88 占い師の毒舌

 

 初登場の際、ナバラはかなりの毒舌ぶりを発揮している。

『……自分の力量以上の武器をつけて、強くなった気になりたいバカの仲間入りなどおよしと言ったのよ…。大金払ってさ』

 この台詞はレオナへのきつめの忠告という形で発せられているのだが、ものの見事に周囲の兵士達への当て擦りになっている。というか、ついでにレオナ達への侮蔑もかなり混じっている。なにしろ、レオナ達の実力も知りもしないで、この武器に相応しい力量は持っていないと決め付けているのだから。

 自分達以外を一気に敵に回す発言に、周囲の連中が憤るのも無理はないだろう。
 メルルは祖母をたしなめ丁寧に何度も頭を下げるものの、ナバラは自分は思った通りに言ったまでだと反省の余地もない。

 実際、ナバラは自分の忠告にレオナ達が従うかどうかすら気にしていなかったし、この時のナバラはまだこの国にドラゴンがやってくる予知を感じ取っていなかったので、まさに言いたいことを言っただけである。

 これでは、周囲の人間の気分を害すると同時に忠告を与えた相手の気分も害し、なおかつ連れである孫娘にいらない負担をかけるという、誰も幸せにならないわがままな言葉でしかない。言ったナバラだけは多少留飲が下がってスカッとするかもしれないが、それだけだ。

 この場にいた兵士達の血の気の具合によっては、ケンカが発生してもおかしくない暴言ぶりである。年老いた老婆にか弱そうな少女と言う取り合わせだからこそ、許されているようなものだ。

 毒舌なキャラクターというものは完全な第三者には強いインパクトを与えるものだが、実際に接する相手にとっては大きな負担をかけ、本人の印象を下げる効果しかない。それでも常に毒舌を振るう人というのは一定数以上いるものだが、ナバラの毒舌はある程度演技的なもののように思える。

 ナバラが自分で言った通りに『思ったことを言わずにはいられない故の毒舌なキャラクター』だとすれば、彼女は常に口の悪さを発揮するはずだが、彼女の発言に注目してみると意外な程におとなしいのが分かる。

 自分から何かをしようとする積極性がなく、物事をやや冷めた目で眺める諦観を持つナバラは、知り合いには特に毒舌を振るう様子はない。

 思ったことをはっきり言う主義のレオナや、自分の出生にこだわる余り周囲が見えなくなったダイなどは、後でナバラに対してかなり失礼な発言や態度を取っているのだが、それに対してナバラは至って淡々とした対応をしている。

 テラン王に対してなどは礼儀正しく振る舞っているし、本来のナバラは常識をわきまえた比較的おとなしい性格と思ってよさそうだ。諦観のあまりやや発言が自嘲、もしくは皮肉気味になりがちという傾向は見られるが、どちらにせよ感情的に他者に当たり散らすようなタイプとは思えない。

 なのに初対面の時に限ってナバラが敢えて毒舌キャラクターを気取って見せた理由は、彼女の職業にあるのではないかと考えている。
 占い師と言うものは、自分の言葉を第三者に信じさせなければ成立しない商売だ。

 本来、信頼とは実績を重ねることで作り上げるものだが、旅の占い師であればほぼ初対面の人間を相手にすることになる。

 となれば、相手に信頼を与えるように地道に努力するよりも、まずは自分の言葉や存在を強烈に相手にアピールする方が容易い。最初に『この人は普通の人とはどこか違う』と相手に思い込ませれば、自ずと相手も占い師の言葉に注意を向ける。
 そのための手段としての、毒舌ではないのだろうか。

 そして、毒舌というのは占いを告げる上でも有効だ。
 初対面の占い師に予知を告げられて、それをそのまま信じ込むような素直な人間などほとんどいまい。人間は基本的に、自分の信じたいことだけを信じるものだし、良い占いはまだしも悪い占いをそのまま受け入れられる人間はごく少数派だろう。

 だが、人生は良いことも悪いことも同じように起こる――占い師に見えるのが、悪い未来である可能性は低くない。
 実際のところ、メルルは作品中で悪い予知しか感じ取っていない。

 主に不吉な未来を感じ取り、それを告げることで相手に未来を変える機会を与える……それが一族の力だとすれば、ナバラの力もほぼ同様だろう。
 しかし、この場合、占い師は常に相手に対して不吉な予知を与えることしかできない。
 相手を不快にさせることを告げるのが前提であれば、毒舌家を気取りたくなるのも頷けるというものだ。

 人は得てして、最悪の事態を避けるために自分から先に最悪の行動を取ろうとする時がある。
 例えば、恋人の心変わりを疑う女性が、相手から嫌いと言われる前にあんたなんか嫌いだと言ってしまう心理を思ってもらえば、分かりやすいかもしれない。

 それを考えれば、ナバラの毒舌は自分の我を通すための表現方法というよりも、不吉な占いを他者に告げる自分の罪悪感を少しでも和らげようとする自己防衛の表れではないだろうか。

 未来を知るという特殊な能力を持ちながらも、ナバラはその力を他者のために積極的に使う意思はなく、自分や孫娘の身を守るためにしか使っていない。現実世界において、まず防御を固めようと考えるナバラの考え方から見ても、彼女が心理的においても自己防衛を優先しているのは想像に難くない。

 一見、傲慢なまでの毒舌家と見える占い師ナバラは、未来を見る力には恵まれていても、未来を変えるために動くことができず、自己防衛に専念する繊細な占い師と言えるだろう。

 

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