91 ダイvsヒドラ戦(3)

 

 このヒドラ戦で、ポップは三人の中で真っ先に敵と遭遇している。
 自分から進んで参戦したポップだがドラゴン5匹の迫力の前にびびっている辺り、戦いがあまり好きではないと言う本質的な部分は変わっていないようである。

 しかも、その後、格好をつけた割には逃げ足の早さを見せてやるとの軽口とともに逃げ出しているのだから、一見、お調子者っぷりも逃げ出し癖も変わっていないように見える。 が、この時のポップの『逃げ出し』は、今までとは大きく違っている。

 今までのポップの『逃げ出し』は、まさに敵前逃亡だった。とにかく戦いを避けたくて、自分が逃げれば他の人間に負担が掛かることも顧みず感情のままに逃げ出すのが、初期のポップの逃亡動機だ。

 だが、この時のポップは敵から逃げようとしているのではない。
 戦いを考慮に入れ、ドラゴン達を自分の都合のいい場所へと引きつけるために自分自身を囮にして誘導しているのである。

 自分の安全よりも、仲間達や一般市民の安全の方を重視していなければこんな行動は取れないだろう。

 しかも、この時ポップは戦いを決意するだけでなく、効率的な方法を計算した上で動いている。もしポップが戦いを最重視するつもりなら、ドラゴン5匹を前にした段階ですぐに攻撃を仕掛けるのも可能だった。

 最初からドラゴン達は地面の上にいたのだし、ポップがかけようと考えていた呪文の発動条件は満たされている。だが、デパートにいる客達の安全を考えれば、彼らが避難をする時間を稼ぐためにも場を離した方がいい。

 戦いの場でも冷静さを失わずにそう計算するだけの頭脳と、それを実行できる度胸を、この時のポップは見事に発揮している。
 この時、ドラゴンの気を引くため、ポップはわざわざ走って逃げている。

 多くのファンタジー世界と違って、DQ世界では伝説上の怪物や幻獣の解釈に独自のものがあり、一般的な伝承とは違っている部分が多々にあるが、ドラゴンもその一種だ。多くのファンタジー小説ではドラゴンは翼を持って空を飛ぶ怪物であり、時として神にも等しい知能を持つ生き物とされているが、DQ界の一般のドラゴンに翼はない。

 炎を噴く最強クラスの怪物ではあるが、四つん這いに這って動く知能の低い生き物とされているのだ。

 相手が飛べない以上、すでにトベルーラを覚えたポップが本気で逃げようと思うのならもっと楽に逃げることができるのだが、ポップの目的はドラゴン達を手頃な場所へ移動させることにある。そのせいか、ポップはかなり冷静だ。ドラゴン達の様子を伺いながら、彼らが吐く炎も余裕を持って躱している。

 ところでかなり推測混じりの余談になるが、ポップがこの時ドラゴンとの対決に終始落ち着いた対処を取れたのは、アバンの教育があったからこそではないかと筆者は考えている。

 アバンの修行でダイがアバンが化けたドラゴンと直接対決したように、ポップもまた、以前アバンから同じ修行を受けた可能性は決して低くないだろう。ダイの修行の際、ゴメちゃんのジェスチャーだけですぐに事情を察した辺りや、ドラゴンがいかに危険かを知っていたことを考えれば、ポップにも似たような経験があったと考えるのが自然だ。

 まあ、残念ながらアバンとポップの修行光景というのは作品中では語られていないため、これは推測でしかないのだが。

 それはさておき、人家も疎らな町外れらしき場所までドラゴンをおびき寄せたポップはトベルーラである程度の高さまで飛び上がり、攻撃に転じている。
 この時、ポップが取った戦法は、全魔法力を注ぎ込んで自分の最大攻撃を敵に叩き込むという方法だ。

 一見無謀なようだが、これはこれで正解だろう。
 1対5ではあまりにも不利だ。防御を引き受けてくれる前衛がいるのならともかく、魔法使い一人での戦いならば大呪文で一気に勝負をかけた方が、結果的には被害も少ない上に成果も大きい。

 ましてや相手はドラゴンであり、最強の怪物の名に相応しい高い防御力を持っている。生半可な呪文で様子を見るよりも、一気に勝負を付けた方がいい。


 戦場において、敵を叩く時は持てる全ての戦力を注ぎ込んで叩くのが鉄則だ。防衛線ならまだしも、攻撃に打って出る際に戦力を出し惜しみするのは古来から愚策とされている。
 まあ、魔法使いがペース配分も全く考えずに単独行動でその戦法を取るという点では多少の疑問は残るが、やり方としては効果的なのは事実だ。

 この時、ポップが使ったのが重圧呪文――ベタンだ。
 これまでダイ大世界では敵味方を問わずにDQに登場する呪文しか使わないという前提で話が進められていたのが、その印象を大きく覆したのがこのオリジナル呪文である。

 実はこの時が、マトリフからもらった杖の初使用でもある。魔法力を込めると杖の柄が伸び、先端の宝玉部分が輝くという演出と共に繰り出された呪文は、上から下へと見えざる圧力で一定の円の範囲内にいる怪物を押し潰すという効力を発揮している。
 その威力は凄まじく、ドラゴン5匹が一気に押し潰されて目を回している。

 だが、凄いのは威力だけでなく魔法力の消費もらしい。呪文を唱えた直後、ポップは魔法力が尽きて浮力を失い地べたに落下している。
 ところでこの時、ポップは自分自身でもマトリフに与えられた呪文の成果に感心している。

 マトリフによって修行を受けたのなら当然、彼と共に呪文も使用したのだろうし、呪文を唱える時に自信満々に唱えたところから見ても、これが初めてというわけではないだろう。だが、実戦で使ったのはこれが初めてだっただけに、敵に対してどれ程のダメージを与えるものか本人もよく分かっていなかったのではないだろうか。

 後にこの呪文が使われた箇所から判断するに、この重圧呪文はポップの魔法力の注ぎ方によって威力や持続時間が左右される呪文のようである。
 が、この時のポップは確実に相手を全員倒したかどうか確認する前に呪文を解いてしまったようだ。そのせいで、ダメージの浅かった二匹のドラゴンが起き上がってきている。


 この後ポップからダイの戦いの方に視点が移るので、その後、何が起こったのかは定かではないのだが、その後ドラゴン二匹が這いずっていたポップには目もくれず、レオナ達の方に向かって暴走してしまっているところを見ると、正常な判断力を失っている可能性は高そうだ。

 普通ならば自分達に攻撃した魔法使いに真っ先に報復しそうなものだが、彼らはほとんどポップには攻撃してはいないようだ。ただ、ドラゴンに重圧呪文をかけた直後のポップと、ドラゴンを追ってレオナに逃げろと忠告したポップでは、明らかに後者の方が怪我が増えているし、服も汚れている。なんとかしようとして足掻いた痕跡が、見えるのだ。

 たんこぶができるなど軽傷でダメージはたいしたことはなさそうだが、何分この時のポップは魔法力を使い果たしており、立つこともまともできない有様である。そんな状態でドラゴンに攻撃されなかったのは、幸運としかいいようがない。

 だが、結果から見ると結局ポップは引き受けた怪物を全部倒しきることができず、しかも、本来最優先で守るつもりだった避難民達への方角への暴走を許してしまっている。一応忠告だけはしたものの、ドラゴンよりも後からやってきて告げているようではかなり手遅れ感が強かった。

 幾度かの実戦を経て度胸も思考力もだいぶ成長してきたが、やっぱり肝心なところでポップは詰めが甘いようだ。
 

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