06 竜の騎士の伝説(6)

 

 泣きながら水中へ潜ったダイは、それでも水の中でナバラに言われた神殿を探している。この辺にダイの真面目さがよく現れている。どんなにショックを受けても、また、真相が自分にとっていい結果になりそうもないと予測していても、きちんと確かめたいと望む強さをダイは持っているのである。

 その時、突然額に紋章が浮かび上がりダイは神殿の場所を察知する。竜の紋章が戦い以外の場で自動的に発動を発揮する、数少ないシーンの一つである。
 湖の底で不思議な建物を見つけたダイは、それを竜の神殿かと考えている。

 この時、ダイが見つけた神殿は何本もの柱で屋根を支える形の平屋造りの建物だ。簡素な形の神殿だが、その造りを良くみると湖の中央に設置された桟橋の先端にある石柱と似ているのに気づかされる。これはもちろん、地上の石柱の方が水中の神殿を模したものなのだろう。

 テランの国民達がこの湖に竜の神の神殿があると知っていることも考えると、この石柱は古い時代のテランの国民が作ったのではないかとも考えられる。

 テランの民が信仰の表れとして作った物なのか、それとも覚醒した竜の騎士が湖を目指す際の目印となるために作った物なのか  特に作中では説明されていないだけに、興味を引かれる部分だ。そもそも、竜の神殿自体もテランの民が作った物なのか、あるいは竜の神が作った物なのか明確にはされていない。

 神殿は水中にあるためか周囲を壁で厳重で仕切られ、扉には取っ手すらなく巨大な球状の物が付けられているだけだ。しかし、竜の紋章が入り口にしっかりと飾られているので、間違いなく竜の神殿だと知らしめている。

 この時、どうやって中に入ろうか迷っているダイが偶然に球に手を触れた途端、紋章の中央に飾られた宝石が輝き、ダイの身体が球の中に吸い込まれるという描写がある。

 ただでさえ人目に付かない湖の底、しかもすぐには見つからないような深みにある上に、そもそも竜の騎士でなければ入ることさえできないと言うこの神殿は二重、三重のセキュリティーに守られているのである。
 しかもこのセキュリティーは、どうやら成長した竜の騎士を対象とするものらしい。

 湖の底にまで潜れる程泳ぎが達者でなければ、そもそも神殿に近付くにも不可能だ。ダイが意識して紋章の力を使おうと考えなくても、近付いただけで紋章が輝きだした点、さらには中に入ったダイが竜の騎士について語るしゃべる水晶と出会ったことから考えても、この神殿は自分の力や存在について未覚醒な竜の騎士に対するガイドマニュアル的ものではないかと筆者は推測している。

 その際、この喋る水晶というのが非常に興味深い。バランが後に竜水晶と呼んでいたので、それに習おう。

 神殿の番人と名乗った竜水晶は、一方的に記録された言葉を流すようなタイプの水晶ではない。周囲の状況を把握し、相手の質問に対してきちんとした受け答えのできる機能が備わっている。しかも驚くべきことに、突発事態に対して自分の意思で自発的な疑問を口にすらしている。

 ダイ大世界では魔法道具にでさえ感情や意思があってもおかしくはない設定ではあるが、竜水晶は一種のニューロコンピューター的な性質を持っていたのではないかと筆者には思える。

 何しろ竜水晶自体には、目の前にいる生き物を識別する感覚は備わってない。ダイに対して何者かと問い掛けてさえいるのだから、見ただけですぐに相手の正体を分かるほど便利な機能はないのである。その意味では、神殿の入り口にあった門の宝石の方が鑑定力には優れていると言える。

 だが、竜水晶は相手に対して質問を投げ掛けることにより、より詳しい情報を得る能力がある。この神殿内に入った時点で、竜水晶はダイが竜の騎士だという確信を得ていた。なのに、ダイ本人がどういう認識を持っているかを確認するために本人に質問を投げ掛けた。

 ダイ自身がまったく自分の正体を自覚していないと確認してから、竜水晶はダイが竜の騎士だと断じ、竜の騎士がどんな存在かを教えようとしているのである。
 相手からの質問を受けることで情報量を増やし、相手にとって適切なアドバイスを与えていく  この方法は機械などの相談を受け付ける電話オペレーターなどがよく使っている方法だ。

