20 ダイ対バラン戦(7)

 

 バランを前にして、ダイは大技一発勝負の覚悟を決めている。
 この時、ダイはバランの強さを充分以上に感じ取っていると言っていい。湖の底の神殿でアバンストラッシュをしかけて破れた経験や、ポップが仕掛けた重圧呪文が破られた経験からか、ダイは半端な攻撃はバランには意味がないと悟った。

 牽制をしかけて攪乱したり、動き回って相手の隙を誘うよりも今繰り出せる最大の攻撃で勝負した方がいいと判断したのである。
 この判断は、無謀といえば無謀である。
 なぜなら、この時点ではダイに勝ち目は全く見えない。

 すでに一度アバンストラッシュは破られているのだし、仲間達のダメージも大きい上にサポートも当てにできない。敵の狙いがダイ一人に絞られていることを考えれば、一旦は撤退する、もしくはバランの条件を飲むふりをして話し合い、時間を稼ぐという手を考えてもよかったと思える。

 言っていることこそ乱暴なものの、バランはダイ以外の人間への興味は薄い。もし、ポップ達が逃げ出したとしても構いはしなかっただろう。ダイだけは逃さないだろうが、バランはできれば話し合いでダイを連れ戻したいと考えていた。

 ダイがバランの話を聞くと言う姿勢を見せれば、積極的に危害を加えようとはしなかった可能性が高い。もっとも、バランの頑固さを思えば交渉により譲歩を引き出すのは難しそうではあるが。

 だが、良くも悪くもダイは自分の感情に素直で真っ直ぐにぶつかる性格である。
 小細工など思い付きもせず、全力でぶつかるのがダイのやり方だ。

 しかし、ダイのその決意や仕掛けようとしている技のことはバランにはバレバレにばれている。身構えるダイの姿勢を見ただけで、バランはアバンストラッシュの特徴を言い当てている。一度は受けた技とはいえ、それだけで技を見切れるとはやはり達人は違う  と、連載中は思ったのだが、実はこの見切りの能力はバラン本人のものかどうかは怪しいものがある。

 後の話になるが、ダイも一度受けた相手の攻撃から特徴を分析したことがある。つまり、一度見た技を冷静に分析し、記憶に蓄積された他の技と比べて対抗策を瞬時に弾き出すのは竜の紋章に蓄えられた知識の一部である可能性があるのだ。

 まあ、ダイが自分の考えや知識から相手の強さや技を判断してるシーンは多々にあるので、竜の騎士が闘いに関する知識を全て紋章の記憶データから読み取っているとは言いきれないのだが。

 基本的に本人の知識や経験をベースにしているのは間違いなさそうなので、それでも及ばない時は記憶データで補足していると考えればいいのかもしれない。この方法だと、覚醒した竜の騎士は経験が皆無の時でさえ歴戦の戦士の知識を持って戦えるわけで、生物兵器としては申し分がない。

 いずれにせよ、竜の騎士が一度でも目視した技の特徴を正確に分析できることができるのは事実だ。攻撃を仕掛ける前からその力を見抜かれていると知ったダイはショックを受けているが、彼はそれを知ってなお戦いを諦めない。
 今の自分のできる最大の攻撃をイメージし、竜の紋章の力を振り絞ろうとしている。

 この時、ダイの原動力になっているのは『人間を助けたい』という思いだ。ダイはこの時、バランの言った建て前の理由……『人間を滅ぼす』という発言をまともに受け止めてしまっている。実際にはバランは実の息子を自分の手元に引き戻すことの方を重視しているのだが、ダイ自身には見事なまでにその気持ちが伝わっていないのである。

 この気持ちの擦れ違いぶりが、この親子の最大の悲劇の源だ。
 頑固で不器用なバランは自分の心を素直に表現することができず、また、単純で素直なダイは言われた言葉だけをそのまま受け止めてしまった。

 互いの感情について話し合う機会を持てたのならいずれは解けたかもしれない誤解を、彼らは早急に、力づくで解決しようとしてしまった。

 そして、ダイはこの時、すでに人間に好意を持ち直している。初めて会ったばかりの父親よりも、今まで共に過ごしてきた人間達の方に感情の比重が傾いているのである。ベンガーナで感じた人間への幻滅や哀しみの気持ちを拭い去ったのは、ダイを信じるポップの発言があったからこそだろう。

