13 ダイ対バラン戦(2)

 

 ダイ達が上空に注意を払う中、バランは上空からゆっくりと降りてくる。
 落下というにはあまりに落ち着いたその動きから見て、これは飛翔呪文の効果だと考えていいだろう。その態度は、悠然としているというのに相応しい。ここで注目したいのは、バランがダイを吹き飛ばしたのが本気ではなかった点だ。

 もし、バランが本気でダイを攻撃するのであれば、上空にいる時点で追撃をかけるのは可能だったはずだ。

 相手を地面に叩き付けてダメージを与えるのが目的だとすれば、下から上に放り投げ後は自由落下にまかせるよりも、上から真下へと叩き付けた方がダメージが大きいのは明白だ。しかし、バランはそうはしなかったし、ダイが落下のダメージから立ち直る前に追撃をしかけようともしていない。

 本人も言っていた様に、バランはダイを傷つける意図はないのである。
 バランが落ち着き払った態度を崩さないせいか、ポップやレオナは最初はバランを敵として認識してはいないのが面白い。ダイは初対面の時からバランの隠している実力を感じ取り警戒していたが、ポップやレオナはバランの額の紋章に真っ先に注意を払っている。
 この時点で、ポップとレオナはダイとバランが同じ一族だと考えたのだろう。
 もし、この時、何事もなければこの二人はバランとまずは話し合おうとした可能性はあったかもしれない。

 だが、剣に縋って立ち上がったダイがバランを敵だと断定した。
 この時のダイの言葉は、見事の一言に尽きる。

『あ…あいつは魔王軍だ!! 魔王軍の超竜軍団長……バラン!!』

 ダイは自分の考えを言葉や理屈にするのは苦手だという描写を各所で見掛けるが、緊急時の対応能力にかけてはダイはやはりずば抜けている。
 短く、簡潔な言葉で、これほど相手の立場と状況を伝えられる説明しているのは素晴らしい。

 この短い言葉で、ダイはバランが敵であること、また、軍団長レベルの強さを持っていることをポップとレオナに警告している。仲間達に危機意識を強く持たせ、戦いの心構えを促しているのである。

 ダイにしてみれば、あれ程気にしていた自分の出生について中途半端に話が途切れているところだし、その上バランに意味不明の勧誘をされたばかりだ、到底落ち着いた精神状態であるとは思えない。

 にも拘らずダイはバランを敵と見なし、身構える心を忘れていない。ダイにはさっきまでの葛藤を一時的に棚上げし、敵に対抗することを一番に優先する強さがある。

 しかし、ダイと違ってポップ達の方はバランの恐ろしさを感知しきれていないようだ。
 魔王軍にも竜の騎士がいたのかと驚くポップや一同は、思考がまだ竜の騎士に縛られてしまっている。現実に迫る危機感よりも、伝説上の存在が具現化したことに驚いているだけだ。

 この時、伝説を知るメルルは竜の騎士はこの世にただ一人しか現れないはずだと断言している。

 この言葉に応じるような形で、バランは自分こそがこの時代にただ一人生まれるはずの竜の騎士だと説明しているのだが、この説明は一見その場にいる全員に話しているように見えるものの、実際にはダイ一人に対して話しかけているにすぎない。

 だいたいバランの説明は竜の騎士がどんな存在か、知っている者でなければ分からない話になっている。バランの話をよく聞いていれば分かるが、バランは湖の神殿で話している話の続きをしているだけのことだ。

 ダイを湖の底から空中高くに放り投げる行為も、バランにとってはさしたる意味はないのだろう。
 教師の話を聞かない生徒に軽いお仕置をする程度の感覚にすぎず、バランとしてはあくまでダイを理詰めで説得し、納得させることが目的だったに違いない。

 ダイだけを目的にしてるバランは、その他の人間には目もくれようとしない。
 ダイの周囲にポップやレオナなどの人間の仲間がいるのを目の当たりにしながら、平気で人間を滅ぼす話題を振る辺り、彼が人間を無視してかかっているのがよく分かる。

 ダイに対して、自分と一緒に人間を滅ぼせと迫るバランに対して、これが初耳のポップは驚いているが、ダイは即座に嫌だと反論している。
 この反応の早さは、ダイの決意の表れだ。

 最初は驚き過ぎて反応出来なかったダイだが、バランに人間を滅ぼせと重ねて強要されることで人間の味方をしたいと言う自分の意思を強く認識するようになってきている。
 人は時として、周囲からの反対により自分の意思を強く意識することがある。親や周囲に反対されることでかえって恋愛意識が盛り上がるロミオとジュリエット効果などが有名だが、ダイの心理もこの時はそれに近かったのかもしれない。

 バランになぜ人間にそこまで肩入れするかを問われた時、ダイはすぐに答えられなかった。
 だが、それはダイの決意の弱さを意味しているとは限らない。

 子供が反抗期を迎えて真っ先にすることは、押しつけられる意見への反発  概ね、親への反抗だ。自分なりの主張や目的を見つけだすのは困難さに比べれば、他人の意見に反発する方がはるかに簡単だ。

 自分にとって何が嫌かを確認することは、自分を主張し始める第一歩にもなる。第一歩から初めて、自分なりに自分の主張という形に考えをまとめ、己の信念として形作るまで時間がかかるのは当たり前の話だ。

 その一歩を踏み出したばかりのダイに、いきなり結論を求めてもすぐに答えられるわけもない。

 だが、この時バランは、その結論を誘導しようとしている。
 子供の頃の竜の騎士はほぼ人間と変わりはないが、成長するにつれて人間に恐れられ、迫害されるようになるだろう、と。

 この説明は、皮肉な話だがバランの話の中で一番説得力がある。
 これまでバランがしてきた竜の騎士や人間を滅ぼせという使命の話は、全てが伝承というか伝聞形式のものだった。自分が人間を滅ぼしたい理由やダイを連れ戻したい真の理由を伏せているバランが語っているのは、本人の本音を込めない建て前上の理由だけだ。

 それこそ教科書に書いてある様な、こう言われているからこうなんだという他人から伝え聞いたことをそのまま横流ししている情報にすぎないのである。
 神やバーンがこう言っているんだからそれに従えと言っているだけであり、神もバーンも信じていないものにとっては何の有り難みもない。

 だが、成長した竜の騎士が迫害される話については、バラン自身の感情や体験が見え隠れしている。本人が体験したことを語っているからこそ説得力があり、人の心を動かすだけの力が籠る。そして、似た体験を持つ者同士は、その感情を共有しやすくなる。

 ベンガーナで初めて人に恐れられる経験をしたばかりのダイにとっても共感できる話だった。
 辛そうな顔で俯くダイの心は、これまでになく弱っている。

 ダイを説得しようと大上段から構えてぶち上げた建て前よりも、おそらくは意図せずに話したバランの本音の方がダイの心を強く動かしているのはなんとも皮肉な話である。

 

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