01 竜の騎士の伝説(1)

 

 ダイが竜の騎士であり、その伝承がテランの国にあると知ったダイ達は、メルル、ナバラと一緒にベンガーナからテランへと向かっている。
 この行動は、勇者一行としてひどく珍しいイレギュラーな行動と言っていい。

 ダイ達は基本的に、魔王軍と戦うためか、そのための修行に繋がる行動しかしない。戦いの帰還が短かったこともあり、ダイ達は息抜きと呼べる時間さえほとんどとっていないのだ。デパートの買い物でさえ、レオナの気分転換以上に装備の充実という名目が優先されていたのである。

 だが、ここで勇者一行がテランに行く必然性も、戦略的な意味もない。というよりも、むしろこの行動は勇者一行にとってはマイナスに当たる選択肢と言える。
 思わせぶりで信用のできない敵とはいえ、キルバーンは超竜軍団長がダイに会いにくると予告していった。

 ダイとポップだけではドラゴン数匹で苦戦したことも考えれば、その長に当たる軍団長の襲来に合わせ、できるだけ早く本拠地に戻って陣営を整えるのが定石だろう。
 だが、ダイ達はパプニカに連絡を取るよりもテランへと向かうことを優先している。
 これは、明らかにダイの気持ちに沿った行動だ。

 自分が竜の騎士だと聞かされたダイはそれに動揺し、詳しく知りたいと望んでいる。その気持ちを汲んで、レオナが主導する形でテランに向かったと考えた方がいいのではないだろうか。ポップはもともと行く先に強い意思表示を見せることはないし、ダイの正体や竜の騎士についてもレオナほどの関心を持ってはいなかった。

 この時のテラン行きに、ポップの意思が関わっている可能性は低い。
 また、焦りを感じたダイに、そこまで具体的な行動を取るだけの冷静さがあったとも思いにくい。

 ダイの焦りを察してテラン行きの段取りを取り決めたのは、おそらくはレオナだ。戦略よりも人の心を重視する傾向のある彼女は、ダイの心を落ち着けるためには本人が真相を調べた方がいいと判断したのだろう。

 この時のダイは、いつものおおらかさを失っている。久しぶりに故郷に帰ったメルルやナバラの感傷や、彼女達の会話に耳を傾ける余裕さえないのだ。それどころか、ダイをなだめようと軽く肩に手を掛けたポップを、強く払いのけるというような行動まで取っている。

 この時のダイは、焦りの極致にいる。そのせいで、他人の気持ちまで慮っている余裕がないのである。
 だが、それでもダイはすぐに反省して、ポップに謝るだけの優しさは持っている。

 しかし、この時のダイは自分がなぜ焦っているのか、どうしてこんなにも自分の正体を確かめたいのか、自覚はしていなかったのではないかと思われる。

 ダイはこれまで何度も、竜の騎士の力を振るってきた。だが、それを不思議に思ったり、不安になることもなかった。つまり、竜の騎士の力自体はダイにとっては別に忌避すべきものではないし、特に調べておきたいようなものでもなかったのである。

 だが、ベンガーナでの出来事がダイの価値観を大きく揺るがした。
 ダイを芯から傷つけたのは、他人から向けられた眼差しだ。ダイを異端として恐れ、拒絶する眼差し……それは、ダイにとっては生まれて初めて味わうものだ。

 他人から嫌われる  これほど、人間の心を傷つけることはない。
 無人島育ちのダイは、これまで人間と深く関わったことはない。だからこそ、他人との諍いで傷ついた心をどうすればいいのか、全く分からない。

 そもそもダイは、なぜ自分が恐れられたかも理解しきっていない。
 生物が自分以上の強さを持つものを恐れるのは、本能的、あるいは経験的に刷り込まれるものである。そうでなければ、野生では生き残れないからだ。

 しかし、ダイの生まれを考えればその本能があるかどうか、疑わしいものである。竜の騎士が世界の粛正のために作られた生物であるというのなら、他の対物のように繁殖や生存を第一としているとは考えにくい。闘争心を高めるため、強者に対する恐怖心が薄れるように本能を加減されている可能性がある。

 それに、ここまでのダイの経験に徹底的な敗北はない。
 ハドラーとの対決でさえ一矢をむくいたダイは、手も足も出ない相手の前で惨敗するという経験がない。それだけに、その気になれば自分を叩きのめせる相手がすぐ側にいる恐怖を理解はしにくいだろう。

 さらに言うのなら、ダイとって『勇者』は絶対的な正義だ。
 小さい頃からブラスに勇者の素晴らしさを聞かされ、勇者に憧れ続けたダイは、怪物を倒して人々を救う勇者は誰からも好かれ、尊敬されると無条件で信じている。実際にダイはこれまで勇者として振る舞い、多くの人々に感謝されていた。

 ダイの中では勇者として頑張ることと、人間達と仲良くすることは同義の意味合いだったはずである。
 しかし、その大前提が覆されたのである。

 自分が悪いことをしたから他人から嫌われたのなら、ダイとしても理解できたに違いない。だが、ダイ自身としては正しいことをしたはずなのに、他人から嫌われてしまった――それを、納得しろという方が無理である。

 大袈裟にいうのであれば、アイデンティティーの喪失である。
 ダイが今まで信じていたことが、この時、根本から覆されてしまったのだ。崩れたものを支えたい、構築し直したいと考えるのは当然だ。

 なぜ、嫌われたのか。
 それを気にして理由を探そうとするのは、むしろ当たり前のことだ。

 一番簡単なのは、相手が悪いと思うことだろう。多くの人間はケンカをした時、自分ではなく相手が一方的に悪いと思いたがるものだ。
 そうすることで自己正当化をはかり、傷ついた心を癒そうとするのである。

 しかし、ダイはキルバーンの誘導のせいもあり、自分が人間ではないからこそ嫌われてしまったという結論に辿り着きつつある。
 嫌われた理由を他人にではなく、自分の中に求めているのだ。自省を優先するのは一見、素晴らしいことのように思えるが、実はそうでもない。

 もちろん、自分を深く反省するのはいいことではあるのだが、他人だけが悪いと思うのが何の解決にもならないように、自分だけが悪いと思うのも何の解決にもならない。責任の押しつけが自分に向くか、他人に向くか、それだけの差でしかないからだ。
 そして、この考え方は極端な方向に向きかねない危険性がある。

 いい例が、ヒュンケルやバランだ。
 責任を他人に求めている間は人間そのものを憎み、自分が悪いと思ってからは自己犠牲という形で過去を償おうと考えているのだから。

 もっとも、この時のダイにはそれに気づくはずだけの余裕もない。
 自分が本当に人間なのかどうか……その一点だけを気にしているのに、竜の騎士について教えてくれと焦るダイは、自分が本当は何を求めているのかにも気がついていない。

 ただ焦りに駆られ、本人にとっては知らない方が幸せな真実を求めてもがいているこの時のダイは、ひどく気の毒に思える。

 

2に進む
七章98に戻る
八章目次に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system