64 ダイvsフレイザード戦2 (3)

 

 さて、ここでフレイザードの立場に注目したい。
 周囲を強敵に囲まれ、援軍は撤退してしまい、なおかつ敵を弱体化させるための罠は解除されてしまった――一見すると、彼は徹底的に不利な立場に追い込まれてしまったように見える。

 だが、実際にはフレイザードはピンチでも何でもないのである。
 確かに状況は著しく不利ではあるが、フレイザードにはここで命を懸けて戦う必然性はなかった。だいたいのところ、フレイザードが本来受けた任務はヒュンケルがやり残した仕事の引継ぎだ。ホルキア大陸後略……それが本来のフレイザードの任務だったはずだ。


 レオナを抹殺すれば、それで済むだけの任務  だが、ダイの思わぬ登場がフレイザードの欲を掻き立てた。登場勇者抹殺の手柄を立てたいと目が眩んだ辺りから、フレイザードの思考はダイに焦点が合ってしまっている。
 すでに、フレイザードはダイを殺して手柄を立てる以外の道は考えられなくなっている。


 だが、組織として考えるのであれば、フレイザードがここで一人で踏ん張る意味はないのである。なにしろ、総指令ハドラーが総攻撃で勇者を倒そうと考え、しかもすでに失敗した後なのだ。ハドラーが撤退した時点ですでにこの作戦は、失敗している。
 それなら、フレイザードはこのまま自分も撤退してもよかったはずだ。

 この段階では、ダイは何をおいても始末しなければならない程、魔王軍にとって重要な敵ではない。実際ハドラーもバーンも、フレイザードに命に代えてもダイを討てなどと命令は下していないし、ハドラーの命令に従って失敗したこの件はフレイザードの失点にはならない。

 失敗の責任はハドラーにいくだけである。実際、ザボエラはそう判断し、不利になったと思った途端に撤退を決め込んでいる。
 行き掛けの駄賃とレオナだけを殺し、この場を逃げることもフレイザードには可能だった。

 だが、手柄を心から欲したフレイザードは、引き際を完全に見失っている。
 失点を防ぐなんて消極的な思考など一切ないフレイザードは、敵を倒すことで得られる手柄にしか興味を持たない。

 その決意の表れとして、フレイザードは唯一の宝と言ってもいい暴魔のメダルを自らの手で引きちぎっている。

 その事実に、ヒュンケルやクロコダインは驚愕している。
 鬼岩城が完成して六団長が初めて対面した日、バーンは部下達の忠誠心を試すためにちょっとした悪戯を仕掛けた。

 褒美と称して凄まじい豪火を呼び出し、その中に暴魔のメダルを出現させたのである。
 せっかく与えられた褒美を欲さなければ、それは主君への不敬となる。自らの忠誠心を示したければ、炎も厭わずに手を伸ばす覚悟を見せろと、バーンは一同を試しているのだ。


 だが、確実にダメージを受けると分かっている炎の勢いに一同が一瞬とはいえためらうのも当然だ。しかし、躊躇せずに真っ先に手を伸ばしたフレイザードこそが、皆の中で一番に手柄を獲得するという名誉を手にしたのである。

 作品では明記されていないが、この時の経験が異常なまでに手柄を欲するフレイザードの心理に拍車を掛けたのではないかと、筆者は考えている。
 人は、強い感情を伴った体験を胸に焼き付けるものだ。特にそれが始めての体験であればある程、源体験として深く心に刻まれ、時として人格を築く基礎にさえなる。

 この時、フレイザードは無事では済まなかった。
 身体の半分がドロリと溶けてしまう程のダメージを受けているが、それ以上にバーン直々に褒められた歓喜、そして六団長の中で自分だけが抜きんでて一番を勝ち取ったとはっきりと認められる行為をしたという誇りが、彼を満たしている。

 無茶や危険を冒してでも目的を遂げる喜びを経験したからこそ、フレイザードは自分の身体を削ることにためらいをもたなくなったのだろう。
 メダルを捨てた直後、フレイザードは自分自身の身体を爆破させている。

 自己犠牲呪文を思わせる攻撃を、最初はダイ達は自爆かと受け止めている中でただ一人、ヒュンケルはただの自爆ならば爆弾岩を退けるはずがないと冷静な判断を下している。

 爆弾岩は近くで爆破するものがあれば誘爆する性質を持っているため、フレイザードの爆破に連鎖してより多大なダメージを与えることが可能になる。どうせ自爆するなら、それをわざわざ避ける必要はないと、ヒュンケルはこの状況で考えるだけの余裕がある。

 それとは逆に、ダイとクロコダインは敵の分析よりも仲間の救助を優先している。
 ダイはポップが飛ばされない様に抑えているし、クロコダインはマァムをはっきりと庇っている。原因や敵の動きの追及よりも、まずは仲間を気遣う辺りが彼ららしい。

 まあ、ヒュンケルもダイやクロコダインが二人を庇っているのを見たからこそ、安心して敵の分析に思考を費やせたのかもしれない。そのせいかヒュンケルはこの時、真っ先に真相に至っている。

 ただの自爆で飛ばされたにしてはいつまでも勢いよく飛んでいる石の動きの不自然さ……、そして、ダイの言った言葉から、空を飛ぶ石の一つ一つがフレイザードであり、それらが意思を持って襲いかかってくると看破している。

 自己顕示欲の強いフレイザードが、ヒュンケルが真相に至った直後に自らバラしているから目立たないが、ヒュンケルの分析力の高さを示すシーンである。

 

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