84 大魔道士の慧眼

 

 ダイと一緒に買い物に出掛ける前、ダイがレオナの所に行っている間、ポップはマトリフの元を訪れている。
 単に買い物に出掛けるから留守にすると告げるためではなく、出かけてもいいかとマトリフに許可を得るためである。

 意外といえば意外だが、レオナとは逆にポップはきちんと許可を得たいと考える律義さがあるようだ。
 しかも、マトリフの許可を求めるポップはかなり弱気で、ダメかもしれないけど聞いてみるという雰囲気さえ感じる。

 もし、マトリフが買い物よりも修行を優先しろと言っていたのなら、それに従っていたと思えるような従順さだ。
 これは、ポップがマトリフを師として認め、尊敬を感じ始めたなによりの証拠だろう。
 だが、この時、マトリフはポップに旅立ちの許可を与えている。
 それもただ許すなんてものじゃなく、ポップに武器やマント、ベルトと言う装備を一式を餞別として与えるというおまけつきで送り出しているのだ。

 これは、明らかに買い物へ行くのを薦めるための行動ではない。
 実際、マトリフがポップに与えた忠告は『……ダイの力になってやれ』という言葉だ。ダイが近いうちに大きな壁にぶつかることを予見し、その時になったらポップにダイを支えてやる様にとの忠告を与えている。

 この時、ポップは一応頷いてはいるが、マトリフの忠告の意味はまったく分かっていないように見える。おまけに、ポップはこの忠告に重きを置いていたとも思えない。
 だが、マトリフの忠告が全く役に立っていないとは言えないだろう。

 実際、この後にポップはこれ以上ない程にダイを助けようとしていた。それがポップの自発的な意思なのは疑いようがないが、ポップの思い切った行動の裏にマトリフの忠告が影響しなかったとは言えない。無意識であっても、人は自分にとって望ましい忠告や教えを心に深く刻み、支えにするものだ。

 マトリフはそれを知っていて、事態が悪化する前から思わせぶりではっきりしない忠告を与えていたと思うのは、買いかぶり過ぎだろうか。

 この時点で、マトリフはダイの正体を薄々察している。しかし、それを本人であるダイに告げるのではなく、王女として器量の大きさを見せたレオナでもなく、ダイにとって最も身近な人間……ポップを選んで告げる辺りが、マトリフの目の確かさを示している。

 竜の騎士の正体を知ったマトリフは、竜の騎士が必ず負うであろう葛藤も見抜いている。そして、それを支えることができるのは本人の覚悟や知識ではなく、周囲の人間との絆だと確信していた。

 そのキーポイントとになるのがポップだと確信していたマトリフの慧眼には、恐れ入るしかない。

 物語後半になってからは誰もがポップの力……その魔法力だけではなく、ムードメーカーとして一行を支える精神力も認める様になるが、この頃は一番始めからの仲間であるダイやマァムでさえそれをはっきりとは自覚していない。
 王女という立場上相当に人を見る目のあるレオナでさえ、ポップを軽んじていた頃だ。
 だが、マトリフは実際にダイとポップの戦いの中での姿も見ていないのに、あの二人の間に強い絆があると察していた。


 時間的には、修行をつけていた間にしかダイとポップに接していないのに、それだけの時間で驚く程正確に全てを見抜く目があるのは、豊富な人生経験があってからこそだろう。
 まあ、正直な話、後にポップがやらかす無謀っぷりを思えば、ここはダイの助けになれと忠告するよりも、無茶をしすぎるなと忠告をしておいた方がよかったのではないかと、個人的には思うのだが。


《おまけの別分岐ストーリー》

 余談だが、ここでダイ逹がベンガーナ王国ではなくカール王国に向かっていたのなら、話の流れが大きく変わった可能性があるのではないかと、筆者は疑っている。

 この時だと、カール王国壊滅の知らせはまだパプニカには届いていなかっただろうから、ダイ、レオナ、ポップの三人は気球船でカールについてから初めて、かの国での惨劇を知ることになる。

 その場合だと、実の兄ホルキンスをバランに倒されたばかりの騎士団隊員とも会う可能性がある。
 つまりダイは自分の出生について知らぬまま、バランが実際に滅ぼした直後の国で彼と相対することになるのだ。

 テランで会うよりも、バランに対する反感が強まるだろう。
 また、ヒュンケルとマトリフもカール王国に行っていたのだし、フローラも潜伏していたはずだ。

 ヒュンケルがこの時点でバランを説得できるとは思えないが、マトリフやフローラならばバランを説得まではできなくとも、なんらかの手を打てたのではないかと思えてならない。
 例えば、マトリフはダイを支える最大の存在がポップであることを、予め知っていた。


 最大のキーポイントを抑えているマトリフならば、ポップの無茶を封じつつも彼を導き、戦いをサポートできたのではないだろうか……そう思えてならないのだ。ダイに力を貸し支えながらも、感情を暴走さえることなく、自殺まがいの特攻だのメガンテだのをやらかさず、ダイを助ける様とすることもできただろう。

 また、ここでフローラがダイ達と合流したのなら、彼女の存在はレオナに対して大きく影響を与えたはずだ。
 かの女王を尊敬しているレオナは、フローラの忠告ならば真摯に受け止めるだろう。

 レオナ以上の指導力を持つフローラが、人類の最後の防衛線として『勇者』を引き止め、守るための指揮官を務めてくれるのなら、レオナはただの少女でいられる。一人の少女として『勇者』を引き止めようとするのではなく、『ダイ』を引き止めようとしたのなら――レオナこそがダイの心を揺り動かした可能性もあるかもしれない。

 ダイとポップの友情を強く打ち出した本来の展開とは大幅に変わってしまうが、ダイとレオナの幼い純愛を感じさせるもう一つの未来があったのではないか……番外編として、そちらのストーリーも見てみたかったと思ってしまう。 

 

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