77 マトリフの修行2 (2)

 

 ポップがマトリフの修行を受けている間、ダイはずっとそれを見ながら瞑想を行っている。
 頭を下にして座禅を組むような形での精神集中方法――地味で目立たない魔法の基礎修行ではあるのだが、ちょっぴりとは言えダイの進歩が垣間見えるシーンでもある。

 ダイはアバンからこの瞑想のポーズを習ったのか一番最初の授業シーンで出てくるが、その時はダイは瞑想どころか基本のポーズをとるのにさえ苦労している。

 ダイはブラスから魔法使いになるべく修行させられたはずだが、どうもブラスの授業を見ていると実際に魔法を打ち出す訓練をさせていただけのようで、瞑想を習っている気配はない。

 まあ、それも無理はないことだろう。
 いくら人間の習慣や常識などを心得たブラスであっても、彼は怪物だ。動物の親が子供に狩りの仕方は教えても筋力トレーニングは教えない様に、怪物の親が魔法を教えても精神力そのものを鍛える方法を教えるとも思えない。

 それに、もし教える習慣やその気があったところで、鬼面道士であるブラスの体格と人間のダイの体格では差があり過ぎる。ブラスの体格では逆立ちや座禅は、それこそ逆立ちしたって不可能だ。

 つまり、瞑想のポーズややり方は、ダイにとってはアバンから習った短い経験しかない。しかも、その後冒険の旅続きだったダイには修行をしている時間の余裕はほとんどない。それにも関わらずマトリフの修行の時にはダイのポーズは安定しており、なかなか堂にいったものだ。

 まあ、どう見ても瞑想よりはポップとマトリフの魔法合戦に気を取られているダイはちゃんと精神集中しているとはいいがたいが、アバンの修行時と比べるとその進歩は歴然としている。

 しかし、どうもダイは瞑想はあまり好きではないようだ。
 ポップだけにでなく自分にもすごい呪文を教えてくれと、ダイは彼にしては珍しく不満を口にしている。活動的で身体を動かすのが好きなダイにしてみれば、じっとしているだけの状態は修行とは思えないのだろう。

 だが、ダイは全く気がついている様子がないが、自分より高いレベルの者同士の模擬試合を見るのは、見取り稽古という立派な練習方法の一つだ。
 自分ではまだ使用できない技であっても、実際に見ることでイメージしやすくなる。

 特に、魔法というものは精神力が基礎となっているだけに、精神のイメージや集中が大切になってくる。試合見物もただ漠然と見るだけではなく、自分ならばどうするだろうと考えながら見ることで戦略の知識や思考力が高まっていく。

 当事者であればどうしても見逃してしまうことでも、第三者の視点からなら冷静に見ることもできるため、ある意味で試合の見物は自分の戦い以上に得るものが多い時もある。
 ――なのだが、どう見てもダイはこの時、単に見ているだけのようだ(笑)

 それも、公平な第三者視点からは程遠い。
 ダイははっきりとポップを応援していて、ポップとマトリフが派手に魔法を打ち合えばポップを声援しているしポップのピンチには「やばい!」と、思わず叫んでいる。

 完全にただの見物人視点であり、応援する気持ちはあってもポップに役に立つアドバイスを送るとか、彼らの戦力差を分析したり考えたりなどと言うことは一切していない。

 もし、ここにいるのがレオナであれば、的確なアドバイスや分析などを行うことができただろう。彼女は実戦力としては低くても、後方援護や支援の役割を十分に心得ている。直接手を出さなくとも、相手を助ける方法を知っているのである。

 だが、ダイは基本的に自分が先頭に立って飛び出していくタイプだ。誰かに手助けをしたいと思うのなら、アドバイスをするという方法よりも実際に手を貸すという形の方を自然に選ぶだろう。それはそれで長所ではあるが、リーダーとして見るのならそれはあまりいいとは言いがたい。

 組織として見た場合、突出した力を持つリーダーが常に先頭に立って動く組織は、決まって短命だ。上の強烈な個性に呑まれ、他の者が動かなくなったり成長しなくなる傾向があるため、オンリーワンの組織はそのトップが衰退すると同時に崩壊していく。

 理想的なリーダーとは、本人だけでなく周囲も引っ張り、成長させていく力を持っている者だ。

 カリスマを持ってパーティ全体をまとめ、強い意志力を持って方針を決定し、高い知能を持って仲間達の力量を見極めてそれに相応しい仕事を与える  それがリーダーに求められる役割だが、まだ子供のダイにそれをすべて求めるのには無理がある。

