76 マトリフの修行2 (1)

 

 フレイザード戦後、ダイとポップはマトリフの修行を受けている。
 正確に言うのならポップがマトリフの修行を受け、ダイがそれを瞑想しながら見学する形ではあるのだが、これはある意味で貴重な修行光景だ。

 アバンには一緒に習ったダイとポップだが、それぞれの職業差のせいで得意分野が分かれ始めた頃から修行は別々にやるようになるので、実はダイとポップが揃って修行を受けるシーンはここが最後になるのである。

 ついでに言うのなら  ダイと言う見物人がいるためか、マトリフがポップに施した修行の中では実はこれが一番優しく手加減の感じられるものになっている(笑)

 修行の場所は、マトリフの住居のすぐ側だ。
 これはダイとポップが自主的に彼の所に行き、修行を望んだからだろう。以前と違い、ポップの逃亡を見越してわざわざロモスまで行く必要がないのなら近くの方が楽だと考える辺りは、いかにもマトリフらしい選択だ。

 修行の際、ポップとマトリフは水の上に立っているのだが、これは魔法力を利用して身体を浮かしているのだと考えられる。ドラクエゲーム内にはそんな呪文はないのだが、魔法力を使えば水面を歩けるというのは面白い上に応用が利きそうな魔法効果だ。

 ルーラの理屈から言えば、魔法力を身体から放出し続けて水面に反発させ、地面と同じように立つことができる、という感じだろうか。


 つまり、水面に立つことそのものが集中力を維持するための修行になるという理屈だ。
 だが、マトリフの修行は単に精神集中を保つだけに止まらない。ほぼ実戦形式で魔法合戦の方がメインだ。
 しかし実戦形式とはいえ、ポップとマトリフのレベルの差は随所から感じられる。

 必死になって気合いを入れまくりのポップと違い、マトリフはいかにもポップに合わせて相手をしてやっているような余裕が感じられる。
 最初、閃熱呪文を(ギラ)を唱えたポップに合わせ、マトリフも無言のまま同じ呪文を放っているが、この後、マトリフは氷系呪文(ヒャド)を放っている。

 ここで注目したいのは、マトリフは本来なら呪文を唱えるのにいちいち詠唱など必要としていない点だ。無詠唱の描写はマトリフだけに限らないし、どうやらダイ大世界の魔法使い達は腕によっては無詠唱でも呪文を施行できるようだ。

 実際、マトリフはギラの呪文は唱えていない。
 だが、ヒャドの呪文は唱えているというのは、呪文の得意、不得意から生じるものではなく、ポップを試すためのものと思える。

 後期で、マトリフは二種類の魔法を同時に使って見せているのだから、ギラを使いながらヒャドを使うこともできない相談とは思えない。また、そこまでしなくても、無詠唱で呪文を放った方が当然相手の隙をつきやすくなる分、勝負的に有利だ。

 しかし、マトリフの目的はポップを倒すことではない。ポップを鍛えるためであり、反応を見るためのものだ。

 呪文が聞こえれば、当然の話だがその効力も想像がつく。つまり、対応する方法を考えるだけの時間が与えられるという理屈になるが、この時のポップにはまだ呪文に即座に反応するだけの判断力も、実力もない。

 マトリフがヒャドの呪文を唱えるのを聞き、なおかつ海の波が凍りながら自分に迫ってくるのを見ているのに、そのまま両足を凍らされてしまっている。
 これは、迂闊としか言えないだろう。

 ポップが一番得意なのは火炎呪文なのだから炎で氷を溶かそうと試みるとか、でなければ水面を移動して逃げるなんて手段もありそうなものだが、あっさりと追い込まれてしまっているのだから。

 動けなくなったポップに、マトリフは爆烈呪文(イオラ)を放っている。だが、ポップはその爆破を避けて空高く飛び上がっている  ポップが初めて飛翔呪文(トベルーラ)を使った、記念すべきシーンである。

 珍しくもマトリフが驚きを浮かべ、いつの間に覚えたのかと問い掛けているところを見ると、この魔法は習得が難しい魔法であるように思えてならない。
 ポップがこの魔法を使ったタイミングを思うと、なおさらだ。

 トベルーラが使えるのなら、足が凍らされる前に逃げるのが一番よかったはずだ。追い込まれてから使った……と言うよりは、基本的にポップはギリギリまで追い詰められなければ、微妙なタイミングを会得できないタイプなのだろう。

 この後、ポップはマトリフに「ルーラができれば、応用でこれぐらい…」と言い返している。
 これが強がりでないのなら、ポップは魔法を習った段階でその仕組みや法則を理解し、応用して自在に使うだけの分析力や思考力を元々持っていたのだろう。

 瞬間移動呪文を使えるようになった段階で、ポップはその魔法がさらに深い可能性を秘めていること、もっと自由に使えそうなことに気がついていた。
 だが、理屈で分かっているのと、実践するのは別物だ。

 頭では分かっていても、なかなか上手く実行できるものではないようだ。なまじ頭はいいため分析や理解は速いが、実行に移すための度胸や思い切りが少しばかり足りない。
 追い詰められ、甘えを捨てろと説教されて初めて移動呪文を使えたように、身近に危険が迫って実際に使わなければならないところまで追い込まれて初めて、本領を発揮するタイプ――非常に厄介な弟子である。

 まあ、それはさておき、この時、マトリフは自分もトベルーラを使用している。
 ポップが自力でトベルーラを習得後に同じ技を使って見せたのは、見本を見せるためとは言えないだろう。ポップはルーラを覚える時も、マトリフが一度教えただけで会得している。

 目の前で実際に見せてやれば、ポップはもっと簡単にトベルーラを使えるようになったと思えてならない。
 だが、マトリフの望みは、ポップが自分で魔法の応用力を伸ばすことにあったように思える。

 そして、ポップの見せた応用に満足したからこそ、まだ空中をヨタヨタ飛ぶのが精一杯のポップに頭突きを食らわせて吹っ飛ばし、修行を強制的に終わらせている。
 この修行の強制終了は、マトリフの限界とも関係がありそうだ。

 本人が言っているが、マトリフは1分間のサシでの魔法力勝負ならば誰にも負けない自負がある。
 が、それは裏を返せば、長引いたり体力を削る勝負になるのであれば、その限りではないと言う意味と同義だ。

 ポップが本気でマトリフを乗り越えたいと思うのであれば、そのもっとも簡単な方法をマトリフは提示しているのである。
 つまり、この時にマトリフは自分の弱点をポップに教えてもいるのだが、この時のポップはその意味に気付いてもいない。

 自分の強さを必要以上に誇示して乗り越えるべき壁として君臨し、弟子を褒めることのないマトリフは、アバンとは明らかに違うタイプの教師だ。
 まさに飴と鞭――両極端な教育者達である。

 

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