09 ヒュンケル達の偵察(1)

 

 ダイとバランが竜の神殿で対峙した時、単独で魔王軍の行動を探っていたヒュンケルの行動も同時に記されている。
 考察の都合上ヒュンケルの行動は今まで触れてはいなかったが、本編のストーリーにショートエピソードが挿入される形で彼らの活躍は描かれている。

 メンバーが別行動をしている時に、それぞれの視点で何をしているかが分かるのもダイ大の面白さの一つだ。メンバーが平和にラブコメをしている時に別メンバーが死闘をしている、なんて展開もあるのである。

 フレイザードとの戦いの後――と言うよりは、正確にはポップがマァムをネイル村に送っていった頃、クロコダインと共に魔王軍の偵察に出かけたヒュンケルは、魔王軍の本拠地である鬼岩城へ辿り着いた頃だった。

 鬼岩城のある場所は、ギルドメイン山脈の中央部。
 ダイ大世界の世界地図で見てみると、レオナの母国パプニカ王国から北……岩山に囲まれた謎の盆地。そこが鬼岩城があった場所だと説明されている。しかし、ここは実はテラン王国のすぐ近くにあるのだが、これほど距離が近いにも関わらず魔王軍の攻撃を一切受けていない辺り、本気で侵略価値がないと思われていたようである。

 ところで彼らが鬼岩城に偵察に行く際にどんな手段を用いたのかは記載されていないが、ヒュンケル達がパプニカでの宴会を抜け出したのはダイが旅立ってから34日目の夜から35日目の朝にかけての出来事だ。

 そして、キルバーンが鬼岩城を動かし、マァムが一行から離れたのは40日目の出来事と、公式本でしっかりと明記されている。
 つまり、ヒュンケル達はパプニカからギルドメイン山脈への旅に5日間かけた計算になる。

 レオナ、ダイ、ポップが後になってからパプニカからテランに向かっているが、こちらは気球と馬車を駆使しているせいか3日間の旅だ。
 この時間の差は、単に距離の問題というよりも移動手段と人目を気にするかどうかの差だろう。

 買い物が目当てであり、他人の目など全く気にせず気球で最短距離を飛んでいけたレオナ達と違い、ヒュンケルやクロコダインの目的は偵察だ。魔王軍の配下に見つからないように行動するとしたのなら、どうしても動きが制限されてしまう。

 ガルーダという極めて機動力のいる部下がいても5日も時間がかかったのは、隠密を優先したのが一番の理由だと考えられる。
 しかし、そこまで苦労して鬼岩城の偵察に来た二人だが、実に報われない。

 なにしろ、ヒュンケルとクロコダインが来た時は城があった場所には地面に大きな穴があき、巨大な城が消失した状態だったのだから。
 この時、足跡じみた四角い跡が延々と西に続いているのを見て、ヒュンケルは鬼岩城が移動したと判断している。

 結果的にはこの判断で当たりだったが、それにしても彼のこの発想は並ではない。
 『冗談はよせ、まさか城に足が生えて動きだしたとでもいうのか?』と言ったクロコダインの方が、はるかに常識派だ。

 いかに大魔王バーンが桁外れの魔法力を持っていると知っていたとしても、普通の人間ならまずはそうは思わないだろう。目を疑い、自分が場所を間違えたと考えるか、あるいは城そのものが爆破などで壊されたなどと考えそうなものだが、ヒュンケルはちらりともそう考えてはいない。

 ダイもそうだが、ヒュンケルは常識に囚われない自由な発想を持っている。自分の目で見たものをそのまま受け止め、世間一般の常識ではなく自分なりの物差しで考えることができる。そのため、普通の人なら驚きが先に立つ出来事でもすんなりと受け入れられるようだ。

 この時、ヒュンケルはクロコダインに対して、ダイ達に鬼岩城が移動したことを伝える様にと頼んでいる。
 しかし、これはあまりにもダイ達を過大評価した報告だ。

 偵察を行う場合は、複数、最低でも二人以上の者で行うのが古今東西の常識だ。現在の世界でも、情報員の鉄則は必ず生還することである。緊急事態や不測の事態が起きた場合、それを報告する者が必要だからだ。そのためよほどの事態が起こらない限り、連絡者だけを先に帰還させることはない。

 が、ヒュンケルは鬼岩城の移動をよほどの事態だと判断した。
 もしこの時点で勇者一行が軍隊として動けるだけの規模の戦力があるのなら、敵の本拠地の移動の知らせは確かに重大だ。敵の拠点の移動は、敵地への移動や補給のための準備の大規模な変化を意味するのだから。

 その意味では、ヒュンケルが一刻を争ってクロコダインに伝言を頼んだ動機は理解できる。

 だが、現実問題として勇者一行と言うか、パプニカにだってそれだけの余力はない。防衛のために力を注ぐというレベルでさえなく、そもそも指導者であるレオナからしてこの時は気楽なものだ。国を守るために王女として尽力するよりも、遊び半分の気持ちでダイと一緒に旅をしたいと考えているのだから、この知らせにあまり意味はなかっただろう。
 国として対策を早く打てるようにと気遣ったヒュンケルのこの決断は、一人で追尾調査を行う彼を危険に晒すかもしれない選択だ。

 一人で鬼岩城の後を追ったヒュンケルが死亡すれば、何が怒ったのか誰にも分からないまま終わるのだし、それを報告する手段も無くす。それに、機動力に長けたガルーダを従えたクロコダインがいなければ、ヒュンケルが移動に苦労するのは目に見えている。

 それだけのリスクを、ヒュンケルが考えていなかったとは思えない。
 パプニカの現在の戦力の無さを実際に敵として潰したヒュンケルが知らないとも思えないし、おそらくそれを踏まえて自分のリスクを顧みずに最大限パプニカに尽力したのだと考えられる。

 また、彼がそうしたのは単にダイ達やパプニカ王国への恩義だけではなく、自分の直感を信じたからでもあるのだろう。

 極めて合理的、かつ理性的な考え方をするヒュンケルだが、彼は漠然と感じ取る直感も重視するタイプだ。この時、ヒュンケルは『とてつもなく恐ろしいこと』が起きるかもしれないと予測しているが、それは後日、大当たりすることになる。

 

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