08 竜の騎士の伝説(8)

 

 ダイから見たバランは、強引であり一方的な要求をつきつけてくる見知らぬ強敵として登場する。

 他人から見ると彼の言動も理屈も唐突に見えるのだが、しかしバランの中ではそれは唐突ではあるまい。長年の間、心に決めていた決断に他ならないからだ。おそらく、バラン自身は自分では筋の通った言動をしているつもりなのだろう。

 事実、彼の言動は猪突猛進の一言に尽きる。しかも彼は不器用なぐらいに愚直に、嘘を交えずに誠実に話をしようと努力してはいる。

 その証拠に、バランはダイからの質問を一つも無視はしてはいない。聞かれたことに対しては正確な答えを返しているし、ごまかしは一切してはいない。竜の騎士の使命や伝承などにはバランなりの偏見や意見が多少混じってはいるが、彼が本心からそう思っていることをそのまま伝えていることには変わりはない。

 ダイを倒すつもりはなく、後でダイを傷つけたくないと言った言葉の通り、ダイの先制攻撃を受けた時でさえバランは反撃どころか避けもせず、受け身すら取ろうとしなかった。
 バランが終始、紳士的な態度でダイとの話し合いを望んでいたことは認めてやらないといけないだろう。

 ――が、バランの場合、言い分があまりにも強引過ぎるのである。いろいろと長く理由をつけて語っているが、バランの要求はたった一つだ。

『自分と一緒に来て、同じ目的のために共に行動してほしい』

 ダイは全く気がつかず、バランも意識していないかもしれないが、これは家族やそれに匹敵するほど親しい相手に対して求める要求だ。しかも、そのために今までの生活を全て捨てろと言外に求めているのである。……ほとんど駆け落ちプロポーズ並である(笑) こんな要求をいきなり見知らぬ相手から求められ、二つ返事で頷く者などいるわけがない。


 世界で一番自分を優遇しろと言っているも同然の、傲慢にもほどがある態度だ。
 だが、この傲慢さはバランのダイを求める心の強さの裏返しだ。

 後で分かるが、バランとダイは実の親子であり、彼が生き別れになった息子に対して深い思い入れを持ち、長年探していた。バランにとってはダイは最愛の妻の忘れ形見であり、とうてい無視しきれる存在ではない。

 バランの中では、息子を取り戻すことは妻を失った心の傷を埋める延長線上の行為に等しい。

 だからこそバランは息子を見つけた場合、どうしたいかを最初から考えていたに違いない。妻を失った悲しみのあまり強い復讐心に囚われたバランは、その怒りを全て人間に向けており、復讐を果たすことが妻へできる唯一のことだと盲信していた。

 つまり、バランには世界で一番優遇し、優先している目的がある。
 それを自分にとって大切な人と目的を分け合い、共に行いたいと思うのは人間の感情としてごく当たり前のものだ。……バランのしようとしていることの是非は、別問題になるが。

   が、バランの悲劇はあまりにも自分が求める目的に固執するあまり、他人の感情に配慮する余裕を失ってしまったことにある。

 他人の気持ちを少しでも慮る心があれば、たとえ相手に一目惚れをしたからと言って即座にプロポーズしたりはしない。いや、別にプロポーズをしてもいいし気持ちを伝えるだけならば問題ないが、相手が自分を選ぶかどうかは相手の判断に任せなければ意味がない。
 相手の意思も拒絶も無視して力づくで欲求を押しつけるのは、愛ではなくただの犯罪だ。
 だが、バランはそれに気がつかないのか、あるいは気がついていても無視しているのか、ダイの拒絶を聞いても諦めずに強引にことを運ぼうとしている。

 バランは無口で自分の感情を外に見せないため落ち着いて見えるだけで、実際には目的に一直線に邁進するタイプだ。目的に対しての最短距離しか見えていないし、また、それ以外の交渉や懐柔などの道を選ぶ気など全くない。

 だからこそ淡々と自分の欲求だけを端的に口にし、それで相手が従わなければ力づくで目的を押し通そうとする。つまり、バランにとっては目的の達成こそが最優先であり、その他のことは二の次、三の次にしてしまうだけなのだ。

 しかもバランは目的は口にしても、その目的を望む自分の理由……自分の感情を口にしようとはしない。だからこそバランの発言は冷徹、なおかつ唐突なものにしか聞こえない。
 その上、彼が常に建て前しか口にしないことがコミュニケーションにさらに障害を与える。

 バランがダイを求める理由は、亡き妻への愛情や血を分けた息子に対する執着心から生まれるものだ。が、バランは素直に自分の感情を口にするのをよしとせず、魔王軍軍団長や竜の騎士としての大義名分にをよりどころにしてダイを説得しようとしている。

