19 ダイ対バラン戦(6)

 

 バランの猛攻によって傷ついたはずのダイが、立ち上がろうとしている――それは単に立つ以上の意味合いがある。ダイはこの時、完全には気絶はしていなかった。バランと仲間達の会話を聞いていたため、自分達は親子だという事情は知っているのである。その衝撃は決して小さくはなかっただろう。

 バランがこのまま自分を連れて行こうとしていることも知っているし、たとえ逆らったとしても実力的に相手にかなわないことなど身に染みる程思い知ったはずだ。
 だが、その上で立ちあがるという行為は、ダイの明確な意思表示だ。

 決してバランの言いなりになる気はないし、諦める気もない。確固たる意思をバランに対して示すために、ダイは立ち上がった。
 さらに言うならば立ち上がると決めた段階で、ダイはすでに決心を固めている。

 テランを訪れる前までは自分が何者か分からず苦悩した幼い少年は、今や自分の意思で勇者になるという道を選択した。
 マトリフから聞いた勇者の心得を胸に立ち上がるダイの姿は、実に感動的だ。

 ダイがここで立ち上がる勇気を持てたのには、ポップの存在が大きかったと筆者は確信している。8章14での考察で述べた様に、ポップはどこまでもダイの味方をすると意思表示した。その想いが精神的に大きくダイを助け、勇気を与えている。
 誰もがそうだが、自分を認めて味方をしてくれる存在がいることは力強い支えになる。
 意思を固めたダイは、これまで以上にはっきりとバランを拒絶している。バランの言葉が信じられないから嫌だと撥ね付けているのではなく、バランの発言を真実だと認めた上での拒否だ。

 ディーノという名前で呼ばれるのを嫌がり、勇者ダイと名乗ったのもその決意の現れだろう。いきなり現れた父親よりも、自分を育ててくれた義理の親や自分を勇者と認めてくれた仲間達を優先したい  ダイのその気持ちは、ポップやレオナにとっては嬉しい言葉だ。

 しかし、それはバランにとっては全く逆の意味合いを与える言葉になる。
 ダイの真っ向からの反抗を受けた時、バランはひどく冷静に『分かった』と答えている。だが、これはダイの言い分を受け入れるという意味ではなく、単にダイの意思を理解したというだけだ。

 何度も強調して主張した様に、これまでのバランは積極的な攻撃する気はなかった。できる限り説明をしていたのも、ダイを理詰めで説得したいと思うからこそだろう。バランは自分の息子であるディーノに真実を教えさえすれば、自分と同じ道を選択するだろうと頭から思い込んでいた節がある。

 ダイが多少の混乱や反発を感じてもそれは一時的なものであり、さして乱暴な手を使うまでもなく息子は自分に従う  そんな風に考えていたバランは、この時、その考えを捨てた。

 バランをダイと呼ぶバランは、初めてダイに向けて敵意を向けている。ダイがどうしても言うことを聞かなければ力づくでことを運ぶ  そう決心したシーンだ。
 しかし、目付きの鋭さや激しい台詞にごまかされがちだが、ここでよーく注目していただきたい。

『では、人間どもの呼び方に従ってダイと呼ぼう』

 わざわざそう前置きしてから話しかけている時点で、バランの『ディーノ』という名前へのこだわりようが知れるというものだ。

 バランにとって自分の息子の名前はディーノであり、それ以外の呼び名は認めたくはないという感情がある。だからこそ一番最初に出会った時は『ダイ』と呼んだものの、後はずっとバランはディーノと呼び掛けている。

 ダイにとっては今までずっと呼ばれてきた名の方が馴染みがあることぐらい簡単に推察できるだろうに、バランにとっては自分の思い入れの方が強い様だ。それを変えざるを得ないと判断した今でさえ、ダイ自身がダイと呼ばれたいと望んだからそう呼ぶのではなく、あくまで人間が呼ぶのに従っているだけだと言い訳しているようなものだ。

『人間どもに味方する勇者としておまえを倒すッ! 素直に我が軍門に下らぬと…命がないものと思えッ!!』

 これも言い換えれば『人間に味方をしなければ、倒さない。私に従うなら命は助ける』と言っているようなものである。ダイと戦うと決めてでさえバランの敵意はあくまで人間に向けられていて、ダイ自身には向いていないのだ。

 心変わりした恋人を恨むのではなく、それを誘惑した浮気相手の方が悪いと責める心理に近いかもしれない。しかもここまで言い切っている割にはバランはダイにまだ攻撃をしかけていないのだから、息子の心変わりを望んでいるのは間違いなさそうだ。

 だが、ダイはもちろんポップやレオナも、この時点ではバランの息子への執着心を理解することはできていない。バランが表面上見せている怒りや戦いの姿勢をまともに受け止め、戦いを強く意識している。

 ところでこの時、レオナはポップを心配し、自分よりも彼の回復を優先しようとしているのに注目してほしい。
 これは彼女の二つの成長を意味している。

 一つは、賢者の卵としての彼女の判断力の成長だ。戦いの場では、戦闘能力の高い者から回復を行うのが定石だ。レオナ自身もまともに立てないぐらい弱っているのに、彼女はポップを選んで真っ先に回復しようとしている。

 回復役である自分の身の安全を優先するのなら当然自分から、弱者を守りたいのならばメルルやナバラを優先する状況で、魔法使いのポップを最優先で回復したレオナはダイの戦いのサポート役として彼に期待をかけていると見ていい。

 これは、レオナのポップへの仲間意識の成長の現れでもある。
 ダイがポップの言葉に心を動かされた様に、レオナもまたポップの言葉に心を動かされつつあるのである。

 もっとも、ポップの方はレオナのその期待や信頼に気がついていない。
 レオナとは逆に、ポップは自分自身を全く評価していない。覚えたての最強呪文をあっさりと破られて意気消沈するのも無理はないが、体力が回復しても何もできないとしょげているポップはこんな風に呟いている。

『あいつにゃおれたちの呪文なんざ、まるで効かねえんだからな…』

 自分がバランにかなわないと嘆くのではなく、自分とレオナを同列に扱っているところに注目してほしい。無意識だが、ポップもまたレオナへの仲間意識を強めつつある。

 最初はダイの知り合いのお姫様にすぎなかったレオナは、ポップにとっては仲間というよりは保護対象に近い存在だったはずだが、一緒に戦いを重ねることで信頼し、協力しあえる仲間として認識する様になっているのである。

 

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