17 魔王軍の情勢(10)

 

 さて、ここで視点をずらして魔王軍の方に目をやってみよう。
 ダイとバランが対面している場では、実は木立ちに紛れて悪魔の目玉が存在しており、その目で見た物を魔王軍にリアルタイムで写しだしている。

 しかし、まだ攻略中だったはずのロモスの魔の森はともかくとして作品中一切侵攻しなかったテランにさえ悪魔の目玉を放っているとは、魔王軍の情報収集への熱の入れ方に恐れ入る。……まあ、熱を入れている割には、その情報を全く活用しているように思えないのだが(笑)

 ところで、この時ハドラーを初めとする魔王軍の幹部連中がどこにいるかは明らかにされていない。連載当時は当然のように移動した鬼岩城の内部と誤解していたが  物語が完結してから改めて読み返すと、実はそうではないことが分かる。

 まず、注目したいのはバーンの部屋だ。上部にステンドグラスがつき、天蓋つきの玉座が据えられた見た目がかなり印象的であり特徴のある部屋だ。

 このバーンの部屋はこの後も度々登場するのだが、その場所は決して鬼岩城ではない。キルバーンがちらりと『バーン本国』と呼んでいるこの場所は、後にバーンの本拠地として登場するバーンパレスの一角にある。

 その事実を踏まえてよくよく読み返せば、鬼岩城時代にはバーンはハドラーや他の幹部と会話する際には岩でできた彫像を通して会話しており、決して直接姿を現してはいない。つまり、真の黒幕であるバーンは味方であるはずの魔王軍幹部にさえ自分の居場所や正体を知らせないようにしているのである。

 ハドラーはバーンがいる場所も知っており、また、そこを訪問することも許されていたが、ヒュンケルやクロコダインに至っては鬼岩城こそが敵の本拠地と誤解さえしていた。
 バランもバーンの居場所に直接攻撃を仕掛けなかったところを見ると、同じように誤解させられていた可能性が高い。……どうやら、バーンはとことん味方を信じない主義のようである。

 しかし、そこまで疑い深いバーンが、なぜかザボエラを自室へ招くのを許しているのが不思議だ。どう見たって一番簡単に裏切りそうなタイプに思えるのだが。

 それはさておき、ダイとバランの再会シーンを魔王軍はリアルタイムで見物している。意外な親子関係にザボエラが驚愕しているが、この時の台詞が面白い。

『まっ、まさか…! バランがダイの父親であったとは…!!』

 人は基本的に、自分の立場の知り合いから見てその関係を把握するものだ。例えば、とある兄弟両方が知り合いで兄の方がクラスメートだった場合、他人にその兄弟の説明を求められれば『クラスメートと、その弟』という形で紹介するのは普通だ。

 が、ザボエラの台詞を見てみると『バランの息子がダイ』とは言っていない。『バランがダイの父』と無意識に言っているのである。彼はどちらかといえば、同僚よりも敵であるダイの方を意識しているらしい。目先のことに囚われがちで仲間意識が薄いザボエラらしい視点だ。

 素直に驚きまくっているザボエラと違い、この時のハドラーはひどく動揺している。
 焦りや怒りに震えており、いつものハドラーとは明らかに違う。しかもそんなハドラーをからかうように、キルバーンが挑発的な台詞を投げかけている。

 敵であるダイ達ならばまだしも、ここで味方であるハドラーの神経をわざわざ逆撫でする必要など微塵もないはずなのだが、キルバーンはことあるごとに他人の感情を揺さぶりかけるような台詞を口にするのを好むようだ。

 ところで、ここで大魔王バーンが登場するのだが、彼の登場シーンはひどく凝っている。
 まず、先に幹部メンバーをバーンの間に控えさせておき、ミストバーンがバーンの訪れを告げて全員に控えさせている。バーンの代理人にあたるミストバーンは最初は玉座の側に控えているのだが、バーンが現れる時には全員が離れた場所で跪き、礼を尽くしている。


 そして、薄い布でできた幕の向こうにバーンが登場し、全員に面を上げるようにと声を掛ける――シルエットのみの登場にもかかわらず迫力に溢れていて、実に印象的な悪役である。

 このバーンの登場の際は、日本式の礼儀と外国式の礼儀が混ざり合っているような感じで、不思議な魅力を醸し出している。

 膝をついて頭を下げると言う仕草は外国風だが、身分の高い者が下々の者に直接姿を見せず、御簾などで顔を隠して登場するというのは明らかに日本風の礼儀だ。中世ヨーロッパではむしろ王族は人々の前に積極的に姿を見せる傾向があり、フランスなどでは一般市民が城に入り、王族の食事を見学していたという記録さえある(驚きなことに出産シーンまで一般公開されていたりする)

 だが、バーンは正体を徹底的に隠すことでかえってそのカリスマ性を高めているようだ。
 初登場のバーンは、ダイについてはほぼ無関心であるかのように振る舞っている。ダイの名前すら呼ばず、小僧やバランの息子と呼んでいるほどだ。

 バーンは状況の説明はキルバーンに、ダイの潜在能力についてはミストバーンに問いを投げかけるという形をとってはいるが、当然それは本心からの質問ではあるまい。当然のように状況を把握してはいるが、部下の口から説明させているだけのことだろう。

 以前、バーンはヒュンケルにダイの討伐を命令している。ヒュンケルが自分から願い出た可能性は否定できないが、それでもバーンがダイの存在を知っていたのも、戦いの結果からダイの資質が少なくともヒュンケル以上だと推察もできたはずだ。

 だが、自分の意見を控えて部下達の発言を誘うことで、部下の反応を確かめているようなところも見受けられる。

 ハドラーがダイの正体を知っていたかもしれないとキルバーンが告げ口した際、バーンはハドラーに向かって真偽を問い掛けている。後にハドラーの野心を看破して見せたバーンなら、ハドラーの返答や態度を見ただけでその本心などすぐに見抜けるはずだ。

 その上、諜報員的な活動をさせているキルバーンの報告が詳細で間違いがないことは分かっているだろうに、バーンがここであえてハドラーに問い掛けているのには意味がある。
 これは、自分はハドラーの企みなど見通していると暗に脅しをかけているのだろう。

 バーンの言葉のやり取りには高い知性と同時に、部下を完全に掌握しているかのような支配力が感じられる。

 実際、バーンは絶対的な権力を有している。
 バランが息子を味方として魔王軍に引き入れたのなら、魔軍司令の座を任せてもいいと宣言しているのである。現魔軍司令であるハドラーをないがしろにするにも程のある発言だが、バーンはハドラーの反論すら許していない。

 まあ、実際に後に判明するバーンの実力を考えれば、彼には軍隊さえ不可欠な存在ではない。ならば魔王軍やそれを司る存在もどうでもいいと言えばどうでもいい。
 バーンにとってハドラーは決して掛け替えのない腹心ではなく、いくらでもすげかえのきく部下にすぎないと如実に物語るシーンである。

 

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