81 魔王軍の情勢(9)

 

 キルバーンの登場にただでさえ追い詰められたと意識するハドラーに、更に追い討ちを掛けるのがバランだ。
 キルバーンに苦しい言い訳をするハドラーに対して、カールを攻略し終わったバランがいち早く戻ってきて、次は自分がダイと戦うと宣言している。

 これは、本来ならばハドラーにとっては天の助けとも言える申し出になるはずだった。
 ダイ討伐の失敗を重ねたハドラーには、これ以上の失敗は許されない。だが、魔王軍総掛かりという最大手段をとってでさえダイ抹殺に失敗したハドラーには、次の手段や人材がないのである。

しかし、バランは魔王軍の中にいながら、自分直属の配下を持っている……つまり、彼は魔王軍の力が半減した今でさえ十分に戦力を持っているのである。
 もし、ハドラーが意図的にバランを切り札として残しておいたのなら、ここで彼を戦力投入するのは有効だ。

 ダイだけでなく潜伏していたパプニカ王女も一気に叩き潰すことができるし、魔王軍は一気にここで形勢を逆転できる。
 バランの手柄はハドラーの評価にも繋がるのだし、信用回復の手段として申し分ない。
 実際、キルバーンも(少なくとも、表面上は)バランのここでの登場をそう解釈している。

 だが、ハドラーはバランの申し出を喜ぶどころか、血相を変えて驚愕している。ハドラーにしてみれば、バランがこんなに早く戻ってくるなどと計算外もいいところだった。なんとしてもバランがいないうちに、ダイ抹殺を成し遂げておきたいと考えていたのだから。


 そのせいか、ハドラーは苦しい言い訳でバランを引き止めようとしている。
 だが、ハドラーは意識していないだろうが、この時の彼の対応のまずさこそが初期魔王軍の決定的な崩壊に繋がっているのだ。

 ハドラーはバランとダイの関係に誰よりも早く気が付いていたからこそ、彼らが顔を合わせることがないようにと画策してきた。そこに拘り続けてきたハドラーは、バランの内心や筋を通す性格をうかうかと見逃している。

 バランがダイの正体に気が付いたのに、それでも一度魔王軍本部に戻ってきた事実  ハドラーは、その意味の大きさに気が付いていないのである。
 考察上、原作を先走ってダイとバランの関係を暴露すると、彼らは親子関係だ。

 バランにとって、ダイは12年間もの間探し続けてきた我が子……大袈裟に言うのであれば、彼の生きる目標の一つといってもいい相手だ。バランはそのまま、ダイを求めて直接彼の所に移動してもよかった。 というよりも、バランがそうしなかったことの方が不思議なぐらいだ。

 感情的に求めている相手であり、また、バランは自分の任務はすでに終わらせた後だった。魔王軍の規律の緩さや実績を評価するバーンの考えを思えば、ここでバランが独断で動いたとしても事後承諾をとれば問題なかっただろう。魔王軍としては、目の上の瘤という存在の勇者が実は魔王軍の幹部の息子であり、上手く取り込むことができれば万々歳なのだから。

 尚且つ、バランは移動呪文も使える上に竜に騎乗できるのだから、移動手段には困らない。ダイの現在の居場所ならばザボエラに聞くなりすれば簡単に手に入るのだから、情報手段としてもバランがここでハドラーと合う必要は無いのである。

 にも関わらず、バランはハドラーと面会するために戻ってきた。
 バラン登場の際、ザボエラがおろおろとうろたえているところを見れば、この時の一時帰還がザボエラの進言によるもので無いことは簡単に推理できる。

 と、なればバランが自分自身の考えでハドラーに会いにきたと思っていい。
 ハドラーの落ち着きのない態度に比べバランがやたらと堂々としているせいか傍若無人に振る舞っているように見えるのだが、実はこの時のバランはずいぶんとハドラーに対して礼儀正しい。

 態度や口調こそは尊大だが、バランはハドラーにダイの正体を告げる際、十分に気を使っている。この時、バランはハドラーの失点や過失を上げ連ねるような真似はしていない。フレイザードが失敗した同僚の悪口を遠慮なく撒き散らしているのに比べると、ずいぶんと大人な対応だ。