 そして、マトリフもダイにそこまで求めてなどいない。
 むしろ、マトリフはダイに、勇者一人が全てを背負う必要はないと教えている。
 だが、この教えはダイには衝撃的だったようだ。ポップと同じ呪文を使える必要などないと言われ、ダイはずいぶんと驚いている。

 それは、ダイの中にはなかった発想だからだろう。
 アバンの強さを目撃し、アバンのように強くなりたいと思ったダイは練習を重ねて、師の技を身につけた。それと同じように、ダイは魔法も頑張れば上達すると思い込んでいたところがある。

 実際、ネイル村でダイは長老に頼み込んで魔法の特訓を行っているぐらいだ、剣も魔法も使えるのが勇者であり、自分もそうなりたいと思っていた部分があるのだろう。
 だが、マトリフはそうではないとダイに諭している。

 なんでもできるがゆえに、勇者は万能ではない、と。剣も魔法も使えるが、力でも魔法でも専門職にはかなわない存在  だが、勇者には勇者だけの武器がある。
 勇者の武器は、『勇気』。

 いかなる敵にも立ち向かっていける勇気があれば、それでいいとマトリフはダイに教えている。魔法の力が欲しければ、ポップが勝手に強くなってくれる……それがパーティだと言って立ち去るマトリフの教えに、ダイはこの時は納得しきってはいない。

 以前も書いたが、ダイは至ってシンプルな性格の持ち主だ。
 強くなりたいから魔法も教えてくれと頼んだのに、いろいろ言われたのに結局は教えてもらえなかったのでは、『なんか、うまくゴマかされちゃったカンジ〜』と受け止めるのも無理はないかもしれない。

 だが、ダイは気がついていないが、マトリフはこの時、彼に大切なことを教えている。
 マトリフがここでダイ――いや、ダイだけではなくポップにも教えているのは、単に勇者の心構えではない。パーティの在り方、そのものを教えているのだ。

 マトリフは先代勇者……つまりはアバンの仲間であり実際の勇者を知っている人物だが、それだけに彼は勇者の長所も短所も知り抜いている。
 なまじ万能型の才能を持っていたがゆえに、全てを背負い一人犠牲になる形で魔王を倒した勇者を見てきたマトリフは、それがいいとは到底思えなかったのだろう。

 勇者一人が全てを背負うのではなく、互いに長所と短所を補いあって仲間達が協力し合う道。それを選べと、マトリフは言葉に出さずにダイとポップに告げている。
 魔王と戦うと言う明確な意思と、仲間達を引きつける魅力をすでにダイは持っている。
 

 残りの要素は、仲間が補えばすむことだ。
 なにも、リーダーが全てを背負う必要はない。実際に、卓越したリーダーが一人いる組織よりも、求心力のあるリーダーの側に優れたサブリーダーが何人もそろっている組織の方が総合的には結束も固く、長く持つものである。

 戦勝パーティの場で、ヒュンケルを助けたいというダイの意思をレオナが見事なまでに昇華させてダイもヒュンケルも救い、国民達にも満足を与えたように、仲間がダイの意思を組んで実現させればいい。

 ダイに求められるのは、この先どこに向かえばいいか仲間達を指し示す明確な意思だ。それさえあれば、仲間達も決して道を見失ったりしない。『勇者』という希望を源に、大勢の人々にも行動する意思を与えることができる。

 魔王軍が世界を蹂躙する今、マトリフはそれを『勇気』だとダイに教えた。
 後に、バーン敗北後にダイが全てを背負い込む重さに耐え兼ねて逃げたことを考えれば、この時のマトリフの教えは驚く程に的確だ。

 周囲が勇者に期待するものを、かつての勇者の魔法使いだったマトリフはよく知り抜いていたのだろう。
 この時点ではマトリフの教えはダイにとっては漠然と聞いただけの言葉に過ぎなかったが、後にダイの中に深く沈み込み、彼の根底に根付く思いとなって彼を支えている。

 ところで、この時、ポップもダイと同じ言葉を聞いているが『勇気』という言葉に反応して、深く考え込んでいるのが印象的だ。
 自分には勇気がないと思い込み、だからこそ勇気に人一倍こだわり続けたポップこそが、後に勇気の使途となることを思えば、実に意味深なシーンである。

 また、このシーンでは実はマァムもこっそりと彼らのやり取りを聞いて、彼女なりに決意を固めるシーンでもあるのだが、それは次項で語ることにする。

 

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