59 中央塔への進撃 (1)

 

 さて、ここで時間を少し巻き戻す。
 ヒュンケルが氷魔塔を砕いた直後、クロコダインに背を押される形で中央塔に向かったダイは、身体が軽くなったことから結界が消えたことを察知する。

 そして、それからまもなくポップとマァムと合流することになるが……この時のポップは不用心にもダイに大声で呼び掛けている(笑) この直線に敵の待ち伏せがあったことを考えれば、いつ敵がでてきてもおかしくない状況だというのに、彼らは警戒よりも再会の嬉しさの方が勝っているようだ。

 ヒュンケルが味方になってくれたことを素直に喜ぶダイや、せっせと走るポップに比べ、この時のマァムはヒュンケルへと思いを残している感じがある。
 ヒュンケルを心配し振り返るシーンが二度ある上に、走る速度も明らかに遅い。

 後に、マァムはヒュンケルに対して絶対的とも言える信頼の感情を持つようになるが、この時の彼女はまだヒュンケルへの心配の感情が強いようだ。
 気になる異性の安否が無条件に気になり、意識してしまう――その感情は自然なものだ。


 そのままの気持ちを育てれば、恋心へと成長することは充分にあり得る感情である。だが、この時、マァムは自らその感情を抑えてしまった。
 中央塔へ向かうダイ達は、ヒュンケルの放ったグランドクルスの光を見て異変を感じ取っている。

 マァムはその光に驚いただけだが、ダイとポップは不吉さを強く感じていた。
 詳しい事情は分からないながら、ダイとポップはその光がアバンが自己犠牲呪文を放った時と酷似していることに気がついている。

 その際、ポップは不安や悲しみの方が強いのか沈んだ表情を見せているが、沈みがちではあってもダイは悔しさや焦りを強く意識しているのが興味深い。
 アバンの最後に対して同じように衝撃を受けた経験があっても、二人の性格の差が反応の違いに繋がっている。

 この時、ダイは即座に光の方へ駆け戻ろうとしている。
 考えるよりもまず行動にでようとするダイは、ヒュンケルが危ないと分かったのなら助けようと、素直に考えたのだ。

 それに対して、ポップは走り出そうとしたダイを止めている。
 この時、ポップはダイを止めるのを最優先にしている。今、戻っても間に合わない――その判断が、ポップにはある。

 三人の中でグランドクルスの光の効果を、一番深く分析したのは紛れもなくポップだ。 生命の最後の輝きと表現したポップなら、ヒュンケルの危機をマァムやダイよりも肌身に染みて理解しただろう。だからこそ、ポップはヒュンケルへの救助がすでに手遅れだとも、理解している。

 だが、この時のポップには真実を口にする強さを持っていない。
 ダイを止めようと、ポップはヒュンケルがやられたとは限らないという希望を口にし、魔法が使えないヒュンケルなら自己犠牲呪文は使えないはずだとの苦しい理屈で彼を丸め込もうとしているが、それはおそらく彼の本音ではない。

 ポップの本音は、戻ろうとするダイを必死に引き止めようとしている時に咄嗟に口にした言葉の方だろう。

『よ…よせっ! いまさらしょうがねえっ…!!』

 時間的にヒュンケルを助けることはできないと判断しているからこそ、ポップはダイを行かせたくないと考えた。アバンとの戦いの際、実力的に自分達ではハドラーにかなわないからこそダイを引き止めた時のように、ポップはこの時もダイを止めている。

 危険を回避し、仲間を助けたいと思う気持ちこそが、ポップの思考のベースにあると思えるシーンだ。
 ポップの場合、助けたいと感じる相手は完全に感情に左右される。すぐ直前まで敵対していたヒュンケルよりも、ずっと一緒にいたダイの方を助けたいと思うのも、当然だろう。


 この時のポップにとって、ヒュンケルは共感できる相手でもなければ、親しみを感じる程時間を共に過ごしたわけでもないのだから。

 だが、ダイは逆に、自分が行動することで仲間を救いたいと思う気持ちこそがベースになっている。そして、ダイはひどく公平で分け隔てのない性格だ。怪物も仲間として受け入れるダイは、自分と似た生い立ちを持つヒュンケルをすでに仲間として認識している。
 そのせいで、この時のダイとポップは全く噛み合っていない。


 この平行線の言い争いに決着を付けたのは、マァムだ。
 アバンの死を目の当たりにしたダイやポップと違い、マァムは反応が二人よりも鈍い。
 最後の光が即ち、その人の危機に繋がっていると認識するまで、多少の時間が掛かっているのだ。それも無理のないことで、衝撃的なニュースを現実のものとして受け入れるまでは、誰しも多少の時間がかかるものだ。

 ヒュンケルの危機に呆然とするマァムは、ダイに「ヒュンケルが危ない」と言う賛同を求められて、ようやく現実を受け入れ、その現実に対してどう行動すればいいかを考えている。

