07 竜の騎士の伝説(7)

 

 ダイとの出会いの際、バランはなんと、神殿中央部の扉を破って登場してくる。
 しかしそんな乱暴な手段を使う割には、バランは驚くダイに対してひどく冷静に自分の名を語っている。

 冷静沈着でありながら、行動は唐突であり粗暴さすら感じさせる――読者にとっては今まで落ち着いた一面しか見せなかったバランが、初めてその二面性を見せるシーンだ。

 しかし、ダイにとってはこの時こそが、バランとの初対面だ。
 ダイはこの時バランの正体を当然知らないが、扉を粉砕して入ってきた段階で最大限の警戒心を見せている。その上、バランが『超竜軍団長バラン』だと名乗ったのだから、魔王軍と戦っている勇者としては敵対心を持つのは当然だろう。

 名を聞いた段階で、ダイはバランとの死闘を予感している。
 だが、この時ダイはバランに対して『不思議な感じ』がすると直感もしているのだ。自分をじっと見つめるバランの態度に、何か、普通の敵とは違うものを感じたのかもしれない。

 このダイの直感は後で大きな意味を持つことになるが、この時はダイは総合的にバランを敵として見ていた。

 乱暴な登場もさることながら、ベンガーナで竜達と戦い、キルバーンから超竜軍団長の襲撃を予告されるような台詞を言われたことで、ダイは最初から超竜軍団長に対して悪印象を持って当然だろう。……この辺に悲劇を期待し、他人の不幸を観劇として楽しむキルバーンの悪意が見え隠れしている気がしてならない。

 ところで、ダイとバランの対面の片隅で、竜水晶がバランの正体について推論を行っている。竜神殿に入ってきたバランは竜の騎士だと考えつつも、同じ時代に二人の竜の騎士がいるなど有り得ないと自分で自分の推理を否定しているのだが  ダイはこの話をほとんど気に留めていない。

 バランの存在に全神経を使っているので、他のことや意味不明な説明を聞く精神的余裕がないのである。バランはそこまで神経を払わないといけない強敵だと、本能的に判断したせいだろう。

 緊張感が漂う中、ダイとバランの会話はどこかちぐはぐなまま進んでいくのが興味深い。
 ダイもバランも、相手の質問に対しては正直に、知っていることをそのまま返すという点では共通している。また、自分の考えをしっかりと持っていてブレがなく強固にそれを主張できる反面、自分と相手の考えの違いを交渉によって歩み寄ろうとする考えが皆無な辺りも、そっくりだ。

 しかし、ダイとバランは自分の感情をきちんと口にするかどうかという点が、大きく違う。ダイが自分の感情を素直に表現するのに対し、バランは自分の感情を可能な限り押し隠そうとする。

 だからこそバランの言動は、静と動が大きくかけ離れているように見える。
 そのせいで、ダイはバランの言動に随分と戸惑っている。
 乱暴に扉を破ってまで乗り込んできた魔王軍の軍団長であり、『ダイ』を探していたのだから、当然の様にダイは彼が自分を倒しにきたのかと考えた。

 だが、そうではないと否定し、バランは淡々とダイが竜の騎士であることを確認した上で、自分の部下となって人間を滅ぼせと勧誘している。
 あまりにも唐突で直接的なこの誘いに、ダイが驚愕し、怒りを感じるのも当然だ。

 しかし、バランは冷静さを崩さない。自分の要求が竜の騎士の務めに沿ったものだと、説明している。

 ここでバランが語る竜の騎士の伝説は、ナバラや竜水晶が語ったものと大筋は同じではあるがもっと詳細で詳しい。竜の騎士が実際に神々の手で作り出した生物兵器であること、野心を抱いた種族を滅ぼし天罰を与えるのが竜の騎士の使命  この説明にダイは衝撃を受けながらも、即座に反論している。

 しかし、ここでダイが反論したポイントが自分が『竜の騎士かどうか』についてではなく、『人間が滅ぼされるのは間違っている』ことなのに注目したい。

 自分の出生についてあれだけ迷い、自分が人間に嫌われるかもしれない種族かもしれないと怯えていたにも関わらず、ダイは初めて会った同族や自分の正体よりも、バランの語った竜の騎士の使命の方を重視している。

 これは、ダイが自分が竜の騎士だと受け入れはじめている何よりの証拠だ。ダイはまだ自覚をしていないかもしれないが、言葉の端々に自分と人間を別のものとして見ている節が現れている。

 野心を持った種族……即ち人間を滅ぼすべきだと言う理論を聞き、ダイはこう反論している。

『…だったら! 大魔王バーンの方がよっぽど悪いじゃないか?!』

『おれは…おれは誰がなんと言おうと人間の味方だっ!!』

 後の話になるが、ポップも似た様な状況で人間は滅びるべきだとの発言に対し、やはり反論しているが、ポップは『おれ』達が殺されることに対してひどく怒りを感じ、憤っている。ポップにとっては、人間を滅ぼすという意見は他人事ではない。まさに当事者の問題だ。

 しかし、ダイはこの時点ですでに第三者的な視点で人間を見ている。その上で、ダイは人間の味方でありたいと思っているのである。
 自分が人間ではない事実を受け入れ、それでも人間の味方であろうとするダイの必死さが感じ取れるだけに哀れだ。

 だいたいバランの言動は、ダイにとっては唐突すぎるのである。
 ただでさえ自分が人間ではないと知り衝撃を受けたばかりなのに、それが鎮まる間も与えず、心の準備もできないうちに次々と今までのダイの価値観をぶち壊しかねない発言を繰り返しているのだから、動揺するのも無理もない。

 しかし、それでもダイはバランの言動を無視できない。
 自分が人間ではなく、とある役割を持って生まれた竜の騎士であると自覚し始めたダイは、バランの理屈を受け入れなければいけないことを恐れている。

 バランからバーンに力を貸せと命じられ、過剰なまでに拒絶反応を見せているのは、ダイの恐怖心の裏返しと言える。全力で否定しなければ引き込まれてしまいかねない危機感を感じたからこそ、ダイはバランの誘いを断ると同時に剣を抜き、自分の最強の技であるアバンストラッシュを打ち込んだ。

 言動こそは過激でもまだ剣も抜かず、全く敵対する姿勢を見せない相手に対して、激しすぎる反応だ。バランの強さを直観的に感じたせいもあるだろうが、ダイにしては珍しいほど好戦的なこの反応は、ダイの中の恐怖心がそうさせたのだろう。

 人は、恐れを感じた時が一番徹底した攻撃を行うものだ。
 暴力に訴えてでも相手の意見を拒否せずにはいられない精神状態まで、ダイは追い詰められてる。

 だが、そんな状況にもかかわらずダイが選んだ選択を筆者は称賛したい。
 ダイは同族であるバランの味方をするよりも、今までずっと共に過ごしていた人間の味方でありたいと望んだ。

 無意識の中で選んだダイのこの選択は、この先もずっと変わらない。
 人間ではない勇者が、人間の味方として生きる道を選ぶ――ダイの大冒険に深みを与えるテーマが、この時、確立しているのである。

 

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