 相談する側が適切な知識を持っているのならマニュアル本を渡すか一方的にガイダンスを流すだけでもことが足りるが、相手の知識によってはそれでは役に立つまい。

 相手が無知であればある程、知識を授ける側には配慮が必要になる。
 相手にどのくらいの知識があり、何を欲しているか  それを見定める能力が竜水晶にはある。これが生き物ではなく道具だというのならば、現代科学も舌を巻く程の驚くべき高性能ニューロコンピューターだ。

 ダイは中央部の部屋に入って水晶が喋った事実には驚いているのだが、自分の出生を気にしているせいか、特に水晶の存在に疑問やら疑いを抱いている様子はない。実に素直に水晶の存在を受け止め、普通に会話してしまっている(笑)

 その分け隔てのなさがダイの魅力といえば魅力なのだが、正直もう少しでいいからこの不思議な水晶自体に興味を持って、いろいろと聞いてほしかったものだ。これが神が作った物なのか、あるいは人間の手による物なのか、せめてそれだけでも知りたかったものである。

 しかし、ここではダイの興味は自分の正体についていっぱいいっぱいであり、その他の謎など眼中にない。

 ダイはここで、真っ先に自分が何者なのかを確かめている。薄々は自分が竜の騎士ではないかと疑っていたダイは、竜水晶にそれを肯定されて素直に認めている。だが、それ以上にダイが気にしているのは、竜の騎士が人間か、怪物なのかの差だった。

 なにしろダイの世界には、人間と怪物しかいない。
 怪物であるブラスに育てられたダイは、神の存在は知っていても信仰していたがどうかは怪しいものだ。どちらかといえば、ダイにとってはブラスが尊敬し、人間と怪物が平和に暮らせる世界を作ってくれた『勇者』の方が尊敬や憧れの対象として感じられただろう。


 そして、ベンガーナで少女に拒絶される時までは、ダイは自分は人間だけど怪物と仲間だと認識していた。これまでダイが出会った人間は、勇者として振る舞うダイに肯定的だった。ダイは勇者を目指していれば、自分は人間とも友達になれると思っていた部分が少なからずあっただろう。

 しかし、少女やその他の人間達の拒絶はダイの中のその信頼を奪い、心を深く傷つけた。
 その直後からダイが自分の出生にこだわりだしたのは、自分が嫌われた理由を必死で探す行為に他ならない。

 男女間の話に置き換えて考えると分かりやすいが、ケンカの後で男女問わず『男って〜だから』とか『女はしょせん〜なんだよ』という一般論で語りたがる者は多い。
 実際には諍いの原因が自分や相手にあったたからこそケンカをしたのだが、そうではなく『相手の性別』というどうしようもなく動かしがたい理由があるからそうなってしまっただけで、自分も相手も悪くないと自己正当化する心の働きだ。

 だからこそダイは、自分……竜の騎士が人間なのか怪物なのかを拘って聞きたがった。ここで人間だと保証されたのなら、ダイは今まで通り自分は人間だと思い心を癒すこともできた。怪物だと言われたとしても、それなら自分はブラスや島の仲間達の本当の一員なのだと思うこともできただろう。

 しかし、竜水晶はそれも否定してしまった。
 竜の騎士とは、竜の神、魔の神、人の神によって太古に生み出された究極の生物だと説明している。この事実が、ダイに与えたダメージは大きい。

 自分が竜の騎士だと宣言された時よりも、竜の騎士が人間でも怪物でもないと知った時の方が、明らかにダイは大きなダメージを受けている。

 ダイにしてみれば、この時、自分が今まで接してきたコミュニティ全てを否定されたも同然だ。人間に拒絶された上に、客観的な第三者からもおまえはやはり人間ではないと言われ、さらには育ての親とも全く違う生き物だと言われてしまった。

 大袈裟に言うなら、ダイはこの時、アイデンティティーを喪失した。
 神に親しみを感じていないダイにしてみれば、自分が神に縁がある存在だと知っても少しも喜べない。むしろ、なんでそんなものがいるのだという疑問の方が強かったのだろう。


 ダイはその疑問を竜水晶にぶつけている。
 しかし、残念ながら竜水晶がその答えに応じることがなかった。もし、ここで竜水晶が応じていたのなら、どんな風に答えたか……それを聞けなかったのが残念だ。

 ちょうど説明し掛けた時に、竜水晶はもう一人この神殿に入った者がいるという事実を感知し、その説明を優先してしまった。
 単に質疑応答に答えるだけの道具と違い、目の前で起こった現象に対して可能な限り対処する高性能な機能がここでは裏目に出てしまっているとは皮肉な話だ。

 

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