情のままに動くのではなく、自分が納得できる理由を常に必要とする――良くも悪くも、ヒュンケルの行動原理にはそうだ。

 感情よりも、『理由』を重視する。
 別に、感情のままに戦ったからと言って誰も彼を非難しないだろうに、ヒュンケルは自分で自分を律し、大義名分の元に行動しようとする節がある。

 ダイとの戦いの際、マァムの優しさ、それにクロコダインの説得を経て改心したヒュンケルだが、彼がその後ダイ達に協力したいと考えたのは、そうしたいと心から望んだからというよりも、それが償いになると考えたからこそだろう。

 そんなヒュンケルとは真逆に、ハドラーは感情重視派だ。
 ヒュンケルが戦いを挑んできた際、炎魔塔が砕け散ったのをハドラーは確認している。二つの塔がなくなった事実は、即ち、魔王軍の総攻撃の意味が半減したということを意味する。

 フレイザードの張った罠の利点がなくなった上、ダイの抹殺にも失敗した以上、ここでハドラーが取るべき手は撤退か、あるいは合流だった。
 被害を最小限に抑えたいのであれば撤退が妥当だが、ダイの抹殺を優先したいのであれば今からでも全軍を中央塔に集結させ、態勢を立て直すべきだろう。

 だが、ハドラーはヒュンケルの挑発に簡単に乗っている。
 その時、親子そろって自分に盾突いたことにひどく腹を立てていることから、ハドラーはバルトスを特別な配下として記憶しているのが伺える。

 腹立ちのままにハドラーは得意の極大爆裂呪文を放っているが、魔法を跳ね返す鎧を着たヒュンケルには一切効き目はない。にも関わらず、ハドラーは自分に直進してくるヒュンケルに対して魔法を連発している。

 戦闘パターンとして、遠間〜中間距離にいる相手に対しては魔法を放つのがハドラーのスタイルのようだが、それにしてもこれはほとんど意味がない行動だ。ヒュンケルはいっさい足を緩めないので、牽制にさえなっていない。

 だが、ポップの時もそうだったが、この時のハドラーは自分の力が及ばない存在というのを認められない心境だった。

 たとえ一部分とはいえ相手が自分以上の長所を持っていると認めることができず、ことさらに自分の力を誇示しようとする  そんな傾向が、この頃のハドラーには伺える。自分の魔法が通じないという事実を認めたくなくて、ムキになって魔法を放ち続けるハドラーは明らかに冷静さを欠いている。

 だからこそヒュンケルの攻撃に驚き、たじろいでいるハドラーだが、その切り込みを彼は腕に仕込んだ地獄の爪(ヘルズクロー)で防いでいる。止めるだけでなく、もう片手で反撃している辺りはさすが魔王というべきか。

 ヒュンケルも一旦仕切り直そうと間を開けているが、その際、自分の鎧に傷を付けられた事実に驚いている。
 この反撃はヒュンケルに用心と闘志を植え付けると同時に、ハドラーに冷静さを取り戻させている。

 魔法は通じなくとも自分の攻撃は相手にダメージを与えられると確信したことが、ハドラーに自信を与えた。
 そして、冷静さを取り戻したハドラーはヒュンケルとほぼ互角の戦いを見せるのである。
 

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