69 魔王軍の情勢(6)

 

 さて、戦闘の流れを一度切ってしまうが、ここで魔王軍の情勢についての考察を加えたい。

 バルジ島での攻防でミストバーンは数多くの意味不明な行動を取っているが、彼の行動や思想を理解するためには原作の流れに沿って考察すると、より分かりやすくなると思えるからだ。

 まず、ヒュンケルとの戦いで死亡したハドラーは、死亡と同時に鬼岩城へと連れ戻されている。死亡した時点でハドラーの意思で行動することができないので、これは明らかにハドラー本人以外の意思によるものだろう。

 それを望んだ者といえば、ハドラーの支配者であるバーン以外に考えられない。
 DQのゲームシステム的に、主人公らが死亡と同時に自動的にセーブポイントに戻るように、ハドラーもまた死亡すると同時に主君…この場合はバーンの指定した場所に連れ戻されるように術を掛けられている、と解釈するのが打倒だ。

 その根拠として、彼が寝かされていた場所は死体安置所とも言うべき場所だ。
 ガーゴイル達がハドラーの死体がいつの間にか戻ってきたことに全く驚きを見せないところを見ると、死亡した幹部クラスの者がここに来るというのは彼らの間では当たり前の認識と考えてよさそうだ。

 そして、物語後半になって明かされることだが、ハドラーの身体には黒の核晶が埋め込まれている。バーンでさえそう多くは持っていない切り札の一つとも言える武器を埋め込んだ肉体を、そのまま放置する気はないのは当たり前といえば当たり前の話だ。

 さらに、バーンは遺体の回収だけでなくもう一つの安全策を腹心の部下に与えている。
 ハドラーが死体安置所に来るのとほぼ同時に、ミストバーンがここを訪れている。
 このタイミングの良さは、偶然とは思い難い。

 ミストバーンはハドラーがヒュンケルと戦っている時はザボエラと組んで炎魔塔にいたが、彼は戦いの最中に一人で撤退している。特にヒュンケルとハドラーは派手な戦闘を繰り広げていたせいもあり、彼ら離れていても互いに互いの戦況を感じ取ることができていた。

 実際、クロコダインは音を聞いただけで氷魔塔が砕かれたことも察知していたし、ミストバーンもそれを察したとしても何の不思議もないだろう。
 だが、ミストバーンはハドラーの危機を察していながら、彼を直接助けようとはしていない。

 死亡したハドラーに暗黒闘気を注ぎ込んで蘇らせるという方法で結果的に助けているが、そこにはハドラーに対する情は感じられない。

 実際のところ、ハドラー自身に友情なり忠誠心があるのであれば彼が生きている時に手を貸せばいいだけの話なのだが、ミストバーンは敢えてハドラーが死亡するのを待っていた傾向すら感じられる。実際、ハドラー個人の感情や事情をさておいて、バーンの配下の強化を最優先するならばそれは最も効率的ではある。

 ハドラー自身も自覚があったようだが、暗黒闘気によって蘇った場合、以前より強靭な身体を獲得できるようだ。その効果を狙ってミストバーンはハドラーの敗北を静観し、彼が死亡した場合は速やかに復活させるようにとあらかじめ命じられていたのだろうと推察する。

 バルジ島での戦いで、ミストバーンの行動は一貫性がなく謎めいているように見えるが、彼が自分の意思やハドラーの命令ではなく、バーンの命令で動いていると考えれば、納得がいく。

 第一にハドラーが死亡時は即座に復活させること、第二にダイの資質を見定めること、この二つの命令を優先してそれにそった行動をしていると考えれば、ミストバーンの行動には筋が通ってくる。

 この二つの目的以外はどうでも良いと考えているから、勇者一行の戦いそのものやその目的の疎外などにミストバーンは一切関与しようとしていない。ましてや、ハドラーの心情に考慮する気配などこの時のミストバーンにはかけらもなかった。
 だが、それでいてミストバーンには感情が全く皆無というわけではないようだ。

