10 ヒュンケル達の偵察(2)

 

 ヒュンケルは単独で、ギルドメイン山脈からカール王国の北の海岸まで移動している。
 これは作品中で46日目の出来事なので、レオナ生還パーティが開かれた後で移動した事実と照らし合わせて考えると、ヒュンケルは最長でも6日以内にこの距離を移動した計算になる。

 ガルーダという移動役を持つクロコダインと別れたことや、作品内での描写を見る限りでは徒歩で移動したとしか思えないのだが、素晴らしいまでの健脚というしかない。

 ダイ大世界地図は実に残念なことながら尺度が不明なため、具体的に何キロを移動したのかは計測不可能なのだが、どう贔屓目に見積もって最短距離を移動したと仮定したとしても相当な距離だと考えていいだろう。

 だが、恐るべきことに鬼岩城の移動速度はそれよりもはるかに早い。
 物語上では、鬼岩城が姿を消した夜に一般人による目撃証言がある。世界の果てとよばれる「死の大地」に近い洋上で大型船が沈没し、その生き残りの船員達が海に巨大な人影が立っていたと証言しているのである。

 この情報には、二つの重要なポイントが隠されている。
 まず、鬼岩城が相当の機動力を持つ人型歩行可能な移動要塞であること。そして、魔王軍が新しく本拠地に選んだのが死の大地であること――この二つである。

 しかし、これは読者の視点だから得られる情報であり、物語内ではヒュンケルどころかレオナでさえこの情報をキャッチ出来たかどうかは怪しいものだ。

 だが、ヒュンケルは独自の調査により真相に近い推理を確信している。
 鬼岩城のものと思われる足跡が死の大地が目視出来る海岸で途絶えているのを確認し、彼は大魔王バーンの本拠地が死の大地にあるのだろうと思いを巡らせている。

 ところで、ここでヒュンケルは重傷の男と出会う。重傷を負った若い男はカール王国の兵士であり、魔王軍に母国が襲われたという話を聞く。
 ヒュンケルはこの若い兵士に対して、ずいぶんと親切である。

 彼に肩を貸して、城下町まで送っていってやっている。あっさりとした描写ではあるがここで注目したいのは公式ガイドブックに乗せられている世界地図だ。
 カール城は海沿いに位置しているとはいえ、カールが面している海岸は内海だ。

 死の大地と向かい合う方向の海岸に行くには、山脈を一つ越える必要があるのである。ヒュンケルが男に肩を貸しているシーンがあるが、彼らは実はその背景に見える山並みを越えてきているのである。

 また、作品中では明らかにされていないが、初登場時は立つことも出来ずに這いずっていたことを考えると、兵士がちゃんと歩ける様に回復するように手当てもしたのではないかと考えられる。フレイザードとの戦いの際、ヒュンケルは余分の薬草を持っていてポップに与えたことを考えれば、彼が薬草を常備していた可能性は少なくないだろう。

 ヒュンケルが偵察の途中だったことを思えば、彼の親切は特筆に値する。カール王国が滅びたという話を聞き自分の目で事実を確かめたいと考えたのも事実だろうが、怪我人の足に合わせてカール王国まで若い兵士を送るなどヒュンケルにとってはほとんどメリットはない。

 詳しい話を聞くまでもなく、ヒュンケルは破壊された町の被害を一目見ただけで超竜軍団の仕業と断定しているのだから、情報源として期待していたとは言えない。

 だいたいのところ、口下手なヒュンケルは若い兵士に対して聞き込みなどしてはいない。それどころか相槌すらろくすっぽ打たず、相手の話を黙って聞いているだけという不器用さ加減だ。これでは情報収集が目的とはとても思えない。

 ヒュンケルが若い兵士に手を貸したのは実利的な理由からというよりは、心理的な要素が強いと思っていい。

 ダイ達と出会い、レオナに救われたヒュンケルは明らかに変化した。
 他人を助けたいと考える様になっているのである。

 かつて、人間全てを滅ぼしたいとまで広言していた青年が、一番恩義を感じているダイ達のために力を貸したいと思うだけでなく、通りすがりの他人にすぎない若い兵士にも手を差し伸べようとしているのだから、これはずいぶんと大きな変化だ。

 壊れた町並みを目の当たりにして嘆く若い兵士を見て、ヒュンケルはもし自分の正体を知ったらこの男はさぞ自分を恨むだろうと考えている。つい少し前まで自分の不幸のことだけで頭がいっぱいで復讐に囚われていたヒュンケルは、いつの間にか他人を思いやる心を取り戻しているのである。

 しかし、レオナやパプニカ兵士達の前で自分の正体を明かした時とは違い、この時のヒュンケルは自分の罪や過去を相手に打ち明けはしない。以前の様に、安易に死ぬことで自分の罪が晴らそうと考えるのではなく、自分自身の行動で贖罪をしようと決めたのだろう。


 だからこそヒュンケルは魔王軍の被害を受けたこの若い兵士に対して、無条件で力を貸している。
 兵士が望む場所に連れて行ってやっているし、自分の代わりに兄を葬ってほしいと言う、初対面の相手に対してはなかなかヘビーな頼み事に対してさえ迷いもせずに頷いている。


 この時、ヒュンケルは自分の意見や感想を全く口にしていないが、ここまで見も知らぬ他人に親切にする裏には、彼の無意識の救済意識があるのではないかと思える。

 兄と父という違いはあるが、身内を失った悲しみと衝撃を受けたという点で、若い兵士と幼い頃のヒュンケルには共通点がある。ダイがヒュンケルに対して同族意識を感じて感情移入した様に、ヒュンケルもまた、この若い兵士に対して同様の意識を抱いたのではないか……筆者はそう推測する。

 

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