70 ダイvsフレイザード戦2 (8)

 

 核を失い、半身を失ったフレイザードは絶体絶命のピンチへと追い込まれる。
 金属生命体であるハドラー親衛隊達は核を失う事がそのまま死を意味していたが、フレイザードも同様だったようだ。

 攻撃の力を無くし、うろたえるしかできなくなったフレイザードの前で勇者一行が次々と立ち上がり、身構える。
 ところでこの時、ポップとヒュンケルが妙に連携じみた意思を示しているのが興味深い。
 今の戦いに満足を感じているダイやクロコダイン、すでに戦いよりも怪我人の方へ意識の行っているマァムと違い、ポップとヒュンケルの意識は敵に向けられている。


 このまま放置しておいては危険……そう考えているのか、『どうする?』と問い掛けているポップに対して、具体的な答えを返しているのがヒュンケルだ。

 ヒュンケルは迷いもなく、フレイザードを粉々に打ち砕く選択肢を選び、実行しようとしている。詰めの甘さが残るポップに、敵にとどめを刺すまで戦いは終わらないと心得ているヒュンケル……二人の個性の差か、経験の差かは意見が分かれるところだろう。

 この時、フレイザードは悲鳴を上げて助けを請うている。
 これは、単に死を恐れているとは考えにくい。フレイザードは自分の命に関しては捨て身な部分が強く、身の危険を冒してでも勝利をつかみ取ろうとする思考が強かった。

 クロコダインが己の死よりも誇りを失う事を恐れたように、フレイザードにとっては死よりも敗北の方がよほど恐ろしく、耐えがたいものなのだろう。彼の命乞いには生に縋りたい一心というよりは、敗北をとことん嫌い、免れようとする執念が感じられる。

 誇りよりも欲を最優先し、目的のためにはなりふりを選ばないという思考がはっきりとわかるシーンだ。

 フレイザードの特徴はそのまま初期ハドラーを踏襲しているので、これは実はハドラーの特徴だとも言える。
 この部分を記憶に止めておくと、後半のハドラーの飛躍的な成長がより強く感じられて面白い。

 まあ、それはさておき、この時、ヒュンケルはフレイザードの命乞いに全く耳を貸す様子がない。
 敵にとどめを刺すまでが戦いだという意識を持ち、また、自ら手を汚すことにためらいを持たないのは彼の戦士としての適性の高さや、今迄の経験があるからだろう。

 しかし、ちょうどヒュンケルの剣がフレイザードに触れる寸前、邪魔が入る。
 ヒュンケルをはね飛ばし、無言のまま割って入ったのはミストバーンだ。ミストバーンの登場を見て、フレイザードは彼にも必死に助けを求めている。

 今までフレイザードはミストバーンと特に親交のあった描写がなく、それどころかフレイザードは彼に向かって憎まれ口を叩いているような有様だったのだが、それにも関わらず臆面もなく助けを求めているのだから、これは相当に虫のいい話だ。

 だが、ミストバーンは空中に鎧を呼び出し、フレイザードに一つの選択肢を与えようとしている。 
 それは魔影軍団の最強の鎧であり、ミストバーンが炎の暗黒闘気……魔炎気と変化するのであれば、フレイザードに与えてやる、と。

 それだけの短い説明ではあるが、フレイザードはその意味を即座に掴み取っている。
 これは単に、ミストバーンがフレイザードの命を惜しんで助け手を差し延べてくれているわけではない。それどころか、これはフレイザードの存在そのものを根本から変えてしまうための選択肢だ。

 ハドラーの部下から、ミストバーンの部下へと乗り換えろと要求しているに等しい。それに反発を感じたフレイザードはまず、その点に関して文句を言っているが、その途端ミストバーンは彼に背を向けて去ろうとしている。

 駆け引きでそうしているというよりは、ミストバーンにしてみればフレイザードが条件を飲もうが拒もうがどちらでもいいと言わんばかりの淡泊な態度だ。
 事実、ミストバーンはフレイザードに対してはとことん冷酷だ。

 先の考察でも述べたように、ミストバーンは戦いの合間を縫ってまでハドラーを蘇生させるという手間を掛けている。
 その際、ミストバーンはハドラーにフレイザードの今後について話すことも出来た。

 ダイの目覚ましい成長ぶりをミストバーンは自分自身でも確かめていたのだし、フレイザードを利用してさらにそのデータを詳細に集めたいと望むのであれば、本来なら直属の上司であるハドラーを通すのが筋だ。

 バーンの直属の配下であり、ハドラーにとっては命の恩人にも当たるミストバーンの要求なら、この時のハドラーにはおそらく拒めなかっただろう。
 分身体であるフレイザードなら、ハドラーからの命令でミストバーンに従うように指示された方が自然に受け入れられるはずだ。

 だが、ミストバーンはそれらの手順を一切無視している。
 フレイザードのために手間を掛ける気はないとばかりに、淡々と自分の都合の良い条件を提示し、相手がそれを飲まなければあっさりと見捨てる……ミストバーンにとって、フレイザードは何の関心も持てない相手のようだ。

 自分自身を鍛え、成長していく戦士にのみ執着するミストバーンにとっては、生み出された時の術者の精神状態に依存した強さを持つ分身体は、ほとんど興味などないのだろう。


 冷淡なミストバーンとは対照的に、フレイザードはこの期に及んでもまだ勝利への執念を失っていない。
 嫌っている相手の部下になるという屈辱や、分身体でありながら自分の意思で主君を変更するという改革を受け入れ、フレイザードはミストバーンの話に乗った。

 生き延びるために、ではない。
 その話を受け入れれば、ダイ達に勝てる……その一点のためにフレイザードは今までの自分の全てを捨て去る決意を固めたのだ。

 この時、ミストバーンの使った術の効果により、フレイザードの身体から炎が抜け出して元の身体がボロボロに崩れ去り、炎が入り込んだ鎧が命を得たように動きだしている。 厳密に言うのであれば、この時、フレイザードは一度死んでいる。

 ハドラーの分身であった呪法生命体としての命を失い、ミストバーンの手で暗黒闘気を源とした身体へと再生している。
 言わば、この時のフレイザードは幽霊のような存在となったと考えていいだろう。

 生前の意識をそのまま持ち、荒れ狂う感情そのままに暴れる力と身体を具現化された幽霊……非常に質の悪い存在である。

 

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