 ところで、ミストバーンとハドラーの会話を見てみるとかなり不自然というか、会話になっているようでいまいち噛み合ってない印象がある。会話の基本は、質問をされたらそれに回答することで話のキャッチボールを成立させて話を弾ませることにあるが、ミストバーンの無言の沈黙は会話をしばしば中断させる。

 分かりやすいように、一部抜粋して二人の会話を記載してみよう。

ハドラー「そ、そうか……! 貴様が暗黒闘気の魔力によってオレを蘇らせたのか」
ミストバーン「……」
ハドラー「(中略)(オレは)死ぬ前よりも強靭な身体に生まれ変わったのか?」
ミストバーン「……それがバーン様がおまえに与えた肉体の秘密〜(肯定の長台詞)」
ハドラー「……貴様は…そのために…オレの部下に…?!」
ミストバーン「……」

 この後、ミストバーンはハドラーにおまえには死ぬ自由がない、バーンの望みままに戦い続けろと語る長台詞があるが、それは割愛する。
 ここで注目したいのは、ミストバーンが軽々しく肯定をしない点だ。

 適当に「はい」とでも「ああ」とでも頷いておけばよさそうなことでも、ミストバーンは沈黙して言葉を返さない。
 かと言って、相手の質問を完全否定もしていない。

 そこから、大きくは間違ってはいないが正確に回答することがバーンの秘密に抵触する場合、ミストバーンは敢えて返事をせずに沈黙を維持しているのではないかと推理してみた。

 例えば最初の質問だが、ミストバーンがハドラー復活に関わっているのは間違いはないだろう。ミストバーンが死亡したハドラーの元に来た時、彼は配下のガーゴイル達をその場から追い払っている。

 しかし、考えてみればミストバーンはフレイザードに暗黒闘気を注ぎ込む時も、ヒュンケルに暗黒闘気を与えた時も、人目など気にしていなかった。ましてやここは鬼岩城、雑魚とはいえ一応は配下のガーゴイルの目を憚る理由はなぜだろうと考えてみたい。

 ミストバーンの最大の秘密である、白い衣の下――彼が主君より預かった真バーンの肉体を晒すのを嫌った、とは考えられないだろうか。
 後半でのことになるが、ハドラーの黒の核晶を爆破させるためにミストバーンは白い衣を取り払って真の姿を一時的に晒し、バーンの代行者として力を施行したことがある。

 そもそもアバンとの戦いで死亡したハドラーを復活させたのがバーンであることを考えると、ハドラーの復活のためにはミストバーン本人ではなく、バーンの代行者として力を振るう必要があるのでは、と考えるのは穿ち過ぎだろうか。

 そして、ミストバーンの第二の沈黙にあたる「そのために部下になったのか」という質問の答えは、物語後半を見れば明らかだ。
 ミストバーンがハドラーの配下になったのは、明らかにバーンの命令によるものだ。

 そして、バーンの本来の意図がハドラーの助力でもなければ、そもそも地上支配でもなく、ただのお遊びに近い最強軍団の結成にあることを考えれば、ミストバーンの立場もまた違ってくる。

 いざという時にハドラーを助けるためだけではなく、ハドラーを監視し、いざとなれば殺すことさえもミストバーンの任務の内である。

 一部は正しいからこそ否定はしないが、しかし、バーンの真意を告げたくはないから沈黙を守り、それでいてバーンのためにハドラーが戦い続けることを望んでいるからこそ、叱咤するかのような長台詞を語る……言葉を抑えているようでいて、ミストバーンの秘められた感情はなかなか豊かである。

 ところで、ミストバーンは無言でいることの多いキャラクターだが、相手の質問を肯定する時は意外と饒舌に語るキャラクターでもある。

 後にミストバーンはバーンの命令によって沈黙を保っていると明かされるが、語彙の豊さや表現の詩的さから言っても元来はミストバーンは語るのが好きなキャラクターではないかと、筆者はいまだに疑っている(笑)
 

70に進む
68に戻る
七章目次3に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system