02 竜の騎士の伝説(2) |
ナバラに案内され、ダイ達は竜の像が祭られた湖へと案内される。 実はダイ自身は自分の額に浮かんだ紋章を見たことがないので、レオナに確認を取っている。 竜の騎士は人かどうか分からないが、とてつもない強さを持つ神の使い――ナバラもメルルも竜の騎士への畏敬の念は持っているものの、ダイに対しては通りすがりにも等しい希薄な関係しかないだけに、淡々と伝承について客観的に語っているのが印象的だ。 メルル達はこの時点ではダイを竜の騎士と認識しているが、彼女達の国の信仰に対して少し冷めた感情がいい方向に働いている。この時点でメルル達からも恐れの眼差しを向けられたのなら、ダイのダメージはより大きくなっただろう。 だが、この時は運良くというべきか、ダイは感情を交えない竜の騎士の伝承だけを聞かされている。 説明は竜の騎士の強さを保証するものであり、ある意味『勇者』にとっては都合のいいものではあるのだが、ダイの関心は強さではなく竜の騎士が人間であるかどうかに絞られている。紋章や力から見てダイが竜の騎士なのはすでに決定的なのだが、自分が人間だと思いたいダイにしてみればこの説明でも納得しきれなかったらしい。 ナバラから竜の騎士しか入れない神殿が湖の底にあると聞いたダイは、そこに行って真相を確かめようとしている。 ダイの勇気は主に戦いの場で評価されがちだが、ダイの強さは心理面でも大いに発揮されている。竜の神殿の説明を受けそこに一人で行こうと決めた段階で、ダイはある程度の心の整理もつけている。 さっきまでの焦りが消え、自分を気遣ってくれるレオナやポップに対していつも通りの態度を見せている。だが、それは真相に近付いたことで落ち着き、余裕が生まれたというわけではない。 湖に飛び込む前、ダイは珍しく自分の心境をポップとレオナに向けて語っている。それも二人に背を向けたままで、だ。 生き物の感情や意思は、目に現れる。言語を持たない怪物と暮らしていたダイからみれば、言葉などよりも目の輝きや態度から相手の感情を推し量る方が楽だったに違いない。それは言い換えれば、恐れの眼差しを向けられることは、ダイにとっては罵られるに等しいダメージを受けるということだ。 ベンガーナで向けられた眼差しのダメージから立ち直っていないダイにしてみれば、その傷はまだ癒えていない。 この時、ダイは自分が人間でなければ人間には受け入れられてもらえないことを嘆いている。この時点ですでに、ダイは自分が人間ではないことを薄々自覚しているのである。そしてダイは、自分が嫌われるべき存在だという結論を半ば受け入れかけている。 ダイにとっては認めがたく辛いことであり、泣くほど悲しいことであるのにもかかわらず、ダイはその事実を受け入れようとしている。 ダイの思想は、極めて動物的だ。ほとんどの動物は、自分の身に起こる出来事を有りのままに受け入れて生きていく。 人間達は自分達の都合で周囲の環境を変えるが、それに対して不満を持つのは人間だけだ。動物達は人間のせいで自分達の生活の幅が縮まったとしても、それを恨んだり嘆いたりはしないだろう。 だが、基本的な思想は動物に近くても、ダイは人間と同じ感情を持っている。 ショックを受けるであろう事実を一人で受け止めたいと考える気持ちも、ポップやレオナに嫌われたくないと言わずにはいられない心の動きも、人間そのものだ。 ダイにとって神殿で真実を確かめるということは、自分が人間ではないとはっきりさせるようなものだ。つまり――自分が人間だと思える時間、そして人間だと思ってもらえる時間は、後わずかしかないかもしれないと認識しているのである。 だからこそ、そのわずかで貴重な時間に、自分にとって大切な人間に対して自分の気持ちを言い残したいと思ったのだろう。 あれほど嫌われたくないと強く思いながら、嫌ったりなどしないとの励ましや約束の言葉を求めることもない。それどころかダイは返事を聞くのが怖いとばかりに、ポップやレオナが自分を呼び止めるのを振り切って水に飛び込んでいる。 ポップはまだしもレオナが叫んだのは確実に水に飛び込む前なので、声が聞こえていないとは思えない。足を止めなかったのも、引き返さなかったのも、明らかにダイの意思によるものだ。 そういう意味では、ダイはすでにポップやレオナに嫌われる未来をも受け入れ、認めようとしていたのかもしれない。 勇者としてではなく、ダイはこの時は一人の人間として過酷な事実に向かい合おうとしている――以前、マトリフがポップに忠告を与えた状況がこの時、実現しているのである。
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