14 ダイ対バラン戦(3)

 

 自分が人間ではなく、しかも人間から迫害される存在である――その事実を、ダイはバランの話を通じて早い段階から認めてしまっている。
 このダイの飲み込みの早さと素直さは、特筆ものだ。

 普通、人は自分にとって嫌なことはなかなか受け入れようとしないものである。心理学的に、心に大きな衝撃を受けた人間はまず否定や否認から入るというのが定説だ。突然、身内が事故や事件に巻き込まれた時など、その話を聞き返す際に十中八九の人が『嘘だ』とまず否定しようとするように、人は自分にとって耐えきれない現実をすぐには受け入れにくいものだ。

 だが、ダイはこの時、自分が人間でない事実も認めた上でバランの言葉が真実だとすでに受け入れている。

 感情的には、敵であるバランの言葉を受け入れなくても不思議はないのだが、ダイは自分の感情に左右されず真相を見抜く勘を有している様だ。たとえ敵であっても相手の言葉から真実を感じ取り、それを否定することなく受け入れている。

 ヒュンケルが親の敵についての真相を聞かされた際、感情から激しく否定していたのとは大違いの冷静さである。

 だが、それだけの冷静さがあっても、ダイはまだ子供だ。
 戦いの最中だということすら忘れ、自分が独りぼっちの存在だという事実に傷つき、心を痛めている。

 これはダイだけに限らないが、人間は本能的に自分が帰属する集団を欲する。人間にとって、およそ孤独ほど耐えがたいことはない。自分を受け入れてくれる存在を求めるのは本能であり、原始の感情だ。

 誰だって嫌われるよりは好かれたいと考えるものだし、自分が相手に好意を向けたのなら好意を返してほしいと望む――それは当たり前のことだし、人間関係の基本だ。
 だが、自分はそれが望めない存在なのだと……ダイがそう諦めかけた時に、バランを一喝したのがポップである。

 ポップはこの時、ダイは仲間だと力強く言い切り、バランの言葉を完全否定している。
 自分の言葉に真っ向から反対する人間の少年に対して、バランが珍しくムッとした表情を見せるのも無理はない。

 はっきり言ってしまえば、この時のポップの言葉に根拠はない。バランの説明が自分の経験に基づいた言葉なのとは違い、ポップの言葉には何の実績もない。あくまで感情的な発言であり、その時の自分の気持ちをそのまま言っているだけにすぎない。

 しかも、ポップは自分の気持ちだけでなく、ダイの気持ちについてさえ勝手に代弁しているのである。実に自分勝手な発言にすぎないのだが、だが、これはダイにとっては嬉しい言葉だった。

 人間に対して、そして自分自身に対してでさえ不信感を抱いてしまったダイは、バランの言葉を認めてしまったからこそ、反論したいと思ってもそれが出来なかった。しかし、それに代わる様にポップはダイの味方になってくれた。
 しかも、その言葉はダイが望んでいるものだ。

 人間が好きで、人間を滅ぼしたくないと望んでいるダイを完全に肯定する発言を、ポップはほとんど無意識にも関わらず強く主張している。
 自分でさえ自分を信じきれない時に、自分の味方をする人がいてくれる――それがどんなに心強いことか、説明するまでもないだろう。

 その人が一番言ってほしいと思うタイミングで、まさにその言葉を言うことが出来る……これが、ポップの強みだ。多くの登場人物がポップの存在や言葉に、心を動かされる所以である。

 そして、この時、バランに食ってかかることでポップ自身も救われたはずだ。
 ダイの出生について悩みを抱いたのは、決してダイだけではない。
 八章04で考察した様にポップやレオナも傷つき、悩んでいる。

 ポップはダイが自分が人間でないのを気にし、悩んでいるのを知った。だが、一人で悩むダイの姿を見て、ポップもまた傷ついた。紋章の力を全開にして戦うダイの凄まじさはポップが一番身近で見てきたのだし、それを恐れる一般人の気持ちもポップには分からないわけではないだろう。

 だが、その事実を受け入れた上でポップはダイの友達でいようと決心を固めているのである。それは、言い換えれば何があってもダイの味方でいようとポップが決めたということだ。

 ダイが化け物でも構わないと言い切ったポップだからこそ、レオナよりも早くその気持ちをはっきりと主張できたのだろう。
 すでに結論が自分の中に定まっているからこそ、ポップは迷わない。

 バランの恐ろしさについてこの時にはうすうす感じ取っているはずなのに、彼を敵に回すと分かっていながらダイの味方になることを選択し、堂々と啖呵をきった。

 クロコダイン戦の時、本当は友達を助けたいと思っていながらも自分の力のなさを言い訳に逃げていた魔法使いの少年の弱腰など、もう跡形も見られない。
 当時を思うと、見違える様なポップの成長ぶりである。

 

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