74 ヒュンケルの裁判(1)

 

 レオナの王としての資質や度量が明らかになるのは、なんと言ってもパーティの場で行ったヒュンケルへの簡易裁判の判決でのことだ。
 パーティが一際盛り上がった頃、レオナはヒュンケルに目を止め、ダイに対して仲間なのかと尋ねている。

 ヒュンケルはフレイザード戦では途中で合流したため、ごく初期に氷づけにされてしまったレオナは彼の存在や活躍を知らない。だが、城の兵士逹とは明らかに違う服装や態度、それに見たことがない相手だと気がつき、ダイ達の仲間だと見当をつけたのだろう。

 人の顔の見分けに長け、また、相手に対する労いを忘れないことは指導者にとっては大きな利点となるが、レオナはそれをごく自然にこなすことができるようだ。
 この時のレオナに、他意はない。

 ダイ達に感謝を述べた様に、ヒュンケルに対しても礼を述べて感謝を告げようとしただけだ。
 しかし、この質問にダイとポップは思いっきり動揺しまくっている。

 この辺り、勇者一行の交渉力の低さが思いっきり露呈している。戦いや戦略はともかくとして、ダイ達は基本的に交渉は苦手分野の様だ。
 ダイもポップも、ヒュンケルが魔王軍軍団長としてパプニカに攻め入ったと知っていた。だが、彼らはヒュンケルの改心を受け入れたし、味方と思っている。

 しかし、その後のビジョンや計画というものが彼らにはない。
 ヒュンケルが元敵だと知ったならまずいと考えるだけの判断力は、ダイにもポップにもある。

 だが、それでもヒュンケルを助けるにはどうしたらいいか、というレベルまで考えてはいない。というよりも、仲間内でさえ今後についての話し合いや打ち合わせをしちゃいないのである。

 もし、ダイ達に多少でも先読みをする知恵と交渉能力があれば、ヒュンケルにこのパーティに参加しない様にと差し止めるのが無難というものだ。

 なんといってもこのパーティの参加者は、パプニカ城の関係者だ。中にはヒュンケルの顔を知っている者もいるだろう。大勢の人間のいる所で、罪人の存在がばれるのはあまり賛成できない。集団心理も手伝って、暴動が起きる可能性が高いからだ。

 まずはレオナや三賢者など信頼ができる上に権力を持つ人間に、ヒュンケルが行った功績を伝えると同時に彼の過去を打ち明け、情状斟酌を求めるべきだったろう。

 この手の司法取引じみた駆け引きは、多少でも法律をかじった人間ならばすぐに思い付く知識だが、残念なことにこの時のダイやポップ、マァムにはそんな手口など思い付きもしなかったようだ。

 そして、当の本人であるヒュンケルに自分の罪を軽減しようという思考が一切ないのである。
 ダイ達と違って、ヒュンケルは自分のやっていることが本人にとっていかに致命的な行動なのかはよく承知している。

 だが、それでもなお進んでパーティに参加し、レオナに名を問われたのをきっかけに自分の正体を明かしているヒュンケルは、むしろ罰を望んでいると言った方がいい。
 この先のことを考えるのであれば、クロコダインがそうしたようにパーティには参加せず、辞去することもできた。

 クロコダインにできたことが、ヒュンケルにできないはずがない。
 やはり、ここはヒュンケルが自ら望んでパーティに出席したと考えるべきだ。
 元々、ヒュンケルは未来に対する希望が希薄だ。
 と言うよりも、目的を遂げた後に死ぬことを美学として考えている風がある。

 以前、ヒュンケル戦での考察でも述べたが、ヒュンケルはアバンへの復讐を人生の目的として据えていた。ダイ達のおかげで誤解を解くという最良の形でヒュンケルの復讐は終わりを告げたわけだが、それでめでたしめでたしという訳にはいかない。

 自分の復讐の無意味さを知ったヒュンケルは、その時点で人生の目標も希望も消失してしまった。しかも、それは強烈な罪悪感と自責の感情を伴うものだ。耐えきれない自己存在の否定に、ただでさえ完璧主義の傾向のあるヒュンケルが死を望んだとしても不思議はない。

 実際、ヒュンケルはダイに敗北した時点……クロコダインに助けられた後でさえ、自分の犯した罪を自分で許すことができず、死を望んでさえいた。
 クロコダインの説得のおかげで考え直したとは言え、ヒュンケルが自分の罪に苦悩しているのに変わりはない。

 そんなヒュンケルにとって、自分を助けてくれたダイやクロコダインへの義理を果たいた後、罪を精算するために死を迎えるというのは魅力的な道に見えたのだろう。
 これは、ヒュンケルなりのけじめであり、望みだったと考えていい。

 レオナに名を明かす寸前に、ヒュンケルはレオナの父親がパプニカ城陥落の際に死んだ事実も耳にしている。
 レオナにとって、ヒュンケルは親の敵であり今までの生活を全て奪った相手でもある。
 言わば、親の敵であり、復讐心を持ってもおかしくない関係だ。その相手に裁きを委ねようと望んで、ヒュンケルは敢えて名を名乗ったと考えていい。

 ここではレオナに名を問われたのがきっかけになっているが、迷いのない態度や、その後、自分を止めるダイやマァムを諫める言葉から見て、彼女に声を掛けられなかったとしてもヒュンケルが最初から罪を告白するつもりがあったのは間違いないだろう。
 

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