78 一行の役割

 

 さて、フレイザード戦を終えたところで、ダイ達の冒険は一つの大きな節目を迎えることになる。
 勇者一行の中心人物  言い換えるのなら、リーダーはなんといっても勇者であるダイだ。

 これまでのダイ達の冒険の指針や次の目的地など、全てダイが決定権を握っていたと言っても過言ではない。
 だが……残念ながらと言うべきか、ダイはリーダーとしてはかなりのレベルで問題がある。

 と言うよりも、ダイにはそもそもリーダーという概念がごく薄い。初期のダイの行動は基本的に自分がやりたい通りにやっているだけであり、自分の後ろをついてくる者達の行動を意識したものではないのだ。

 元々、ダイはレオナとブラス逹を助けるのが目的で、デルムリン島を旅だった。
 まずはレオナがいるパプニカに行って彼女を助け、その後に大魔王を倒して怪物達の暴走を止めて平和を取り戻す、というのがダイの計画だったのである。

 しかし、ダイの行動をちょっと見てみればすぐに分かるが、彼の行動には具体性もなければ計画性もない。そもそも、ダイときたら助けたいはずのレオナの居場所どころか、その国の位置すら知らない有様なのである。

 ましてや魔王の居場所など……これでよくまあ、これで魔王退治に旅だったものである(笑)

 とりあえずダイは唯一行った経験のあるロモス王国に行こうと考えるが、そこからして無茶にもほどがある。しかも、いきなり魔の森で迷うわ、王様が危ないと知れば罠と知りつつ戦いに飛び込んでいくわと、ダイの行動には行き当たりばったり感が否めない。

 フレイザード戦までは、まさにこれはダイの個人的な冒険  きつい言い方をするなら、勇者ごっこの延長線にすぎない。
 それでもダイ一行が一応はパーティとしてなりたっていたのは、仲間達の協力のおかげだ。

 ダイと共に旅立ったポップやゴメちゃんは、これといった目的意識はない。強いて言うのなら、友達であるダイを助けたいと思っているので、ダイの無茶な行動に合わせてついていっている。

 そして、初期のダイ一行のキーパーソンとなっているのは、実はマァムだ。
 次に仲間になったマァムは、『アバンの意思を継ぎ、正義を行う』という明確な目的を持っていた。おまけにロモス出身のマァムはクロコダインとの戦いの頃は地形には詳しかったし、アバンから教えられたせいか怪物の知識もみんなの中で一番深く、自然に仲間達を誘導する機会も多かった。

 回復、攻撃能力も持っていて戦闘のバランスもよく、年齢的にも一番年上。さらに言うなら男勝りな気性のおかげで怠け癖のあるポップにもビシビシと文句をつけてお尻をひっぱたき、行動させる手腕にも優れている。

 計画性はなくとも自分達が進む方向を決めるリーダーのダイに、彼やポップのサポートをするサブリーダーとして活躍するマァム  集団を成立させるためにはリーダーとサブリーダーの兼ね合いが重要だが、初期のダイ達は無意識とはいえ、見事にこれが成立している。

 しかし、無意識であるためにダイとマァムは自分達の役割に固執していないし、その自覚すらない。だからこそ一行の結び付きは組織としては緩く、パーティが簡単に分断してしまう。

 リーダーとして仲間を導くことなど考えていないダイは、自分と同様に仲間達が勝手な行動をとっても別に咎めないし、反対もしない。フレイザード戦の後、ヒュンケルとクロコダインはマァムに伝言だけを残し二人だけで偵察に出掛けるが、組織として考えた場合、こんな独断行動は褒められたものではない。

 もちろん、戦略として考えた場合、ヒュンケルとクロコダインの偵察は有効だ。
 元魔王軍だった知識を活かして敵の動向を探ってくれるというのなら人間側にとっては願ってもない話だし、情報は早ければ早い程価値がある。彼らの偵察はこの時点ではベストと言っていい。

 だが、組織として考えるのならば、各自が自分達の判断で動いていては成り立たない。集団が最大の効果を上げるためには、リーダーを頂点にそれぞれのメンバーが適切な場所で働く必要がある。

 それを考えれば、結果的に二人が偵察にでるにしても先にメンバー全員と、最悪でもリーダーと話をして方針を固めてから行動した方がよかった。

 まあ、現実問題として、ここで彼らがリーダーであるダイに今後の軍事的な相談したとしても、行き当たりばったりでお子様視点しかもっていないこの頃のダイでは何かが進展したとも思えないのだが。
 きつい言い方をするのなら、この時点ではダイはリーダー失格しまくりである。

 同じことは、マァムにも言える。
 フレイザード戦で魔弾銃を失ったマァムは、レオナの優れた回復能力を見て自信を無くしている。つまり、マァムは自分自身に対する自己評価は『攻撃魔法を使えて、回復もできる戦闘員』という認識なのだ。

 マァムは直接戦力にはならなくてもサブリーダーとしてダイに協力することや、あるいは後にメルルやエイミが選んだ様に、戦力外ではあっても後方支援に徹すると言う方向性は微塵も考えていない。

 マァムはあくまでダイやポップと同じように――そして、自分の両親のレイラやロカと同じように、戦士として勇者一行に加わり、戦いたいと望んでいるのである。
 そして、マァムは良くも悪くも自立精神に溢れている。

 だからこそ、マァムはダイやポップと同じようにマトリフの言葉を聞きながらも、『仲間達と共に短所を補い合って、成長していく』のではなく、一人で修行して強くなってきてから合流すると言う方法を選択している。