 この辺も、不器用な父親丸出しである。
 子供を叱る時、子供の感情を一切無視して世間的な立場を押しつけ、都合のいい子でいろと要求している会社人間の父親と大差はない。

 これでは、ダイが素直に聞けずに反発しか感じないのは無理もあるまい。実の親から言われても反感を感じる台詞を、初めて会った見知らぬ敵に言われたのだから。感情を大切にするダイにとっては、バランのように大義名分に意義を見出だせない。ダイが拒絶するのは当然だ。

 しかし、バランには相手の意思を尊重するという思惑はない。
 あくまで自分の要求を拒絶するダイに、バランは説得をあっさりと諦めて力づくでことを運ぼうと方向転換した。

 ダイの腕を掴み、バランは竜の紋章を額に浮きあがらせている。
 余談だが、この時、ダイは初めて本物の竜の紋章を客観的に見たことになる。自分で自分の額を見れない以上、ダイにとって竜の紋章が自分の額に浮かんでいると話には聞いても、自分の目で見たのはこれが初めての経験になる。同時に、竜の騎士の闘気の凄まじさもダイは初めて味わっている。

 しかし、凄まじいまでの闘気の放出そのものより、注目すべきは『力づくでも連れて帰る』という彼の発言の方だ。
 バランにとってはダイを『連れて行く』のではなく、息子を連れ帰るという意識がある。感情の見えにくいバランだが、息子と共にいたいと願う気持ちがそれだけ強いのだろう。


 バランにとって息子と共に目的を果たすというのはすでに決定事項であり、変更余地のない不動の決意として凝り固まっている。この時のバランは目的を最優先するあまり、息子自身の意思を無視しても構わないと思うまでに思い詰めているのである。


《おまけ・気の毒な竜水晶》

 竜の神殿や竜水晶が竜の騎士を対象に作ってあるのは明確だが、その割には強度の面で大いに問題がある。

 神殿にしろ竜水晶にしろ、竜の騎士の力に耐える様にはできていない。と言うよりも、むしろあっさりとバランに壊されてしまっている。特に竜水晶はバランがダイに仕掛けた攻撃の余波で砕けてしまったのだから、気の毒な程である。

 バランの武器である真魔剛竜剣が抜きんでた頑丈さに加え再生能力もあり、現在の竜の騎士の居場所へと自動的に移動できる能力まで備えていたことを考えると、いろいろと不備のある竜水晶のお粗末さは、とても同一の制作者が造った物とは思えない。

 ダイは比較的冷静に自分の運命を受け入れたが、もし自分の運命を知った竜の騎士が本気で激昂したら途端に壊されてしまう様な代物なのだ。
 到底、竜の騎士の覚醒のために用意されたものとは思えない。

 しかも、竜水晶の補助などなくても竜の騎士は覚醒可能だ。現にダイは竜の神殿にくる前から紋章の力を使えていた。また、竜の騎士の記憶や戦い方などは紋章にデータとして刻まれていることを考えれば、わざわざ竜水晶が伝承や使命について教える意味が薄そうだ。

 実際、バランは竜水晶を全く尊重していない。
 竜水晶の役目である話の邪魔をするわ、神殿を壊すわ、揚げ句は竜水晶そのものも壊してしまっているぐらいだ。

 竜水晶の反応から見ると水晶とバランと初対面であり、竜水晶自体は彼を全く知らないようではあるが、バランの方は竜水晶の名を知っていた。しかも、竜水晶が竜の騎士に使命を話すということも知っていたのだから、詳しい知識を持っていると見ていいだろう。
 これは、竜の騎士に刻まれた記憶の一部ではないかと推理する。
 バラン自身は竜水晶に会った経験はなくとも、彼の前の時代の竜の騎士の中にこの神殿の記憶を持っている者がいてそれを継承したのではないかと考えれば、初めて見る竜水晶に対して詳しい知識を持っていても何の不思議もない。

 しかし、相手に対して知識があるのと、相手を尊重するかどうかは全く別の問題だ。
 バランの竜水晶や神殿に対する態度は一貫して冷淡であり、対人間用の礼儀を見せるどころか、単に貴重な道具に対する配慮すら感じられない。

 最終的には竜水晶は、バランがダイを無理やり連れ戻そうとした余波であっさりと割れてしまっているし、神殿は崩壊してしまっている。……今後の竜の騎士達にとって不利にならないか、心配になってしまうのだが、バランは一切気にする気配はない。

 この容赦のない乱暴さは、竜の神殿や竜水晶に価値がないから別にいいと考えてのことなのか、あるいは……希望的予測になるが、竜水晶には自動的に再生する機能などがついているから問題はないと知っているためなのか、気になるところだ。

 

9に進む
7に戻る
八章目次に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system