83 三賢者の手抜かりと姫の甘え

 

 さて、順番が多少前後するが、ここでレオナと三賢者のやりとりを考察したい。
 フレイザード戦後、パプニカが復興し始めた際、エイミはレオナに対して、自分の未熟さを思い知ったので三賢者の立場を返上し、ダイ達の旅に同行して腕を磨きたいと申し出ている。

 その心掛けだけを見るなら、それはなかなか立派な物だと言える。
 何しろ、三賢者はパプニカ王国では名誉ある役職であり、国を動かす実際的な一員でもある。それを捨てても構わないからダイ達と同行したいと考える彼女からは、生真面目さと同時に一種の傲慢さが伺える。

 まず、彼女の傲慢の一つは、自分の主君に伺いを立てておきながら、ダイ達には何一つ相談していない点である。
 ダイ達に同道したいと言いながら、エイミは自分の協力が断られる可能性などまるで考えてもいないのか、ダイ達の意志は確認していない。

 マァムがいなくなったダイ一行は、明らかに回復役が足りていない。それを補充する意味で確かに高位の賢者は有益だし、おおらかなダイはバダックの仲間入りさえ拒みはしなかったのだから、エイミの協力をダイが嫌がる可能性は低い。

 しかし、エイミはダイ達の旅の目的への認識が甘い。
 ダイは魔王と戦うために旅をしている勇者であり、そのために強くなろうとして修行を繰り返しているのだ。決して自分を鍛える修行を第一目的としているだけの戦士ではない。
 最初は逃げ腰だったポップでさえ、この時点になってくると仲間のために戦おうする確固たる決意が見て取れる。
 ダイ一行は、ダイに手助けをしたいがために集まり合い、ダイの目的に合わせて戦う集団なのである。

 つまり、そもそもの旅に出るためのモチベーションが全く違う。魔王退治の旅は、一個人のレベルアップに都合のいいトレーニングではないのだ。

 そして、エイミのもう一つの傲慢は、同僚や配下への配慮の欠如だ。
 まあ、これはエイミだけに限らないのだが、レオナに申し出た直後、実はアポロとマリンも同じ申し出をレオナにしていたことが判明している。

 たとえバイトであろうとも、自分のしている仕事を止めるのならば引継ぎや報告は欠かせないものであるはずなのだが、どうやらこの三賢者ときたらそろいもそろって仲間内で相談すらしないで勝手に立場を返上して旅に出たいと考えていたようである(笑)

 ただでさえ戦火で人材が一気になくなった上に、復興の最中という民衆にとっては最も重要な作業中にリーダー格の人材が欠如する迷惑さを、彼らは全く考慮していない様だ。
 あげく、主君の前で誰が修行の旅に出るか言い争いを始める辺り、彼らは自分達の立場や能力への認識が甘いとしかいい様がない。ここで三人はレオナに一喝され、本来の使命――パプニカを守り抜くという役目に専念する様にと叱責される。

 このレオナの叱責は妥当な物だし、言われてすぐに反省したのかそれ以上旅に出たいと強く主張しない辺りの素直さが、三賢者の長所とは言える。
 しかし……彼らは素直過ぎるのである(笑)

 この時、レオナはぽつりと「ダイくんとはあたしが行くんだから……」と本音を漏らしている。つまり、レオナもダイ達の旅立ちに付いていく気万々なのである。もっともレオナの場合、修行のためではなく目的はダイだ。

 しかし、それをどう見てもわざとらしい態度でごまかそうとしているレオナを見て、アポロは怪しいと感じている。レオナとの付き合いの長いバダックはもっと強くそれを感じているらしく、具体的な疑いを口にさえしている。

 だが、それにもかかわらず、彼らは手の打ち方が甘い。
 レオナはこの後、すぐに催眠呪文で兵士達を眠らせて気球船に乗って勝手に旅立つという暴挙を行っている。
 他人の許可を必要とせず、自分の思ったことをそのまま実行する行動力がレオナにはある。

 その資質自体は王には必須なものでもあるし、悪いとばかりは言い切れないが、この場合に限っては、一国の王としては少々無責任な行動と言うしかない。いまやパプニカ王国ただ一人の生き残りであるレオナの貴重性を考えれば、彼女がもしこのまま行方不明になったり、あるいは死亡した場合、国民は今度こそ絶望するだろう。

 また、その心配がなかったとしても、国にとって貴重な資源である、しかもたった一台しかない気球船を私用で数日使うというのも迷惑な話である。ダイなどはこの行動が泥棒じゃないのかと気にしているが、レオナはまったく躊躇することなく国の財産を自分の都合で使っている。

 彼女のこの行動は、王というよりは王女の甘えとしか言い様がない。
 きちんと保護者が国を守ってくれるという確信があるからこそ、自由気ままにわがままを押し通す――甘やかされて育ったお姫様ならではの気紛れさを見せるレオナだが、それが恨まれない辺りが彼女の人徳だろう。

 出し抜かれた三賢者もバダックも、レオナがそういうことをするのは当たり前だと認識している部分が大きいし、結果的に彼女の独断を認めている。
 むしろ、アポロなどには彼女のそのわがままさを喜んでいるような雰囲気すら感じられる。

 ここでエイミやマリンがひたすら不安そうな顔をしているのに対し、アポロだけが寛大さを見せているのは保護者意識の有無の差が大きいだろう。

 年は上であってもレオナの判断に盲目的に従い、彼女に従うことを重視しているエイミやマリンは、レオナを崇めているような一面がある。そのせいか主に精神的に姫に頼っている部分が大きく、自分達こそがレオナを守っている立場だという認識力が甘い。

 それに比べれば、アポロはレオナを守る立場をきちんと認識している。
 アポロから見れば、レオナはいくら回復魔法の腕が立ち、頭の回転が優れているとはいえ年下の女の子だ、庇護する意識を抱いて当然だろう。だからこそ彼は、寛大な兄がわがままな妹を許す様に、レオナのこの暴挙を暖かく見つめている。

 ヒュンケルやフレイザードとの戦いの間は王としてみんなを率いていたレオナが、気を張っていたのは容易に想像できる。待ち望んでいた勇者の助けを借りて生まれ育ったパプニカ城に戻り、レオナが安堵を感じて以前のおてんば娘ぶりを取り戻したのも無理のない話だ。

 それが嬉しくて堪らないとばかりに、アポロは数日なら構わないだろうとレオナとダイの旅立ちを黙認している。
 ――だが、この先の数日間で、世界の運命が変わりかねない程の大事件が勃発するのである。

 

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