75 ヒュンケルの裁判(2)

 

 ヒュンケルの衝撃の告白に、パプニカ側の人間は大きな動揺を見せている。
 特に戦勝に浮かれていた兵士達は血相を変えていると言っていい。レオナや三賢者でさえ、驚きを隠せていない。

 彼らの驚きは、当然だ。
 王を失って国を滅ぼされた彼らは、これまでは確実な希望などなかった。それが、レオナという王女が名乗りを上げて人々の前に登場し、なおかつ勇者逹が戦力として加わった。安堵と希望に満たされたところに、いきなり国を滅ぼした張本人の登場である。

 この不意打ちには心の準備もできず、驚くしかできなかっただろう。
 その中で、面白い反応を見せているのがマトリフとポップだ。
 ヒュンケルの衝撃の告白を聞いた時、マトリフは一瞬目を険しくしただけで、何一つ行動を見せていない。

 元々、マトリフはダイ達にも頼まれて知識は貸しはしたものの、それ以外は積極的に他人を助けようとはしていない。他人に関わる気がないと広言している通り、マトリフは基本的に自分から他人の行動に関与する気はないようだ。

 しかし、それでいてマトリフはこの場にいる誰よりも深く、ヒュンケル側の事情やパプニカ側の事情を掴んでいるように見える。

 かつてアバンの仲間だったマトリフならば、直接の面識があるかどうかはさておき、アバンにヒュンケルという弟子がいた事情を知っていてもおかしくはない。そうだとすれば、ヒュンケルの過去や心境を察するのは彼には簡単なことだ。

 もし、マトリフがヒュンケルを助けたいと望むのであれば、策を考えるのは可能だっただろう。

 大魔道士でありかつてパプニカ王宮に仕えていたという彼の影響力の大きさを考えれば、助命嘆願なり、もしくはもっと直接的に実力行使でもヒュンケルを助けることは簡単だっただろう。
 だが、マトリフはヒュンケルを助けるために何の手を打とうともしてはいない。

 ただ成り行きを見守っているだけであるが、ここまで平然としていられるのはある意味で凄い。
 人間は、どうしても感情に左右される生き物だ。

 事件の真っ直中にありながら、完全な第三者としての視線と態度を持って行動するのは、それなりの鍛練が必要になる。魔法使いはクールであれとの言葉を座右の銘にしているだけあって、マトリフはそれを充分に実践している。

 しかし、ポップはそれに比べるとずいぶんと未熟だ。
 ポップはヒュンケルの発言を聞いて青ざめ、『あっ……あのバカ……ッ!!』と呟いている。

 その表情や思わず漏らした言葉から見て、ポップがヒュンケルの言動に無関心ではないのは一目で分かる。しかし、ダイとマァムは即座にヒュンケルを庇うために動き弁護しているのだが、ポップは特に動いていない。

 その差は、彼らの視点の差から生じているように思える。
 たとえばダイとマァムは、この時は自分達の仲間……ヒュンケルを庇うことしか見えていない。仲間を助けたいと思うのはあたりまえの感情に夢中になっている彼らには、周囲の人間……パプニカ側の人間の気持ちが見えてはいない。

 魔王軍軍団長のせいで、パプニカが失ったものは大きい。
 それを思えば、パプニカの人間が容易にヒュンケルを許せるとは限らない。むしろ、彼に対して腹を立て、厳しい処断を加えたいと考える方が自然だ。

 そして、ヒュンケルを庇いたいと望むダイとマァムは、彼の気持ちも見えてはいない。 なにしろ、ヒュンケルは助かりたいなどと微塵も考えていない。自ら罰を望んでいるのである。説得ぐらいで、軽々しく考えを変える様な男でもない。

 恨みを買っていると分かりきっている集団の前で、わざわざ自分から処罰を望む行動――それをバカだと言ったポップには、ヒュンケルの心情やパプニカ側の心理も見えていたのだろう。

 マトリフと同様に、ポップには状況を冷静を把握する第三者的視点があるようだ。だが、達観しているマトリフに比べれば全然未熟な上、どうすればいいのかを判断するだけの頭脳も、実行力もこの時のポップにはない。

 なにしろこの時のポップと来たら状況が分かっているだけであり、対応策については何も思い付いていないし、何もしちゃいない。
 だが、ここで光るのがレオナだ。

 レオナはパプニカ王国の現在の指導者として、自国の全ての最高決断権を持っている。しかも、彼女は魔法使いというよりは指導者として、第三者視点と高い状況判断力を持ち合わせている。実際、この時のレオナの判断力はポップやマトリフを上回っていると言っていい。事情を知っている上彼らと違い、レオナはヒュンケルとこの時が初対面だ。

 それにも関わらず、わずかな会話からレオナはヒュンケルの人となりを掴み、どうすれば全ての人間にとって最善となるか、ごく短時間で判断している。
 まず、ダイとマァム……つまり、アバンの使徒逹がヒュンケルを仲間と認めていること、また得がたい人材だと考えている。ヒュンケルを許してほしいと望んでいるのは明白だ。
 

 そして、パプニカ陣営。不死騎士団に国を滅ぼされた彼らが、その指揮を取った軍団長に悪感情を持っているのは、考えるまでもない。
 さらに、ヒュンケル本人は自らの罪により断罪されることを望んでいる。

 大きく分けるとこの時は3つの意見に別れているのだが、全員を満足させる判断というのは実はかなり難しい。

 まず、ダイ逹の意見を叶えてしまうと、パプニカ側の人間の気持ちを踏みにじり、ヒュンケルにも不満の残る判決になる。勇者一行を味方につけるという理由があったとしても、自国の人間をないがしろにしては、パプニカ王女としては失策だ。

 かといって、パプニカの意向を尊重しすぎてもだめだ。
 その場合、パプニカ側の人間の一時の復讐心とヒュンケル本人は満足するかもしれないが、ダイ達にとって満足できるはずがない。最悪の場合、勇者一行の加護を失う結末になってしまう。

 そうなれば、再度の魔王軍の襲撃があった時、パプニカは今度こそ滅びるだけだ。
 勇者一行を味方に付け、なおかつパプニカ国民も納得させることのできる判決――そのキーパーソンはヒュンケル自身にあると、レオナが考えた。

 一番重要な部分を見ぬく目と言う点で、レオナは非常に優れた目を持っている。
 そのため、レオナはヒュンケルに『アバンの使徒としての人生』を命じた。ヒュンケルの自殺願望と過去への拘りを封じ、勇者一行としての活躍を期待する――これならば三者の意向を損ねることなく、また三者それぞれを救うことができる。

 罪を犯した人間でも、やり直しの機会を与える……その思想が強く感じられるレオナのこの判断を、ヒュンケルのみならずパプニカ側の人間が拍手で受け入れているのが印象的だ。

 マトリフがこの時のレオナの大物ぶりを感心しているが、とても14才の少女とは思えない見事な裁きである。
 

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