10 ヒュンケル達の偵察(2) |
ヒュンケルは単独で、ギルドメイン山脈からカール王国の北の海岸まで移動している。 ガルーダという移動役を持つクロコダインと別れたことや、作品内での描写を見る限りでは徒歩で移動したとしか思えないのだが、素晴らしいまでの健脚というしかない。 ダイ大世界地図は実に残念なことながら尺度が不明なため、具体的に何キロを移動したのかは計測不可能なのだが、どう贔屓目に見積もって最短距離を移動したと仮定したとしても相当な距離だと考えていいだろう。 だが、恐るべきことに鬼岩城の移動速度はそれよりもはるかに早い。 この情報には、二つの重要なポイントが隠されている。 しかし、これは読者の視点だから得られる情報であり、物語内ではヒュンケルどころかレオナでさえこの情報をキャッチ出来たかどうかは怪しいものだ。 だが、ヒュンケルは独自の調査により真相に近い推理を確信している。 ところで、ここでヒュンケルは重傷の男と出会う。重傷を負った若い男はカール王国の兵士であり、魔王軍に母国が襲われたという話を聞く。 彼に肩を貸して、城下町まで送っていってやっている。あっさりとした描写ではあるがここで注目したいのは公式ガイドブックに乗せられている世界地図だ。 死の大地と向かい合う方向の海岸に行くには、山脈を一つ越える必要があるのである。ヒュンケルが男に肩を貸しているシーンがあるが、彼らは実はその背景に見える山並みを越えてきているのである。 また、作品中では明らかにされていないが、初登場時は立つことも出来ずに這いずっていたことを考えると、兵士がちゃんと歩ける様に回復するように手当てもしたのではないかと考えられる。フレイザードとの戦いの際、ヒュンケルは余分の薬草を持っていてポップに与えたことを考えれば、彼が薬草を常備していた可能性は少なくないだろう。 ヒュンケルが偵察の途中だったことを思えば、彼の親切は特筆に値する。カール王国が滅びたという話を聞き自分の目で事実を確かめたいと考えたのも事実だろうが、怪我人の足に合わせてカール王国まで若い兵士を送るなどヒュンケルにとってはほとんどメリットはない。 詳しい話を聞くまでもなく、ヒュンケルは破壊された町の被害を一目見ただけで超竜軍団の仕業と断定しているのだから、情報源として期待していたとは言えない。 だいたいのところ、口下手なヒュンケルは若い兵士に対して聞き込みなどしてはいない。それどころか相槌すらろくすっぽ打たず、相手の話を黙って聞いているだけという不器用さ加減だ。これでは情報収集が目的とはとても思えない。 ヒュンケルが若い兵士に手を貸したのは実利的な理由からというよりは、心理的な要素が強いと思っていい。 ダイ達と出会い、レオナに救われたヒュンケルは明らかに変化した。 かつて、人間全てを滅ぼしたいとまで広言していた青年が、一番恩義を感じているダイ達のために力を貸したいと思うだけでなく、通りすがりの他人にすぎない若い兵士にも手を差し伸べようとしているのだから、これはずいぶんと大きな変化だ。 壊れた町並みを目の当たりにして嘆く若い兵士を見て、ヒュンケルはもし自分の正体を知ったらこの男はさぞ自分を恨むだろうと考えている。つい少し前まで自分の不幸のことだけで頭がいっぱいで復讐に囚われていたヒュンケルは、いつの間にか他人を思いやる心を取り戻しているのである。 しかし、レオナやパプニカ兵士達の前で自分の正体を明かした時とは違い、この時のヒュンケルは自分の罪や過去を相手に打ち明けはしない。以前の様に、安易に死ぬことで自分の罪が晴らそうと考えるのではなく、自分自身の行動で贖罪をしようと決めたのだろう。
兄と父という違いはあるが、身内を失った悲しみと衝撃を受けたという点で、若い兵士と幼い頃のヒュンケルには共通点がある。ダイがヒュンケルに対して同族意識を感じて感情移入した様に、ヒュンケルもまた、この若い兵士に対して同様の意識を抱いたのではないか……筆者はそう推測する。
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