16 ダイ対バラン戦(5) |
バランの防衛の余波だけで大きなダメージを受けてしまったダイ達だが、レオナはそれでもすぐにダイの側に近寄っている。 元からレオナがダイを回復していたせいか比較的近い位置に飛ばされたとはいえ、立てもせず這っている状態ですぐさまダイの側に行く辺り、レオナがいかに彼を大事に思っているかよく分かる。 だが、真っ先にダイの所へ行ったからこそ、バランとまともに向き合う羽目になったのは皮肉としか言い様がない。 『……その子はもらっていくぞ!』 傲慢な口調のせいでそうは見えないが、これはバランからの意思表示であり、警告だ。 しかも、何が自分にとって邪魔に当たるのか警告を与えてさえいるのだから、ある意味では親切だ。人間を滅ぼすと発言しておきながら、すぐ目の前にいる人間を殺しはしない。人間と会話をし、極力害を与えないように尽力する これを無意識で行っているバランは、実は相当に人間贔屓でフェアな性格の持ち主と言える。 もっとも、この時は勇者一行の中で一番洞察力に優れたレオナでさえ、それに気付く余裕はない。ダイを渡さないと、彼の上に身を伏せて庇っているのが印象的だ。危機に際し、母親が子供を本能的に庇う様に、レオナは自分が被害を受けたとしてもダイを庇おうとしている。 ここで注目したいのは、ポップとバランのやり取りだ。 ポップ『いくら同族だからって、ダイを自由にできる権利なんかねえはずだぜっ…!!』 バラン『…権利なら…ある!』 バランはここで始めてダイは自分の子であることを明かし、親が子をどう扱おうと勝手だと主張している。 親が子を自由にできる権利は、存在しない。そもそも全ての生き物は、自分以外の他の生き物を従えさせられる様にはできていない。血の関わりに一切関係なく、誰がどう育てようとも育った子供は自分の意志で生きていく それが自然の摂理だ。 だいたいバラン自身が、この主張を尊重などしてはいない。親が子をどう扱おうが勝手であり従って当然、他人には一切口を出す権利がないと心底思っているのであれば、ソアラ姫が実の父親の主義のせいで殺されたのを憤るわけがない。 つまり、バランの主張は自分が信じている信念に基づくものではない。 ついでにいうなら、この建て前はそう説得力があるものでもない。 同族にダイを自由にする権利がないと言った上に、自分自身も家出人であるポップは親の命令を素直に聞くタマではあるまい。レオナもレオナで、父や祖父ほどにも年の離れた他国の王に対して、真っ向から自分の意見を主張できるぐらい意志の強い少女だ、子は親に従順に従うべしという意見に賛成するとは思えない。 だが、この時はポップもレオナも主張以上に親子発言の方に衝撃を浮け、すぐには受け入れきれずに戸惑って聞き返している。その際、レオナがわざわざポップを振り返って顔を見合わせ、自分の聞き間違いでないかどうか確かめているシーンがある。地味なシーンだが、二人の間に仲間意識が順調に育っている証拠だ。 ところで、ショックを受けた割にはポップは立ち直りが早い。バランに向かって、怒鳴りつけている。 『デタラメ言ってんじゃねえよ!! ダイは怪物島のデルムリン島に流れついた孤児だって聞いたぜ!! 同じ種族だからって…何か証拠でもあんのかよっ!!』 ポップのこの論法は、ヒュンケルに対する時とほぼ同じだ。 そして、ここではレオナが意外なぐらいダイの個人的事情に拘っているのが面白い。 ダイと再会して以来バランは初めて動揺を見せ、改めてダイを見返してその母の面影を重ねて見ている。元来の顔立ちが険しいため分かりにくいが、この時のバランは随分と穏やかな表情であり、彼の実の子へ対する愛情を感じさせるシーンだ。 自己制御精神が強く、自分の感情を外に見せるのが極端に苦手なバランが本心を吐露するのは珍しいのだが、その最初の機会がダイと擦れ違ったのは非常に不幸なことだ。 この時はダイはほぼ気絶状態で、バランとレオナの会話をきちんと聞いていたかどうかも怪しいのだが、もしここでダイに意識があって、ちゃんとバランと話していたのなら、この先の展開は変わっていたかもしれない そう思えてならない。 小細工も腹芸もできず、相手の言動を真正面から受け止めるダイに対して、建て前だけを言ってもそれが通じるはずがない。それがどんなものであれ、ダイは本心をぶつけられれば本心を返す。 魔物を父と思うからこそ彼を殺した人間を憎むヒュンケルの気持ちに共感した様に、ダイの母を愛するからこそ彼女を殺した人間を憎む本心を先に告げたのなら、ダイの父親に対する気持ちの持ち方はまた違ったものになっただろう。 ダイはさして両親の存在に拘ってはいなかったというものの、年齢から言っても母親という存在は大きな意味を持つ。母の話に興味を持たないはずはない。人間を滅ぼす話云々ではなく、まずはお互いに関心を持てる話題で話し合えばダイにしろバランにしろもう少しまともに向き合えたかもしれないと思うと、残念でならない。 さらにはバランはこれ以上のレオナとの会話を嫌い、人間には関係がないと話を断ち切って強引にことを運ぼうとしている。警告として宣言はするが、人間と交渉や会話を持つつもりがないというバランのどこまでも頑なな精神が浮き彫りにされたシーンだ。 最後になるが、バランがダイに迫るのを見てメルルが立ち上がろうとしている。この時、彼女がしようとしたことがバランの制止か、それともベンガーナの時の様に力及ばずとも倒れている人を助けようとしたのかは分からないが、ナバラが孫娘を止めている。 竜の騎士が関わることに逆らうなど、とんでもないとばかりに止めるナバラに対して、メルルはバランを『悪い人』だときっぱりと言い切っているのが印象的だ。おとなしそうな外見の割に、正義感も意志も強いメルルの性格を端的に語るエピソードである。 竜の騎士を神と崇める信仰を持つテランの生まれのメルルだが、やはり彼女は信仰がかなり薄いようである。 バランの言動に対して言及は一切せず、バランが自分達人間を滅ぼすのならそれは天罰と考え、受け入れてしまっている。神が間違うはずはなく、人間が悪いからこそ天罰を与えられて当然とばかりの口調であり、そこには諦観が感じられる。 |