57 ヒュンケルvsハドラー戦(2)

 

 ヒュンケルは剣で、ハドラーは両手に仕込んだ地獄の爪で、至近距離で真っ向から戦う二人はなかなかいい勝負を見せている。
 ほぼ互角と言うよりはハドラーがやや押されている戦いを、ハドラー配下のアークデーモン達は呆然と見守っているだけだ。

 ポップの時もそうだったが、ハドラーは一対一の戦いを行っている時は手を出さないようにと、部下に予め指示を出しているのかもしれない。後にハドラー親衛隊達の基本行動を見ても、決闘の邪魔をしないのを礼儀と考えている節が見られた。

 一対多数なら人海戦術で押すのも手だが、ハドラーも基本は戦士と言うべきか。
 しかし、そのせいかこの時のハドラーは多少押されている。
 元々、ハドラーは魔法と格闘技を組み合わせて戦うのを得意とするだけに、魔法が全く通じないヒュンケルと戦うのはいささか不利だ。

 だが、冷静さを取り戻したハドラーは、相手の実力をきちんと認められるだけの思考力も取り戻している。闇雲に自分の力を誇示するためではなく、相手の強さを認めたからこそ策を練りはじめた。

 ヒュンケルの鎧さえ無効化できれば、魔法も織り交ぜた攻撃を使えると考えたハドラーは、わざと無謀な攻撃を仕掛け、ヒュンケルの必殺技によって倒された。
 倒れたハドラーを見て、ヒュンケルは様子を見に彼のもとに近寄っている。

 この際武器こそは納めたものの、武装を解かない辺りや相手の生死を確かめようとした点は、ヒュンケルを褒めるべきだろう。
 敵の生死を見定めるのは、戦いの基本だ。ましてやハドラーは敵の中枢に位置する魔軍司令という地位にある。個人的な敵討ちという以上に、ハドラーの確実な死は意味がある。


 しかし、ここで剣を納めてしまったのはヒュンケルの失敗だった。
 魔法に対しては剣を納めた方が防御力が上がるとはいえ、素手となったせいでヒュンケルはハドラーの不意打ちをまともに食らってしまう。

 心臓を貫かれたハドラーだが、左右に二つ心臓を持つ彼にとっては致命傷ではなく、行動にもさして支障が出ない。
 ヒュンケルの鎧を貫き、背中まで飛び出る程深く地獄の爪を打ち込んだハドラーは、爪に伝わせて火炎系最大呪文を注ぎ込んでいる。

 なまじ魔法を弾く性質を持っているせいで、鎧内部に魔法を注ぎ込まれるのは相当に効いたようだ。剣を構えることもできなくなった上、鎧に穴が空いた状態のヒュンケルに、ハドラーは極大閃熱呪文を放ってとどめを刺している。

 超魔生物となる前のハドラーは格闘よりも魔法に重点をおき、それを自慢に思っている傾向があるようだ。
 極大閃熱呪文はアバンとの戦いの後に、大魔王バーンよりアバン打倒を果たした褒美として与えられた力だ。まだ使用できるようになってから間もないため、余計にその傾向が強いのかもしれない。


 倒れたヒュンケルを見て、ハドラーはその死亡を確認することなく勝ち誇っている。
 敵の死をきちんと確認しないままなのに多少の甘さは感じるが、ハドラーはその後、すぐに生き残りの部下の人数を確認し、ダイへの追撃を命じている。

 この判断は、的確と言える。
 二つの塔が壊された以上、ダイが人質のいる中央の塔に向かうのは必然。ならば、ほぼ死に体のヒュンケルやクロコダインの生死を確認するよりも、ここは素早く追撃をかけ、ダイを強襲するのが最善だ。

 ヒュンケルとの戦いはハドラーの個人的感情で行った感じが否めないが、この時のハドラーは魔軍司令の名に相応しい風格と判断を見せている。ついさっきまで感情にまかせて、私闘じみた決闘を行っていたとは思えないほどの落ち着きっぷりである。

 感情的なようでいて、いざとなれば冷静に戦況を判断し、目的のためになら捨て身になることも厭わない  これらの思考は、実はポップと意外と似ている。だからこそ、後にハドラーとポップは互いに分かりあえることができたように思える。

 ただ、ポップにとって成長の鍵が『勇気』だったのに対し、ハドラーの成長の鍵は『自信』であると筆者は考えている。
 自分の強さを自分で誇ることができるかどうか――それが、ハドラーの行動原理に大きく関わっている。

 かつてアバンに敗北したことにより自信を失った経験があるからこそ、ハドラーはアバンやその弟子達を倒すことに固執し、失ったものを取り戻そうとしている……その意味で言えば、この時のハドラーは満たされている。

 アバンの弟子であり、人間の身でありながらバーンに気に入られて魔王軍の幹部にまで出世した目障りな男に、勝利した。

 その満足感はハドラーにとって確かな自信を与え、それが心に余裕に生んでいる。このままダイとの戦いに勝利すればハドラーの自尊心は完全に満たされ、従ってそれ以上の向上を求めることもなく、そこで満足して終わっていただろう。

 だが、幸か不幸か、そうはならなかった。
 この直後、ハドラーの自信は粉々に砕かれることになる――。

 

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