68 ダイvsフレイザード戦2 (7)

 

 ダイとフレイザードとの戦いの中で、もっとも口を出している回数が多いのはマァムだ。
 だが、彼女の言葉はアドバイスにはなっていない。というか、誰を味方をするかも決めてさえいない曖昧さがある。

 なにしろ、ダイが不利と見ると逃げろと叫び、フレイザードのダメージがひどくなれば無理を止めるようにと声を掛けている。敵味方無関係に怪我人や死者を減らしたいと望む彼女は、思想的には中立だ。

 もし、これが人間同士の戦いであり、なおかつ彼女の立場がどの国からも独立した中立の治療機関の人間だとすれば、彼女の行動は褒められるべきものだろう。
 現実の世界でもそうだが、戦いにおいて救護活動を旨とする者は、敵味方無関係に多くの人を救うことだけを目的とする。

 しかし、戦士はそうはいかない。
 戦士は、はっきりとした目的意識が求められる。敵を敵として認識し、感情と切り離して攻撃に徹することも戦士の資質である。自国や自軍を守ることを最優先し、それを害するものを敵と見なし、攻撃対象とする思考が戦士には求められる。

 マァムも戦士として戦いに参加するのであれば、その思考が必要だ。だが、残念ながらというべきか、彼女の戦士としての決意はかなり曖昧である。
 標準以上に戦う能力に恵まれていて、大切な人を守りたいと思う気持ちが強いからこそ戦いを選択しながら、戦士の心得を体感できないのが彼女の一番の問題点かもしれない。


 それとは真逆に、ヒュンケルの行動には全く迷いがない。
 フレイザードを倒すことだけを考える彼は、そのためにはダイが空裂斬を会得するしかないと判断した。だからこそ、ヒュンケルはこの時、ダイへの忠告とサポートに全力を注いでいる。

 ダイが空裂斬に失敗し、為す術もなくフレイザードの攻撃を食らっているのを目の当たりにして、ヒュンケルは自分自身の手を傷つけて血を流し、その血をダイに投げ付けて目潰しをしている。目を使えない状況に追い込まなければ、より感覚が研ぎ澄まされ真剣さが増すと考えたのだろう。

 しかも、ずいぶんと親切でもある。目潰しをしたいだけなら、地面の砂を拾って投げ付けても同じだったはずだが、ヒュンケルはダイへダメージを与えないように細心の注意を払っている。

 強引なようだが、これは非常に役に立つサポートだ。
 ダイ自身、マトリフから目隠しして敵と戦う訓練を受けさせられたのに、実戦の中で目を瞑るという思考までは辿り着かなかった。

 それも無理のない話だろう。
 戦いにおいて、たとえ一瞬でも相手から目を離すというのは死に繋がりかねない。
 それを思えば、目を逸らすことでさえ恐ろしいのに、わざわざ自分から目を閉じることなどできるはずもない。

 だが、目潰しをされれば否応なく目は使用できなくなる。
 実際にその状況に追い込んでから目に頼らず、心の目で悪のエネルギーを感じ取れという忠告は、無闇に剣を振るっているだけのダイに考えるきっかけを与えている。
 ヒュンケル自身もアバンの教えを受けていただけに、彼の忠告は適格だ。

 目を閉じたことで、ダイは周囲の気配を探る方法に目覚めている。だが、筆者の考えでは、ダイはこの時、突然に気配の察知に目覚めたわけではないだろう。

 人間、今まで一度もやりもせず、また出来もしなかったことがいきなりできるわけがない。
 俗に「目を閉じていてでもできる」と言うように、人間は慣れ親しんだことならば視覚に頼らなくても実行できる。

 しかし、それは、本人が身体に覚えこませていることしか、できない。

 アバンとの特訓の初日、大岩を割れと言われてすぐにはできなかったのに、夕方、疲れきった時にはたった一太刀で岩を割った時のように、ダイは気配を察知する能力を元々持っていたにもかかわらず、それをうまく活用できずに、自分にはできないと思い込んでいただけではないだろうか。

 現に、ダイはヒュンケルとの戦いの時、意識をなくした状態で彼と戦っている。意識がないということは、目に頼っていない状態と考えて差し支えはない。無意識に、敵の存在だけを察知して攻撃を仕掛けることができるのなら、意識して行うのも不可能ではないはずだ。

 実際にダイと戦ったヒュンケルだからこそそう考え、戦いの場で味方の視覚を奪うなんて無茶をしでかしたのではないかと思える。
 かなりの博打ではあるが、これは大成功だった。

 視覚に頼らなくなった途端、きちんと周囲の気配を察知したダイは見事にフレイザードを見抜き、空裂斬を叩き込んでいる。

 その結果、核を斬られたフレイザードは自分の身体を維持できなくなった。炎と氷、極端に温度差のある二つの身体を核によって強引に繋ぎとめているので、核を失った途端、半身がそれぞれの半身にダメージを与えて自滅しかかっている。
 そのせいで、フレイザードは自ら自分で自分の身体を切り離し、分裂している。

 その際、ヒュンケルがポップへと声を掛けているのが印象的だ。
 倒れていて起き上がることすらできないポップだが、ヒュンケルの声を聞いた途端、力を振り絞って中級閃熱呪文を放ち、フレイザードの氷半身を消滅させている。

 地味なシーンではあるが、この時のヒュンケルとポップの連携は見事だ。
 この時、ヒュンケルはポップに具体的に何をしろ、とは言っていない。ダイに対してそうしたように、何をすべきか具体的にあれこれと指示はしていないのだ。

 だが、ポップは今の自分に何が求められているかを素早く察知し、即座に行動に移っている。
 この判断力の高さや、協力する意思の強さがポップの長所だ。

 フレイザード戦ではポップはあまり活躍していないし、自分から作戦を立てている風でもないが、ポップにはその場の状況に合わせ自分のできる最適の行動を即座に弾き出せる判断力がある。
 これは、ポップの大きな強みだ。

 ところで、この時、マァムも初級閃熱呪文を最低でも一発は持っているはずだが、彼女は魔弾銃を撃つどころか構えている気配が無い。この辺の判断の甘さや、後方支援に徹しきれない辺り、マァムは自分のもつ遊撃兵的能力を活かしきれていない。

 だが、彼女はすぐにダイの側に駆け寄って、目の見えない上にダメージにふらついている彼を介助しているので、回復要員としては文句の付け所ない資質を見せている。

 ……こうやって見返せば見返す程、マァムは女戦士として活躍するよりも、回復能力を高めて後方支援に徹する方が適性があるように思えるが、本人の資質と本人の希望は、必ずしも一致しないようである。

 

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