12 ダイ対バラン戦(1)

 

 ダイとバランの戦い  その最初の兆しは、竜の神殿の湖の湖面に現れている。
 静かだったはずの湖に突然大きな渦が起こり始め、ポップ達は集まってそれに注目している。

 この時、ポップやレオナはただ戸惑っているだけだ。湖は本来、海と違って荒れることは稀でありいたって穏やかなものだ。そこに突然異変が起これば、疑問を感じるのも当然だろう。

 だが、ナバラとメルルは明らかにポップやレオナ以上に怯えや衝撃を受けている。
 これは彼女達にとって竜の神殿が特別な存在であり、元々畏怖を感じるべき対象であるという意味合いが大きいだろう。その上、メルルは実際に能力で湖の中に凄まじい力を持った存在がいることを関知してる。

 ここで注目したいのが、メルルが力の存在を関知したのはバランが力を発動させた後だということだ。 それまでは誰も、湖にバランがやってきたことにさえ気がついてない。まあ、それも無理もない。ダイの告白にショックを受けていたポップやレオナは周囲の気配に気を配るどころではなかったし、メルルはポップに気を取られていた。

 唯一、気がつくだけの冷静さを残していそうなのはナバラぐらいだが、ナバラはメルルに比べれば感知能力は低い。しかも、厭世的な彼女は物事に関与する気が極めて薄いときている。

 よって彼らは何が起こったのかも分からないまま、いきなり湖から水柱が噴き上がるのを目撃することになる。

 その時、ダイが空中高くに投げ出されていると真っ先に気がついたのは、レオナだ。
 他のみんなはレオナの指摘に驚き、初めてダイの存在を目視している。これはレオナの目のよさというよりは、レオナの注意力とダイへの関心の高さゆえだろう。

 もともとレオナは注意力がとても高い。何が起ころうとも常に冷静な視点で、周囲を観察することの出来る観察眼を鍛えてある。その上、レオナは湖の中に入っていったダイのことをずっと気にしていた。

 だからこそ異変が起こった時に真っ先にダイの存在を意識し、目で彼の姿を探した――その関心の高さが他の人よりも早くダイを見つけさせたに違いない。

 そして、ダイの姿を見て真っ先に動きだしたのはポップだ。
 他の女性達が驚きのせいか及び腰になっている中、ポップだけは迷わずに即座に行動している。

 ダイを心配していたからこそできる行動ではあるが、この反応の早さは実践経験の差だろう。事故などのアクシデントに遭遇した時、人間はなかなか適切な行動を取れはしない。
 本人の資質に加え、ある程度の慣れと訓練が必要なのだ。

 だからこそ現実でも消防隊員やレスキュー隊が訓練や実践を重ねて経験を重ね、突発時の対応力や判断を高める。
 実戦にはさして経験のない賢者の卵のレオナや、魔王軍の動きを感知して逃げ回っていた占い師達より、勇者と一緒に最前線で戦っている魔法使いの方が反応が速いのは頷ける。


 だが、この時はポップはまだ未熟もいいところだ。
 空中で落ちてくる仲間を確認し、助けるために必死になって駆け寄ってはいるものの、助けるまではいかなかったのだから。

 移動呪文や飛翔呪文を覚えたとはいえ、この時のポップはまだそれを活用して意図的に移動速度を上げることも、落下してくる人物を空中で受け止めるだけの力は無かった。ただ、ダイの姿を見て、咄嗟にそちらに駆け寄っているだけだ。

 ダイの方もまた、この時は未熟だった。
 移動系の魔法も使えず、また、持ち前の体力で抵抗するにも無理があったようだ。ものすごい空中に投げ出されたダイは、必死になって空中で姿勢を整えようと努力している。


 普段のダイなら高い位置から着地する場合、しっかりと足から着地することができるのだが、この時は普段とは勝手が違った様だ。
 単に自分で高い位置から飛び下りただけなら、問題となるのは重力による加速度だけだ。


 だが、ダイはこの時バランにより高所に無理やり放り投げられた状態だ。急激な上昇は、人間の身体に多大な加圧をかける。与圧された飛行機内でさえ上昇する際には押しつけられたような感覚を味わうぐらいなのだ、生身で急上昇を味わったダイに加わった重力感は相当なものだろう。

 それでもダイは必死になって姿勢を整えようとしているし、武器も手放してはいない。このダイの選択は、感心するしかない。

 当たり前の話だが、落下する際は余分な荷物など持たない方がいい。
 スカイダイビングなどでも余分な装備があればある程、やりにくくなる。だいたい手に刃物などを持っていれば落ちた時の衝撃で自分自身が怪我をしてしまうかもしれないことは、素人でも容易に想像がつく。

 身の安全を優先するのであれば、剣などできるだけ遠くに投げた方がいい。
 だが、ダイはそうしなかった。

 それは、彼が戦いを予感していたからと思えてならない。バランという強敵と戦うのなら、素手では到底無理だ。ならば決して武器は手放せないと無意識に考え、身の安全よりも武器をしっかりと掴むことに専念したのではないだろうか。

 落下した際、ダイは背中からまともに地面に落ちているが、この時の姿勢がちょっと面白い。両手を大きく広げて背中から倒れ込む姿勢――柔道でいう羽打ちの姿勢に似ている。
 ほとんどの武道や格闘系のスポーツでは、受け身の基本は身体を丸めて転がりダメージを逃がすことだという。

 だが、柔道では背中から倒れる際に手を強く床に打ち付け、ダメージを軽減する羽打ちという技がある。正直、畳などの競技用の床ならともかく固い地面でこの技を使ってどこまで効果があるかは疑問ではあるが、他に選択肢のない状況で身体のダメージを少しでも軽減できるのであればやってみる価値があるだろう。

 武器を持ったまま落下して敵に備えたいが、足からの着地は不可能。ほぼ真上から落下する姿勢になる上に、武器を手放せいないという状況下で、ダイなりに最善の受け身をとろうとした結果があの羽打ちの姿勢だとすれば恐ろしいまでの戦いへの適性だ。

 多少なりとも受け身の効果はあったのか、ダイはダメージを受けながらもちゃんと意識は残している。
 ポップに抱き起こされたダイは、仲間に返事をする余裕すらないのに即座にバランの存在に気がついている。

 ポップやレオナはダイの様子が変だからこそ、ダイが警戒している方向に注意を払ってようやく気がついているのだが、ダイは誰よりも速くバランの接近に気がついている。
 これはダイがバランを強敵と意識し、戦いに備えているなによりの証拠だ。

 落下のダメージやいきなりの竜の騎士との対面の衝撃など、立て続けの出来事があったにもかかわらず、ダイは戦いに身構える姿勢も、心も失っていない。
 ダイとバランの避けられない戦いの一幕を想起させる、エピソードである。

 

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