18 魔王軍の情勢(11) |
竜の騎士バランを総司令とし、その息子であり同じく竜の騎士であるダイを魔王軍の一員として迎える――バーンの口から発せられた魔王軍改革案にハドラーは衝撃を隠せないでいる。 それもそうだろう、今までは条件や監視付きとはいえ曲がりなりにも組織のトップだった者が、降格されると宣言されたも同然なのだ。愕然とするのも無理はない。 しかし、個人的意見なのだが、ここでバランが総司令となり、ダイ、ミストバーン、ザボエラ、ハドラーを四天王とした新魔王軍が編成されたのなら、それはそれで面白い展開になったのではないかと思ってしまう。……いや、まったく考察とは無縁な意見にすぎないが(笑) それはさておき、ここでハドラーが執拗にダイを狙った理由が読者にも明らかにされる。ハドラーはダイの勇者としての実力を純粋に恐れていたわけではなく、自分の部下の中でも最強のバランの勢力拡大や台頭を恐れていたのである。 その事情をザボエラはここに来て気がつき、詳しく分析している。 ……が、咄嗟にこれだけの分析ができるのなら、なぜ今までやらなかったのかとザボエラに問い詰めたいものだ。情報、そしてその情報を元にした現状分析は、戦場では非常に重要である。敵よりも情報を先んじることが勝敗を分けると言われるぐらいで、戦時下ではどの国でも諜報活動に力に入れていた事実は見過ごせない。 つまり、情報収集や分析は早ければ早い程いいのである。 魔王軍やバーンへの忠誠心が勝っていれば素直に報告すべきだが、この時のハドラーの目的は魔王軍総司令の座を誰にも渡さないことである。自分の邪魔になりそうなものは、早めに摘み採っておこうというのが彼の思考だ。 彼はバランの出世を阻むのであれば、ダイの勝利さえ祈っている。ダイが勝てる確率が何万分の一だと予測し、また、もしここでダイが勝ったとしたのなら魔王軍は強力な味方を失い、代わりにダイが強敵だと再認識することになるのだが、ハドラーはそんなことは一切気にしていない。 ただ、ただ、バランに総司令の座を奪われるのを恐れているハドラーの視野は、極端に狭くなっていると言えるだろう。 しかし、そんなハドラーのすぐ側に付き従い、彼と同じかそれ以上の情報を知っていたはずのザボエラの視野は、もっともっと狭い。大体ザボエラは軍師を名乗っておきながら、分析を全くといい程やってはいない。 ザボエラの出世感覚は、基本的に徹底した小判鮫方式である。 バーンを殺して自分が組織の頂点に立とうとか、軍師として活躍してミストバーン以上の片腕としてバーンを操ろうなどとは、微塵も考えていない。呆れる程に目先のことに気を奪われがちで、視野が狭いのである。 そんなザボエラの結論は実にセコい。 バランが総司令になる時はダイがその片腕となる時と予測しているくせに、自分がダイに対しては印象が最悪だということを全く自覚していない。育ての親であるブラスを人質にしたザボエラに、ダイがいい印象を持っているはずがないことぐらい分かりそうなものなのだが、その辺りを全く考慮していない辺りがザボエラらしい。 この時だけではないが、ザボエラの予想や予測はいつだって甘い。割と正確に物事を分析はするものの、不測の事態というものを全く計算に入れていないのだ。だから彼の作戦はいつだって一本調子で融通のきかないものにすぎないし、その策が失敗した場合の次の手や、軌道修正案もない。……つくづく、こんな軍師は持ちたくないものである。 そんな彼らに比べると、大魔王バーンの目の確かさと器量の大きさには驚かされる。 ダイが立ち上がろうとしている姿を見ただけなのに、誰よりも早くバーンはダイがバランに対して敵対しようとしているのに気がついた。バーンの洞察力の高さを物語るシーンだ。 しかもバーンは、自分の予想通りにことが運ばなくてもまったく動揺を見せる気配が無い。ついさっき、あれほどバランが息子を魔王軍に引き入れるのを喜んだにもかかわらず、それがうまくいかないかもしれないかもしれないと分かっても、驚きも見せないしベストの展開に拘泥する様子も見せない。相当な柔軟性の高さだ。 まだ姿も見せないうちから、言葉だけで高い知能とどこまでも広い器を感じさせる敵である。 ところで今回の魔王軍の動きには、キルバーンの暗躍ぶりが目立つ。 そんなキルバーンの一番恐ろしいところは、その行動に強い悪意や目的意識が感じられない点である。 悪役であっても譲ることのできない目的や野心を持っていて、その目的を達成するために行動するのだ。だからこそ他のキャラクターと本気でぶつかりあう戦いが発生するし、魔王軍という組織からの離脱や離反も有り得る。 だが、キルバーンに関してはさして強い信念や目的意識が見えてこない。 かといってフレイザードのように強烈な自己顕示力や闘争本能も、彼にはない。そもそもバーンの片腕として遊撃隊的な扱いを受けているキルバーンは、同じ片腕でもミストバーンと違って組織の構成員とは言い難い。 つまり、キルバーンにとってはハドラーをその地位から引きずり落としてもなんの意味もないのである。 それによってキルバーンが得をするわけでもないし、感情的にハドラーを嫌っているという描写も見受けられない。キルバーンがハドラーにとって不利な行動をとったのはこの時ぐらいで、後にハドラーのために消極的とはいえ味方をしているぐらいだ。 成り行き次第で敵にも味方にもなるぐらいだ、いい意味でも悪い意味でもキルバーンはハドラーに対して強い感情を持っているとは思えない。 なんの悪意もなく他人の秘密を暴き、それを元に他人を陥れることをためらいもしない。ただ、見ていて面白ければいいとばかりに他人の人生を弄ぶ……そんな精神を持っているところが、彼の一番恐るべき点ではないかと筆者は考えている。
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