80 魔王軍の情勢(8)

 

 さて、同時刻――鬼岩城でハドラーを初めとする怪物達は、壁に掲げられた邪悪の六芒星を見つめながら震えを隠せずにいた。
 ハドラーの玉座と思われる場の背後に、何回か象徴的に登場してきたこの六芒星の光が3つ消え、邪悪の三角形の一つが消えた。

 クロコダインとヒュンケルが魔王軍を去り、フレイザードが死亡することで、魔王軍の力が半減したことを意味しているとハドラーは解説していたが――深読みを承知を発言すれば、あの魔法陣にはもっと深い意味があったのではないかと思えてならない。
 あの邪悪の六芒星は、バーンが直々に用意したものの一つだ。

 物語後半で、無差別爆撃と思わせたピラァ・オブ・バーンが実は六芒星を描く形で設置されて爆破の威力をあげる設定になっていたように、鬼岩城の六芒星にも単に軍団長の生死を表示するだけでなく、なんらかの隠し設定があったとしてもおかしくはなかったのではないかと思える。

 だが、結局失われた六団長は補充されることなく、しかも鬼岩城はあっさりとダイに一刀両断されて終わったので推測の域を出ないのだが。
 この推測の当たり外れはともかく、この魔王軍の力が半減したことを証明する邪悪の六芒星は司令官であるはずのハドラーの立場の弱さを端的に表しているとは言える。

 本来なら、失われた部下を素早く補充し戦力を一定に保つのが総指令の役割なのだが、ハドラーの意志では制御できないこんな魔法陣が用意されている段階で、ハドラーには決定的な人事権が丸分かりだ。クロコダインやザボエラはハドラーがスカウトしてきたと公式ガイドブックに記されていたこともあり、確かにハドラーの推薦もある程度は有効なのだろう。

 だが、基本的に初期の魔王軍とは、バーンの独断組織だ。結局はバーンの承認した6人のメンバー以外は、バーンは許す気はなかったとしか思えない。
 その意思を如実に示す使者として、登場してきたのがキルバーンだ。

 死神の笛と呼ばれる独特のメロディーと共に、黒づくめの道化師の格好と大きな鎌を手に登場してきたキルバーンの第一印象は鮮烈だ。肩に一つ目ピエロを乗せ、おしゃべりに興じるふりをしながら現れたキルバーンを見て、ハドラーはひどく驚いている。

 ここで注目したいのは、ハドラーがキルバーンの情報について妙に詳しいのに、キルバーン本人を目的するのは初めてだと言う点だ。

 キルバーンは役割としては、暗殺者だ。
 つまり、本来はバーンにとって不利益な相手をこっそりと殺すのが役割であり、普通なら目立たない方がいいはずである。だいたいスパイや暗殺者なんてものは、その存在自体を知られていない方が有利なはずである。

 それがキルバーンときたら、一目で死神と思われる様なわざとらしい衣装を身にまとうわ、テーマソングよろしく自分の存在を誇示するメロディーを流すわと、目立ちまくりもいいところである(笑)

 しかも、キルバーンの情報は魔族でさえなく魔王軍に在籍していた期間の短いヒュンケルでさえ知っていた――この過剰なまでの情報の流布には、明らかにキルバーンの意図が含まれている。

 暗殺者として名前を売るのは、暗殺者にとってはどう考えてもデメリットにしかならない。
 しかし、本人が暗殺者でないのだとしたら、話は別だ。

 実際に物語の後期で明かされるキルバーンの正体を思えば、彼のそれまでの行動は単なる偽装にすぎない。カモフラージュのためならば、派手に噂をばらまくのも頷けるという物だ。

 この偽装のやり方は、ミストバーンは正反対の方向性だ。
 ミストバーンが徹底した沈黙を保って秘密を保持しようとするのとは真逆に、キルバーンはフェイクを多々に含んだ情報を惜しげもなく振りまくことで他者の目を眩ませ、真相から遠ざけようとしている。

 『沈黙は金、雄弁は銀』と言う諺があるが、ミストバーンとキルバーンのやり方はまさにそれだ。

 ところで、このシーンはキルバーンとミストバーンの物語上での初顔合わせのシーンでもあるのだが、この時二人はやけに親しげな会話を交わしている。
 この会話は単なる会話ではなく、ハドラーに対する無言のアピールが含まれていると考えてよさそうだ。

 大魔王バーンの直属の殺し屋であるキルバーンと、名目上は部下としてハドラーの近くにいるミストバーンが親しい  つまり、ハドラーの失敗はそのままキルバーンへと伝わると表明しているようなものである。これは、ハドラーにとっては大きなプレッシャーになる。

 それが分かっていて会話を交わしているなら、キルバーンもミストバーンもたいした役者である。
 しかも、キルバーンはハドラーの失敗をわざわざ挙げ連ね、これ以上失敗したら危ないとさえほのめかしている。

 この必要以上なまでのハドラーへのプレッシャーのかけ方は、バーンの命令による物なのか、それともキルバーン本人の意思なのかは、少し分かりにくい。

 後に分かることではあるが、バーンはハドラーを敢えて精神的に追い込んで彼の成長の起爆を狙ったことがあるし、キルバーンは単に性格的に残忍で他人の苦悩を見て楽しむ傾向がある。バーンの命令シーンが表記されていないだけに、この時のキルバーンのハドラーに対する態度が仕事なのか単なる趣味なのか見極めがつきにくい。

 だが、ただでさえ中間管理職という地位にいるハドラーを、外部の目から監査し処断する権限を持って登場したキルバーンの存在が、ハドラーの自信や誇りを大きく揺るがしたのは間違いないだろう。

 

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