 その際、マァムが選んだ選択肢は、中央塔へ向かいレオナを助けることだった。この選択はダイには冷たい物と感じられたらしく、ダイにしては珍しくマァムに向かって食ってかかっている。
 その時、マァムは頑として譲らず、自分の気持ちをきちんと伝えてダイを説得した。

 ヒュンケルの安否を重視しているダイやポップと違い、マァムはヒュンケルの気持ちの方を重視している。ヒュンケルを心配する自分の感情よりも、ヒュンケルの感情の方を思いやったからこそ、彼の考えを察し、それに沿いたいと考えているのだ。

 マァムは時と場合によって判断力にバラつきが見られるが、その最大の原因は自分の感情や身の安全を後回しにしても、相手の感情を大切にしようと考えるせいだろう。

 ネイル村にいた頃は、亡き父親やアバンの教えにそって他人を守ることだけに専念していたからブレが少なかったが、ダイに協力したクロコダイン戦では判断がひどく曖昧なのは、ダイ自身の感情自体が定まっていなかったのがなによりの原因と思える。

 正義と他人の心をなによりも大切と考え、思いやる心――それは立派な心掛けであり長所と言うべきだが、この思考は自分と相手の主義や感性が大きく違っている場合、非常に危険だ。後期での話になるが、アルビナスとの戦いではマァムのこの考えはマイナス方向にしか働かなかった。

 だが、この時に限って言えば、マァムの判断はいい方向に働いている。
 この時、マァムの思考の焦点はヒュンケルにある。
 だからこそ目的を最優先しようとしたヒュンケルの思考に近く、一見非情なほどに目的を追及する判断となっている。

 だが、戦場においては戦士の判断こそが最適だ。それだけのマァムのこの時の説得はダイの心を強く動かし、目的を再認識させるのに一役買っている。目的のためになら、そして仲間のためにならば、自分の感情と食い違ってもやらなければならないことがあると、この時、ダイは始めて学習したのだ。

 これは、ダイの成長の証しだ。
 これまでのダイは、基本的に自分の感情に素直に行動していた。自分がいいと思うことが正しいことであり、それを通したいと考える――言わば、幼児的な全能感から脱したのである。


 正義感と自分の感情が半ば融合しているのは、幼い子供特有の特徴だ。だが、成長につれて必ずしも自分の思い通りにならないことを悟り、それに対処していく方法を自然に身に付けていく。

 しかしダイの場合は並外れたパワーがある分、自分のわがままや考えを通しやすい立場にある。アバンやポップの制止をふりきってハドラーと戦ったように、無茶が通ると考えている部分があったのだ。

 だが、この時はダイはマァムの説得を受け入れている。ヒュンケルが心配だから戻りたいというのはダイの考え……つまり、わがままであり、ヒュンケルを思うのならば彼の望みに沿った行動を取るべきだというマァムの考えに賛成したのだ。

 ところでこの時、同じ説得を聞いたポップもダイと違う形で成長している。
 ポップの場合はマァムの言葉の正統性に感銘を受けたというよりも、むしろ彼女の自制心や克己心に心を動かされている。

 立派な演説を口にしながら、マァムの手が震えているのをポップは見逃さなかった。マァムがヒュンケルを深く心配しているにも関わらず、それを抑えて正しいことをしようとしている姿に、ポップは劣等感を感じている。

 ハドラーと戦うヒュンケルをおいて先に進んだのも、ヒュンケルの元に戻ろうとするダイを止めたのも、動機としては全く同じだ。
 身近な人を助けるのを優先し、戦いを避けたい――その思考を持っていたからこそ選んだ選択だ。

 だが、アバンの教えを受けたポップは、仲間のために命をかける方が正しいと感じているだけに、自分の選択を恥じている。
 仲間を救うためとはいえ自分の命を粗末にするのはどうかという疑問はあるが、それはさておき、この時のポップの感じた劣等感の意味は大きい。

 これは、ポップの成長の兆しだ。
 少し前まで、ポップは実力が足りないんだから戦わないのは悪いことじゃないと、自分で自分に言い訳し、逃げているところがあった。

 だが、クロコダイン戦を経て、ポップは明らかに変わった。
 勇気を出して、仲間を助けたいと思うようになったのだが、ここでポップはさらに成長しようとしている。

 ポップが憧れ続けたアバンの教えを自分の物とし、先へ進もうとする兄弟子や姉弟子の強さを認め、自分がそれに及ばないと自覚するようになった。

 死の間際にいたアバンに諭されても、そんなことは理解したくないとだだをこねて泣いていた少年が、師の教えを全面的に受け入れ、それを実行している仲間に対して引け目じみた感情を抱いたのだ。

 引け目を感じるということは、言い換えれば、自分もそうしたいと思っているという感情に他ならない。

 自分がそうしたくてもできないことをしているからこそ、ポップは強い劣等感を感じたのだ。
 そして、このポップの劣等感こそが、後の爆発的な成長への土台となった。

 マァム本人は意識していないだろうが、ポップに二度目の成長のきっかけも与えたのは彼女だと筆者は考えている。

 

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