 自分が離れている間のパーティへの配慮が全くないこの行動は、サブリーダーとしては問題大ありなのだが、人には自分で自分の生き方を決める権利がある。
 適性や向き不向きより、また、本人が実際に果たしている役割よりも、本人が望んだ方向に進むのがいい。

 そして、マァムのその志をいち早く汲み取り、受け入れたのはレオナだ。
 ダイとポップの修行後、ダイ達は今後に対しての作戦会議を開いている。誰の発案かは不明だが、参加メンバーはダイ、ポップ、マァム、レオナ、三賢者の6人  だが、この会議で主導権を握っているのは、勇者であるダイではなくどう見てもレオナだ。

 この会議では、この時点ではマァムだけが知っている情報……ヒュンケルとクロコダインが偵察に出かけたこと、そして魔王軍の本拠地がギルドメイン山脈にあることを全員に知らせることがメインのようだが、発言の要になるはずのマァムはおとなしい。

 彼女しか知らない情報をメインに会議をするのだから、マァムがメインになって進めることもできたはずだ。
 ダイにどうしようかと問い掛けられ、レオナは今は攻撃するよりもまず自分達の力を蓄える方が先決だと回答している。

 この時点では、まず無難な意見というところだろう。
 現時点の戦力で攻めるのはあまりにも無謀だし、そもそも敵の所在地さえ掴めていない。ヒュンケル達が戻ってくるのを待つしかすることがないのなら、その間、自分達の戦力を少しでもあげるように努力するぐらいしかやることはあるまい。

 当たり障りのない無難な答えだし、この程度のことならポップやマァムでも言えるだろう。

 つまり、その気になればマァムがサブリーダーの地位を維持し続けることもできたということだ。が、マァムはこの会議の場で、一人で離れて修行したいという意思を告げている。

 ヒュンケル達のように一人で勝手に出かけないところがマァムの真面目な点だが、この発言はみんなをひどく驚かせている。
 特に驚きや反対が強かったのはポップだが、ダイも基本的にマァムが離れることには反対のようで、自分が足手まといだと感じるマァムを必死に説得しようとしている。

 だが、レオナははっきりとマァムの意見を肯定している。
 それもかなりきつい言い方であり、聞いていたダイやポップが焦るぐらいだが、マァム本人はレオナの意見をひどく好意的に受け止めている。それができるのはマァムの寛大さもあるだろうが、レオナの言葉に悪意がないせいだろう。

 悪意がないというよりも、判断に感情が込められていない、というべきか。
 王女として下すレオナの判断には、基本的に個人的な感情が込められていない。ポップのように、感情的にマァムが好きだから彼女と離れたくないとは考えないのである。

 そして、レオナは自分の感情は殺しはするが、他人の感情は非常に大切にする。
 レオナの発言は一見するとマァムの実力を軽んじ、貶めているように聞こえる。実戦力として比較した場合、この時点ならマァムの方が総合力としてはおそらくはレオナよりも上だから、尚更だ。

 だが、レオナは別にマァムの実力を知った上で、この発言をしているのではない。
 そもそも、レオナはこの時点で、マァムの戦いや回復魔法の能力も、魔弾銃の効力そのものも見たことがないのである。三賢者やバダックから報告を受けたと考えたとしても、彼らだってマァムと一緒にいた時間は少ない。

 つまり、この時のレオナの発言は、マァムの実力を見切った上で足手まといだと断じているわけではないのである。マァム本人が言った言葉を手掛かりに、彼女の精神の在り方を見てそう言ったのだろう。他人から見て充分な戦力を持っていようとも、本人に迷いや不安があるままで戦いに加わるのは、本人にとっても他人にとっても非常に危険だ。

 現在の実力に不安を感じ、修行して強くなる必然性を強く意識し、そうしなければ仲間と一緒にはいられないと考えているのは、実はレオナよりもマァムの方だ。

 レオナはむしろ、実力が低かろうとも戦う意思を持つ人間を全面的に肯定している。実際、レオナは三賢者のエイミや占い師のメルルが実力を顧みずに最後の戦いに参加するのも、止めてはいない。

 自分自身が前線に立って戦うタイプではないだけに、レオナは戦う力がなければ後方援護という形であろうとも戦いに参加する人間を歓迎している。
 だが、マァムは自分は戦士でなければならないと、堅く心に決めている。
 であれば、それを優先してあげようとレオナは思いやった。

 一見、きつい言い方に聞こえるものの、レオナの発言はマァムの意思を肯定するための後押しになっている。
 この時点では、マァムは一行にとって欠かせないメンバーとは言えない。

 レオナの立場から見れば戦力アップを狙って修行に出すよりも、三賢者と同じように後方支援役としてその場に残しておいた方が、実際の役にはたつだろう。しかし、戦況的にもまだ余裕があるこの時期、レオナはマァムの自主性を重んじて旅立たせている。

 さらに、レオナはマァムの選択に反対した仲間……ダイやポップへのフォローも忘れていない。寂しがっているだけのダイには慰めを、マァムへの恋心から拗ねてぐずっているポップには後押しをしている。

 ……まあ、ポップに関しては面白半分の意味が強そうだが、周囲への目配りを欠かさない上に、フォローする力の強いレオナは明らかにダイよりもリーダーシップに優れている。 実際、これ以降、勇者一行としてのリーダーシップが完全にレオナが握ることになるのである。

 

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