 人間を信じ、人間を助けるためにこそ力を使いたいと願う――レオナを助けた時もそうだったが、その気持ちこそが竜の紋章の力をコントロールする鍵となるようだ。

 この時、ダイは自分自身の意思で紋章の力を発動させている。
 それと同時に雷雲を呼び寄せているのにも注目したい。ヒュンケル戦の時にはポップの補助がなければ電撃呪文が使えなかったダイだが、この時は自力でこの呪文の準備を整えている。

 電撃呪文で雷を剣に落とし、そのエネルギーを剣にまとわせてアバンストラッシュとして放つ――ヒュンケルを倒したライディンストラッシュである。これを見てポップは自分のことの様に嬉しそうにはしゃいでるが、この技もバランには通用しない。

 ダイのこの攻撃に対して、バランは初めて剣を抜く。
 これまでは一切戦う姿勢を見せず、防御でさえ素手のまま行っていた男が、ようやく本気を見せた瞬間だ。

 バランはダイの放った電撃呪文のエネルギーを、剣で吸収している。余談だが、レオナがそれを冷静に分析しているのがすごい。
 今までダイの剣技を見てきたポップならともかく、レオナがダイのアバンストラッシュを見るのは実はこれが初めてなのである。

 ドラゴンとの戦いで、ダイがドラゴンキラーと電撃呪文を織り交ぜて使っているのを見ていたとはいえ、常識を遥かに超えた戦いを目の当たりにしながら冷静に状況を判断しようとしている彼女の分析能力の高さは特筆に値する。

 しかし、この時はダイはもちろんポップもそれに気がつくどころではない。決め技さえ軽々と受け止めたバランに呆然とするばかりだ。

 一方、バランの方もダイが技を放つ前までは驚きは感じていた。
 ダイが自主的に紋章をだした時、そして雷雲が現れた時、彼にしては珍しく驚きを露にしている。

 技を受けとめた直後にいみじくもバラン自身が言ったように、竜の騎士は成人するまでは己の意思で紋章の力をコントロールできないのが普通だとすれば、ダイの成長は並外れたものだ。

 バランが驚いた点はダイの成長が予想を超えていたことに関してであり、決して技そのものに驚きを感じたわけではない。技を余裕を持って受けきり、しかもそれを解説する程の落ち着きがバランにはある。

 だが、それでいてバランの行動は実に大人げがない。
 この時点ではダイとバランの間の実力差は明白であり、ダイの最高の技さえバランから見れば未熟なものにすぎなかった。だが、バランはそれを指摘するだけでは飽きたらず、自分の力を見せつけるかのようにわざわざダイの技の完成版を見せている。

 ダイが使ったのは初級雷撃呪文(ラィディン)だが、バランは最上級雷撃呪文(ギガディン)をわざわざ使っている。ここで注目したいのは、ダイと違ってバランは雷を呼ぶ時には竜の紋章の力を使っていない点だ。

 バランが竜の紋章の力を使ったのは、雷のエネルギーを剣にまとわせる時からだ。ただでさえダイの放った雷撃呪文の力の余波を剣にまとっていたにもかかわらず、さらに強いエネルギーを呼ぶ辺りにバランの本気さが現れている。

 雷撃のエネルギーを剣に纏いつかせ、そのまま敵をたたき切る――バランの決め技であるギガブレイクが炸裂するシーンは強烈だ。

 バランの実力に呆然とするダイは、ほぼ無防備と言っていい状態でまともにこの攻撃をくらっている。この一撃でダイの防具の大半は砕け、ダイ自身も重傷を負って意識を失い、湖に吹き飛ばされている。どう贔屓に見ても、完璧な敗北だ。

 しかもなお恐ろしいことに、バランはこれでさえ全力をだしているとは言いがたい。
 バランの目的はあくまでダイの奪還であり、ダイの討伐ではない。バランにとっては自分の言うことを聞かない息子に対して、強めの叱責を与えているぐらいの感覚でしかないのである。

 この時、不必要なまでの大技を放ったのはダイを強敵と判断して倒すために全力を尽くそうとしているからではなく、あくまでも自分とダイの力の差を見せつけるのが第一目的に違いない。手加減を加えているにもかかわらず、この実力差は凄まじいの一言に尽きる。
 今まではどんな相手だとしても接戦にまで持ち込んできたダイが、初めて味わう絶望的なまでの戦力差である。

 

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