11 ヒュンケル達の偵察(3)

 

 さて、偵察とは少し意味合いがずれるが、ここでヒュンケルが助けた兵士に注目してみたい。
 カール騎士団の一員であり、名前を名乗らないこの兵士は、ずいぶんと不自然で意味不明な行動を取っている。

 まず、彼が倒れていた場所が不思議だ。彼は死の大地の見える海岸の方へと必死になって這いずってきているが、作品中でも明らかにされている様に死の大地は人のいない不毛の地だ。

 死の大地側に漁港の存在があることは作品で描かれているが、この兵士がそこを目指していたとも思えない。

 なぜなら、彼はヒュンケルと出会ってすぐにカール城下町へと引き返しているからだ。ヒュンケルの肩を借りてまでカール城下町に戻ってきた彼は、嘆き悲しんだ後でヒュンケルに自分の兄を葬ってほしいと頼んでいる。

 兵士として考えると、この男の行動はさっぱり意味が掴めない。
 普通、兵士は国を守るために行動をする。武運拙く負けたとしても、それでも兵士には兵士の定石というものがある。敗国の生き残りの兵士の取る行動として典型的なのが、ゲーム版DQ2の兵士の行動だ。

 瀕死の重傷を負いながらも、自国が滅びたことや敵に対しての情報を同盟国へと伝えるために必死になっている。

 しかし、この若い兵士の場合はそうではない。
 確かに彼もヒュンケルに自国が滅びたことや敵の正体を知っている限りは伝えてはいるのだが、これは正直いって『報告』ではない。

 信用がおけ、なおかつ実際に武力を有するであろう国の中枢に当たる人物に伝えなければ、せっかくの情報も活用できまい。この兵士は本来なら、武力に長けた隣国……ベンガーナ王国へ行くべきだっただろう。

 地図で判断するとテランの方が近いとはいえ、王の命令で武器を捨て、人口が極端に減った小さな国に行っても援助は期待できない。ここはやはり、世界最高の武力を誇るベンガーナへ助力と警戒を呼び掛けに行くのが妥当というものだ。

 つまり、この兵士は死の大地側の海岸ではなく、陸路でベンガーナ方向を目指すか、あるいは内湾に面した港からベンガーナに行く手段を求めるのが自然だった。
 だが、この兵士はなぜか死の大地側の海岸に移動し、そこで出会ったヒュンケルに助けられている。

 この時のヒュンケルは自分の正体を相手に打ち明けていないのだが、兵士は助けられたことに安心したのかすっかりと彼を信用しきっているようだ。

 自国が魔王軍に滅ぼされたことや、カール騎士団が全くかなわなかったことなど、隠す様子もなく教えている。揚げ句、兄の埋葬まで頼んでいるのだから相当に気を許しているとしか言い様がない。
 見知らぬ男が敵であるかもしれないという危惧など、全く抱いていないのだ。

 兵士としてはダメダメな彼の行動は、戦いに巻き込まれた一般人として考えると理解しやすい。

 カール王国を襲った突然の攻撃に辛うじて生き残り、とにかく逃げのびた。そして、運良く助けられたので、ようやく知り合いや家族の存在が気になり元の場所に戻った  そう考えれば、彼の行動はしっくりくる。

 戦いに衝撃を受け、打ちのめされた彼の姿は国を守るべき使命を果たせなかった騎士団の一員というよりは、身内を失った不運な一般市民の嘆きに近い。実際、この兵士はヒュンケルに自分の代わりに兄を葬ってほしいと依頼している。兄の死に対する彼の嘆きが感じられる一言だ。

 それにしてもこの埋葬の頼みは正直、甘え過ぎではないかと思えてならない。
 いくらなんでも通りすがりの旅人に頼むにしては、荷が重すぎる頼み事だ。ヒュンケルが人一倍律義で、なおかつ元魔王軍としての罪悪感があるから魔王軍の被害を受けた人間を見捨てておけない事情があるから承諾したものの、普通ならば断られてもおかしくはない。

 なにしろこの兵士の頼みは手伝いではなく、完全なる丸投げだ。動けないわけでもなく、どうしても急がなければならない事情を抱えているわけでもないのに、他人に兄の埋葬を一任している。

 自分では兄の遺体に近寄る気は一切ないのに、兄を安らかに葬りたいという矛盾した願い。彼は兄の死を悼み、深く悲しんでいるのは間違いない。だが、それでいてこの兵士は兄の死に対して、直視する度胸はないのだ。

 この矛盾を解くヒントは、この若い兵士自身が語ったバランと兄の戦いの中にある。
 彼はバランと兄が戦った時の模様について詳しく話しているが、その話は若い兵士の一方的な視点による誤解や偏見が多く盛り込まれている。

 自分の名も名乗らない兵士だが、兄がホルキンスという名前の騎士であり、近隣に名を知られた有名人だということをしっかりと口にしている。

 カールで最強の騎士であるホルキンスは剣の勝負ではバランと互角だった。だが、相手を手強いと判断したバランは、剣を納めて額から不思議な光を放ち、兄を一撃で倒した  若い兵士はそう語っている。

 兵士の言い分を聞いていると、剣ではホルキンスに勝てないと判断したバランが、卑怯な手段で兄を倒したとでも言わんばかりの口調である。
 だが、これは身内の贔屓目というか、無知ゆえの誤解というものだろう。

 バランの実力を考えれば、ホルキンスがいかに達人であったとしても剣だけの勝負でてこずるとは思えないし、百歩譲って剣以外の手段で敵を倒す必要があったとしても、もっと破壊力を持つ技を彼は複数有している

 バランがわざわざ剣を納めたのは、ホルキンスの手強さゆえだったとは筆者には思えない。
 むしろ、バランがそうした理由はホルキンスが後ろに庇っていた人間……若い兵士の存在にあると思えてならないのだ。

 ホルキンスが傷ついている弟を後ろに庇いながら戦っていたのは、明白だ。
 弟を庇おうとする兄を見てどんな感情を抱いたのかバラン側のコメントがないのが残念だが、バランが勝負を急いで終わらせたこと、後方にいた弟には何の手出しもせずに見逃したことだけは確かだ。

 兄に庇われ、敵に慈悲をかけられたことで辛うじて生き延び、戦火に覆われた故国から一人だけ逃げ延びた――その事実こそが、若い兵士の行動の矛盾の根本だろう。

 クロコダイン戦で、一人で逃げようとしたポップがダイやマァムが気になってならなかったように、この若い兵士も兄や故国が気になってならなかったに違いない。だからこそ、彼はヒュンケルという助け手に会ったのをきっかけに、兄の死に対し複雑な葛藤を抱きながらも自国に戻ってきた。

 その後、この若い兵士の出番はないのが非常に残念である。
 カール王国は後に、女王の元に生き残りの兵士達が寄り集まって対魔王軍への勢力となるのだが、この若い兵士はその一員には加わっていない。もし、彼が戦いに参加していたのなら、一般人の目線からの別の物語があったのではないかと思えるだけに、彼の再登場がなかったのが心残りだ。

 ところで律義なことに、ヒュンケルは兵士と別れた後もきちんと城跡に向かって兵士の兄の亡骸を探している。その結果、ヒュンケルは騎士ホルキンスの遺体の胸に竜の紋章の跡を見つけ、ダイが危ないと直感している。

 バランの残した傷跡がダイの紋章と告示しているのを見て、それに疑問に思うよりも先にまず危機感を抱く判断の早さはヒュンケルの特徴だ。理屈っぽいようでいて、彼の本質は直観的だと思えるシーンである。
 

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