 バランは決してハドラーが自分を騙そうとしていたなどとは言わなかったし、ハドラーを責めるような言葉も口にしていない。しかも、次のダイ討伐の任務は自分がやると申し出る形を取っている――この時点では、バランはハドラーを上司として尊重し、敬意を払う態度をとっていると言っていい。

 つまり、バランは魔王軍の一員として行動するため、魔王であるハドラーに筋を通すためにわざわざ来ているのである。
 後はともかくとして、この時点まではバランはハドラーに不満は無かった。

 内心思うところはあったかもしれないが、それでもバランは魔王ハドラーに従って人間を滅ぼす役目という自分の立場を覆す気はなかったのである。

 だが、そこまでバランがハドラーを立てようとしていたにもかかわらず、この時のハドラーは感情をむき出しにしてにバラン反対し、命令で彼を押さえ付けようとしている。しかし、命令を聞こうとしないバランに、ハドラーは激昂して力ずくで意見を押し通そうとさえしている。

 はっきりいって、これでは上司失格だ。
 もし、ここでハドラーがバランを説得し、掌握することができていたのなら、魔王軍は組織という形をなんとか保つことができただろう。しかし、この時点でハドラーはバランの上司としての資格を失ったと言っていい。

 頭に血が上ったハドラーはこの時意識していなかったようだが、この時のハドラーではバランとまともに戦っては到底適わなかっただろう。バランとハドラーの上下関係は、バランがハドラーに対して譲歩しているからこそ成り立っているのだ。

 実際に手を出されてまでハドラーに譲歩する程の義理が、バランにあるわけでもない。 もしここでハドラーがバランに手を出していれば二人の間の亀裂が決定的なものになり、この場でバランが魔王軍より離脱していた可能性もある。

 その意味で、ハドラーの暴走を止めたキルバーンの横やりは絶妙だ。この時点でキルバーンはハドラーの思惑を見抜き、彼に変わってその場の采配を振るっている。
 そもそも、バーンの鍵という鬼岩城を動かす魔法道具を持っていると示した段階で、キルバーンの優位は明らかだ。

 本来なら、組織の本拠地を管理するのは総指令であるハドラーの役目だ。それにも関わらず、ハドラーは鬼岩城を移動するための道具を預かってもいなければ、どのタイミングで動かすかを決める権限も与えられていない。

 本来動かないはずの城が動くという、壮大にしてファンタジーを強く感じさせるシーンが印象的で目立たないが、この時のハドラーの立場はかなり苦しい。
 部下達の数は半減し、上司からの信頼がなく、しかも、残りの部下からの尊敬も失いかけている中間管理魔王――彼は相当に追い詰められているのである。


《おまけの考察》

 ハドラーは疑問をさしはさんでいないが、バランのカール王国壊滅……これに、筆者は疑問の余地を感じている。

 確かにバランはカール騎士団をほぼ壊滅させてはいるのだが、彼の戦略は基本『立ち向かってくる物を薙払う』ことにあるようだ。しかし、これは戦士としてはいいかもしれないが指揮官としてはいかがなものか。                 

 国としてとどめを刺すつもりなら、指導者を殺しておくことが肝心だ。
 実際に、バランはリンガイアは完膚なきまでに滅ぼしている。かの国は、王族も消息不明だ。

 しかし、バランのカール侵略は不十分な物であり、女王であるフローラがしっかりと生き残っているのである。
 ザボエラからダイの話を聞いて、相当に手を抜いて早急に戻ってきたとしか思えない。
 あるいは――無意識に手を抜いてしまった可能性も否定できないだろう。
 バランは後にレオナと戦った時、女を殺したくないとはっきりと宣言している。ソアラという人間の女性を愛した経験を持つバランは、敵であっても女性を手に掛けるのは気が進まないらしい。

 まして、フローラはほぼバランと同年齢の女性……つまり、もしソアラが生きていたのなら、彼女ぐらいの年齢だったはずなのだから。

 カール女王に対するバランの手抜きが、偶然か、それとも意識的なものか、あるいは無意識によるものか。彼の脳裏を一番に占めていたのは、ソアラの面影か、あるいはダイの面影か。

 バランは感情を見せるタイプではないため正確な考察を行うことは困難だが、それだけに解釈によって彼の人間像が大きく変化する重要な考察ポイントだ。
 それだけに細かいデータがないのが、非常に残念である。

 

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